常識とは?衛生とは?
翌朝、グレンは目の下に濃い隈を作り、
ぼんやりとソファに座っていた。
(寝不足だ……)
原因は昨日の夜、サリーがご飯を食べ終わった後、
「風呂、入っていいぞ」
「……いらない」
「遠慮するな」
「してない」
「…………」
恥ずかしいのか?やはり警戒か?
そう思っていたら、
「わざわざ体を濡らす理由が分からない」
「……は?」
頭が真っ白になった。
新品のタオルに歯ブラシと石鹸。
女子の最低必要品というラビリンスを、
マルタばぁさんと一緒に抜けたら、
「いらない」
え?無駄だったのか?俺の踏破は……
「いや、いるだろ」
「必要ない」
「顔くらい洗え!」
「なんで?」
「なんでって……なんでだよ!」
歯ブラシを持たせても、
「…………?」
きょとんと、"意味が分からない”とでも言いたげな顔をするだけ。
(うげぇぇぇ、このご主人、顔に似合わず、綺麗好き系!)
「コレ、いらない」
一方のグレンは頭を抱えていた。
(どうする……風呂は嫌。顔も洗わない。歯も磨かない。
新品のタオルや石鹸で拒否。
詰んだ……やはりマルタばぁさんの所で纏めて購入したのがダメだったのか?)
(今までのご主人も、毎日お風呂に入れてくれる人はいたし、
歯だって磨かれた事はあるけど、好きではない。
でも、ご主人は困ってる。仕方ない諦めも良犬の条件!)
「……わかったよ」
(人間ってめんどい生き物……だけど、美味しいミルクのためでもある。しかも私ってやっぱり人間の機微理解してるよね!見てるか、管理人!そろそろ終わってもいいんだぞ〜)
「じゃあ、お願いするよー」
「お願い?」
サリーはいきなり服へ手を掛け、
「お、おい!? 何してる!」
きょとん、と首を傾げながら服を脱ぎ終えると、両手を軽く広げた。
「どうぞ、洗うんでしょ?」
「違うわ!!やめろ!脱ぐな!!自分で洗え!」
グレンは慌てて、サリーにバスタオルを押し付ける。
「私が自分で洗うの?」
「そうだ!」
「なんで?」
「俺が聞きたいわ!!」
グレンが叫ぶと、サリーはますます不思議そうな顔をした。
サリーは口を大きく開ける。
「あーーーん」
「えっ? なにそれ……」
「ご主人様が洗ってくれるんでしょ? 歯磨き」
「バカヤロー!! 歯も身体も自分で洗えーーーっ!!」
「えぇ……ならいらないよ……」
心底嫌そうに、サリーは肩を落とす。
グレンは頭を抱え、力の限り叫んだ。
「お前は一体、どこの深窓の貴族令嬢なんだよ!!」
それが昨夜の出来事であり、
結局は、顔や身体を濡れタオルで拭かせ、歯はうがいで済ませることになった。
ベッドへ目を向ける。
サリーはだらけきった寝顔で、スヤスヤ寝てる。
「……」
平和そうな寝顔だ。
だが、その寝顔を見れば見るほど頭が痛くなる。
「俺……女の子の下着なんて買えないぞ」
寝不足の理由はそれだった。
服の下に布は無かった……
副ギルド長が言っていた全裸は、本当だったのだ。
靴とかの問題ではない……。
「女の子の下着?
素手でドラゴンと戦えって言われる方が、余裕でできる」
ドラゴンなら殴ればいい。
でも、下着はどうすりゃいい。
サリーを起こさないように、洗面所に移動し、歯を磨こうとするが、
……そこには新品の、昨日使われなかった歯ブラシがあった。
「はぁぁぁぁ、なんか朝も昨日の夜と同じようになりそうだ」
取りあえず、身支度をし、
ブラックコーヒーを飲もうと戻ってきたら、
ちょうどサリーが目をゴシゴシと擦りながら、
「おはよう。ご主人、はやいね」
「なぁ、お前、ちょくちょく俺の事、
ご主人やら、ご主人様とかいうけど、
俺の名前はグレンだからな」
「??」
「やめろよ、人前でご主人様は、
盛大な勘違いの元、
俺のライセンスが剥奪される可能性がある」
「えっ!!名前呼ばないと、ライセンス剥奪なの?!」
(人間ってこわ!だから、ほとんどが名前で呼んでいるのか!納得!)
「……お前わかってないだろ?」
「いや?大丈夫だよ、分かったよ、グレン」
「いきなり呼び捨てかよ……」
(まただ、犬の頃と違って困った顔をよくされる。
……あぁ、本当になにが違うのだろ?
私はわたしなのに)
「それと、本来なら最初に聞かないとダメなことなんだが、おまえの名前は?」
(ん???つけてくれないんだ。えーと多かったのは……)
「んーーサリー……かな??」
「なぜ疑問形なのかは、もうほっとく。
とりあえず、ギルドへ行く前にお前の下着なんだよな」
「いらな……」
「いらないとか言うな!絶対ダメだ!いいか!
必ず必要なんだ!顔や歯を洗うよりも、必要なんだ!!」
「はい!!!」
ぐぅぅきゅるるる、サリーのお腹は、今日も元気に鳴った。




