第48話 ラスボス兼ヒロイン
未来から薬と説明書が届いた翌日。
その日は修了式の日だった。
式を終えた放課後、俺は第三自習室である人を待っていた。
「こんなにところに呼び出すなんて……どうしたの? 物部くん」
柿森さんは顔をほんのり赤くしながら、そう言った。
身長が低い彼女からの上目遣いはそれなりに破壊力がある。今でも慣れない。
「もしかして、大事な話……?」
「そうだね。超大事な話」
「そ、そっか。わたし、物部くんなら……」
何か勘違いされているようだが、俺はここから柿森さんの精神を打ち砕いて再建築しなくてはいけない。だから、雰囲気からぶち壊す。
「実は、未来から宝石病の治療薬を手に入れたんだ。だから飲んで欲しい」
◆ ◆ ◆
―柿森海香視点―
物部次郎くんから『宝石病の治療薬』と言われたとき、わたしは一気に冷めた。
告白されるかも……という期待が崩れ落ち、彼が哀れに見えて仕方なかった。
好きになってくれたらいいなとは思っていたけど、そこまで入れ込んでは欲しくなかった。現実は見つめたままでいて欲しかった。
「物部くん、騙されてるよ。宝石病に治療薬は存在しない。詐欺だよ」
「詐欺じゃない。本物だよ」
「未来からの薬が本物なわけがないよ」
「証明はできないかもしれないけど、説明はできる」
「そっか。聞く気すらしないけど」
冷静に物部くんを諭しているが、彼もまた一歩も引かない。
なにかおかしい……わたしの命のために気が狂った人の様子じゃない。本気でその薬のことを信じている。
物部くんは一瞬間を置いたあとに、表情を崩さずとんでもないことを言った。
「……柿森さんは生きたくないの?」
「…………うん、死ぬのは納得してるよ」
一応,平静を装って答えたつもりではあった。
だけど、心の中はささくれだっていた。
生きたくないの? なんてことを余命宣告されている人物の前で言う。
ありえない神経だった。
物部くんも必死なのだろう。責める気にはなれない。
それなのに、表情が変わらないことが不思議で仕方ないけど。
「もっと生きてやりたいこととかないの?」
「…………できるだけで十分。お金には困らないしね」
また聞いてきた。
ちょっとずつ、心の中に余裕が無くなっていく。
「大学生になりたいとか、ないの?」
「……」
「将来やりたい仕事とか、ないの?」
「……」
立て続けに、わたしにはやってこない未来の話をしてくる。
どうして未来がある人にこんなことを言われないといけない。傷つけられなくちゃいけない。
そんなの、本音は生きたいに決まっている。
皆みたいに大学に行って、就職して、結婚して、人並みの人生を送りたかった。
それを……! それを……!
一生懸命諦めた。自分で自分の本心をずっと抑え込んだ。
物部くんは死の恐怖に震える夜を知らない。
痛みに耐える日々を知らない。
そんなやつに、どうしてここまで傷つけられないといけない。
わたしはせめて今を楽しく生きようとしてる。
その覚悟をどうしてこいつに馬鹿にされる必要があるのか。
でも、そんな本心を言えば彼の思い通りになってしまうし、自分の抑えが効かなくなってしまう。
そんな板挟みの中で――わたしの心はおかしくなってしまった。
「え、涙が――」
気づけば涙が止まらくなってしまったのだ。
◆ ◆ ◆
「おかしいな……なんで、涙が、ずっと止まらない……」
柿森さんは泣き笑いしながら、涙をブレザーの袖で拭いている。
彼女の覚悟を揺らすことには成功したのかもしれない。
けど思っていたのとは、全く違った。
怒られる……と思っていた。
柿森さんの心の底にある決意を馬鹿にするようなことを言えば、必ず反論してくるんじゃないかと考えていた。
でも、彼女は怒るという選択肢を捨てた。
俺の挑発を全てスルーしたのだ。
それだけ柿森海香の死への覚悟は強く、重いものだった。
だからこそ分からない。
「な、なんで泣いてるの……?」
泣かせたのは俺なのに白々しい言葉がでてしまう。
「わ、わかんないよ。ただ、いっぱいいっぱいで……」
俺には彼女が考えていることやその決意は、推察することしかできない。
本心で死ぬことを許容してるはずがない。
だけど、それを絶対に隠し通そうとする強い気持ちがあの涙を生んでいる。
俺には、というか誰にも死への覚悟を崩せないだろうなと思ってしまった。
もう手の打ちようがない……。
そんな風に思っていたら、俺も目元に熱いものを感じてしまった。
「……物部くんも、泣い、てる?」
だめだ。
俺が柿森さんを説得するはずだったのに、感情を抑えきれない。
ここまでの道を繋いできた俺たち、叩き直してくれた津宮さん、攻略本の解析を手伝ってくれた鵜川先輩……色んな人が協力しているのに失敗して申し訳ない。
でも一番は、柿森さんを助けられないこと。
俺は柿森さんが死ぬのが絶対に嫌だ……。嫌なんだ。
「泣かないでよ。物部くん……そんな風に泣かれるともっと悲しくなる」
「そ、そんなこと言ったって……!」
逆に柿森さんに心配をかけられている始末。
「どうしたら、泣き止んでくれる?」
最早あやされている。
俺はゆっくり土下座した。
「薬飲んでください! 俺は柿森さんに死んでほしくないんです! 本当に効くから! 良くなるから! お願いします! ああああああ!」
どんなに迷惑になっても良いから泣き叫んだ。
「……物部くんに、泣かれるのは悲しいから、偽物だと、分かってても飲むね」
柿森さんは俺のことを抱きしめながら、確かにそう言ってくれた。




