第37話 練習あるのみ
「じゃあまず何からしたらいい?」
「調べた感じ、まずは自転車を押して歩くところから始めるといいらしい」
「わかった!」
柿森さんは自転車に近づいた。
そのまま動かそうとしたので、俺は「待って」と声を上げた。
「まずはスタンドを上げて」
「スタンド……?」
「ここのことね」
柿森さんに分かるように足で指して、スタンドを蹴り上げた。
これで自転車が動けるようになるわけだが、一旦スタンドを下ろした。
「このスタンドで自転車を停めておくわけ。柿森さんも一回やってみて」
「了解……せいっ!」
柿森さんはスタンドを蹴る。
だが、動かない。
もう一度やるが、上がってくれない。
「もっと強く蹴って良いと思うよ」
「そうなの……? これでも結構頑張ってるよ?」
「じゃあ、本気で蹴って」
「わ、わかった……ハッ!」
掛け声と共にスタンドを蹴り上げる。
ちゃんと上がってくれたようで一安心。
「ふぃ~」
柿森さんはハンドルを握って、息を整えていた。
姿勢や話し方は前のめりで元気な印象を受ける柿森さんだが、体格は小柄で腕も細い……力がないのは見た目通りらしい。
「じゃあ、ちょっと調べたとおりやってみよう。まずは……」
柿森さんと本格的な練習を始めた。
押して歩いたり、ブレーキを使ってみたり、次は跨って歩くターンになったのだが……。
「……物部くんに聞くのは違うなって分かった上で聞きたいんだけど」
「な、なんでしょう?」
珍しく柿森さんに勢いがない。
それどころか、視線を伏せて恥ずかしそうに見えるのはなんでなんだろう。
「自転車乗る時ってスカートはどうしたらいいの?」
「……」
「……黙らないでよ!」
「す、すいません」
そこに関して俺がコメントできることある?
ただ、この場に相談できるのは俺しかいないのも事実で。
「だってお尻の下にスカート敷いたら皺になっちゃいそうだし、かといってそのまま座ったら中見えちゃいそうだし……」
柿森さんはちゃんと困っている。
なら、真摯に答えるのが指導している側である俺の義務に違いない。
それはそれとして、言いづらいが。
「……個人的には後者が良いと思う。制服が皺になるのは嫌だろうし、なんか滑りそうで怖い」
「……なんとなくわかってたけど、そうだよね。ありがとう」
全国の女子学生がどうしているかは分からないので、あくまで俺の考えだ。
なんか気まずい雰囲気になってしまったが、気を取り直していこう。
「な、なんか色々見えちゃったら、ご、ごめんね!」
柿森さんは空気を変えようとしたのか、冗談めかしてそんなことを言う。
だけど恥じらいがあるのだろう、頬が赤くなっていた。
顔赤くするくらいなら、言わないでくれよ!
こっちは何も言えないって!
「……じゃあ、練習再開しようか」
「そ、そうだね!」
サドルに跨いで歩いた後は、両足をあげてバランスを取る練習。
両足をあげる際は、俺が自転車を支えることになっている。
「ちゃんと掴んでてね?」
「安心してほしい」
「離さないでね? 絶対に離さないでね!?」
「離さないって!」
そういうフリだとは分かっているが、本当に危ないのでやめてほしい。
柿森さんの横顔は滅茶苦茶ニコニコしている。
この人……怖いとか思わないのかな?
「ちょっとだけ歩いて進むからね」
柿森さんが自転車に跨りながら歩いて少しだけスピードを出す。
「はい、今!」
柿森さんが足を上げた。
思ったよりもバランスが取れていて、俺はあまり力を入れていない。
「どんな感じ?」
「やれそうな気がする!」
「じゃあ、どんどんやってこう!」
何回か足を地面から離す訓練を繰り返して次は。
「実際に漕いでみようか」
「やっと来た!」
柿森さんのテンションが上がっているのか、声まで大きくなっている。
ここまでは本当に練習って感じだったし。
「さっきと同じで俺が支えるけど、危なくなったら自分でブレーキして止まって。あと、スピード上げ過ぎるとついていけない……けど、いけそうだったらいいよ」
「了解!」
柿森さんはペダルに足をかけた。
「漕いで!」
「行くぞい!」
柿森さんはゆっくりと進む。
ふらふらしてて危なかっしいが、漕げてはいる。
「どう? 一応漕げたみたいだけど……?」
「スリルある! バランス崩したら転びそうな」
柿森さんはキャッキャッしている。
怪我するかもしれないのに、喜んでる人ってレアだ。
何でも楽しめるのが才能過ぎる。
「じゃあ次は一人で漕いでみて。ゆっくりでいいから」
「やるやる!」
俺は隣を走りはするけど、支えたりはしない。
柿森さんが自走するのを見て、危なかったら止める。
「漕ぎます!」
柿森さんは順調に漕ぎだしてスピードを上げていってしまう。
何度も走って体力を消耗した俺では追いつけない。
スピードを落としてと注意しようと思ったときだった。
子供が横から走って来たのだ。
「あっ」
柿森さんは避けることに成功したが、バランスを崩して転倒した。




