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第40話 初めての海

 電車に揺られてかなりの時間が経った。

 柿森さんは疲れたのか、寝てしまっている。

 しかも、俺に寄りかかって。


 柿森さんはとても自然な香りがする。

 純度百パーセントっぽい女の子の香りで、クラクラしてしまいそうだ。


 そうじゃなくても、今さっき「気になってる女の子とわたし、どっちが大事?」という質問のせいで意識しまくっているのだ。


 海でのイベントに備えて攻略本は読んだ。

 しかし、どうにも好感度の面で発生しないようなイベントが起きているような。

 もしかして俺と柿森さんが隣の席で、交流が多かったからか?


 色々と考えていたら、電車の車窓から海が見えた。


「柿森さん、起きて」


 肩を揺らすと、目をこすりながら起きてくれた。

 

「……! ご、ごめん。重くなかった?」

「全然大丈夫だよ」


 寧ろ人の頭ってこんなに軽いの? なんて思っていたくらいだ。

 柿森さんが軽いだけだとは思うが。もっと飯食って。


「あ! み、見て、物部くん! 遠くに海っぽいのが見える」

「ちゃんと海だよ」

「やっぱそうだよね! うわ~!」


 柿森さんは初めて電車に乗った子どものように外の景色を見続けていた。

 そして電車は、海水浴場がある最寄り駅に到着。


「は、早く行こう!」

「わかってるよ」


 柿森さんは改札を出ると早歩きで海の方へと歩き出した。

 遂に目的地に到着。


「これが海! これが砂浜! これが波! これが地平線!」


 柿森さんが手を広げながらそんなことを言う。

 どことなくカッコいい台詞のように聞こえるが、どちらかというと子どものはしゃっぎっぷりである。

 俺も久しぶりに海に来て内心興奮しているけど、柿森さんのテンションの高さで逆に冷静になっていた。


 彼女は砂浜を歩いて、海へと近づいていく。

 波打ち際に立つと靴と靴下を脱いだ。


「水が迫っては帰っていく。なんか面白い! 月の引力すごい!」


 子どものように喜んではいるけど、知識は高校生。

 それにしても月の引力に言及しないとは思うけど。


「水、冷たくて気持ちいい! 丁度いい温度だね」


 俺も彼女に言われて波に足を晒す。


「確かに……」


 学校でもそろそろプールの授業が始まってもおかしくない時期だ。

 プールの温度も海水温もさして変わらないのかも。


「……もうこうなったらさ、泳ぐしかないよね? 更衣室ってどこ?」


 柿森さんはうずうずしている。

 水温的にはいけるし、その気持ちは分かるが。


「……ないんですよね」

「え、なんで?」


 柿森さんはきょとんとクビを傾げている。

 

「実は海開きがまだなんだよね?」

「海開き……?」

「海水浴場がオープンしてないってこと。ライフセーバーさんとか監視員さんもいなければ、危険な水中生物から守るネットも置かれてない。砂浜までは入れるけど、安全に泳げる状態じゃないのが今」

「そ、そんなぁ……」


 柿森さんのテンションが一気に下がっていた。

 体全体で残念さを表現しているのか、丸まってしまった。


「わたし、海で遊ぶのを楽しみにしてたのに……! だから、服の下に水着着てきたんだよ? あんまりだよ! うみぃぃぃぃ!」


 水平線に向かって叫んでいた。

 幸い周りに人がいないので、変な目を向けられることはなかった。


「実は柿森さんが消化不良を起こすかもと思って調べてきたんだけど、この近くに水着で入れる温泉があるらしくて……行く?」

「え、行く! 温泉も行ったことないから、全然行くよ!」


 柿森さんのテンション、一気に回復。

 ここは攻略本から知識を拝借した。

 海へ行っても海開き前で入れない場合は、そのまま近くにある温泉へ連れていくといいと書いてあった。ありがとう攻略本!

 

「海開きしたら、また今度行こうよ」

「うん!」


 俺たちは目的地だった海を立ち去ろうと背を向けた。

 

「あ、ちょっと止まって」


 柿森さんが俺にすごく近づいてくる。

 というかほぼ触れ合っている。

 そんな彼女は意を返さずにバッグからスマホを取り出した。


「はい、チーズ」

「え?」


 まさか写真を撮られると思っていなくて、変な顔をしてしまった。


「ふふっ、海には入れないけどいい思い出になった」


 自分の顔なんて好きじゃないので、写真を撮られるのには抵抗感がある。だけど、柿森さんが笑ってくれるなら、その程度のことは不快でもなんでなかった。


 柿森さんはスマホをしまって砂浜を歩きだそうとした。

 だが、砂に足を取られたのか転んでしまう。

 

「だ、大丈夫?」


 地面は柔らかいし怪我はしないだろうと思った。

 自転車でこけるよりかは、危なくはないはず。

 そう思ったのに。


「うーん、この感じ。結構ヤバいかも。親呼ぶ」


 柿森さんは倒れたまま、そう言った。

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