第3話 ヒロイン:津宮椿
まず、俺が向かったのはパン屋だ。
家から行ける範囲内にあるが、学校からはそこそこ遠いため学生の姿は無い。
そもそも現在時刻五時、中途半端な時間のせいか、お客さんはほとんどいない。
アドレナリンが出てるままに行動してここまで来てしまったが――。
所見の個人店って入るの緊張する!
普段ゲームしかしてないから、一人でパン屋に入った経験がない。
入口でグダグダと悩んでいると……ドアを開かれて一人の女の子がでてきた。
ハンチング帽に赤いエプロンは、いかにもパン屋さんという格好。
帽子から見え隠れするのは、特徴的な赤い髪。
宝石のような赤い瞳は夕日を反射してさらに煌めく。
程よく焼けた健康的な肌なのに、きめ細やかですべすべ。プルプルな唇。
身長は俺よりも少し低いくらいで平均的な女子と言ったところ。体は引き締まっているが、出るところは出ていて理想的なバランスと称されていた。
そんな彼女の姿はついさっき見たばかりだった。
普段はパン屋でアルバイトをしている、この子の名前――。
津宮椿。
あの攻略本、『Timeless Days 完全攻略ガイド』で紹介されていたヒロインの一人に違いなかった。
思わず俺は。
「ま、マジなのか……!?」
と迂闊にも呟いてしまった。
メタい発言をするのがいけないわけではないが、そもそも初対面の人に「マジなのか」とは言わないだろう。
「……マジなのかってどういう意味なんですか?」
怪訝な目で津宮さんが俺のことを見つめてくる。
「い、いやなんでもないです! ごめんなさい!」
「……あ! その制服とネクタイ、もしかしなくても学校の先輩ですよね? なるほど……あたしのことが目当てだったり?」
「ギクッ!」
言い当てられて、思わず擬音を口にしてしまった。
もしかしてこの子も、この世界がギャルゲーだと理解してるクチか……?
「ギクッ! って、え、まさか……ほんとうに!?」
なぜか津宮さんは顔を赤くしてしまう。
表情、めちゃくちゃ可愛いな!
「か、帰ります。ごめんなさい、お邪魔して」
この隙に逃げ出そうとしたが、津宮さんが俺の制服の袖を引っ張った。
普段ゲームしかしていない体幹よわよわなので止められてしまう。
「折角なので、ウチでお茶して行ってくださいよ」
目線を下にしつつも、俺のことを掴んで離さない手。
こうなってしまえば無理やりに振りほどけないと思った俺は、導かれるがままに店内に連れていかれることになった。
パン屋さんの中は、とてもいい匂いだった。
心が満たされるような幸せの香りだ。
色々なパンが置いてあって、どれを選んでもおいしそうだ。
この小麦色がたまらない!
「満足そうな顔してないで、トレーとトングを取ってください。飲み物はコーヒーでいいですか?」
「あ、はい……」
そうだった見てるだけじゃなくて、選ばなくては。
コーヒーを淹れてくれるそうなので、甘いものの方がいいのかなと思って、カスタードデニッシュを手に取った。
レジに持っていくと、中年の女性が待っていた。
「カスタードデニッシュ一つで、百五十円になります。店内で飲食だよね?」
「あ、そうです。あの、コーヒーの分は……?」
「いいのいいの。そのくらいはサービスよ、サービス」
「は、はあ。ありがとうございます」
小遣いはゲーム代に当てたいので、正直助かると言えば助かる。
その女性が小声でとんでもないことを聞いてきた。
「椿ちゃんとはどういう関係なの?」
「……初対面ですかね?」
怪しいことを言うわけにもいかないし、素直に答える。
「なるほど。一目ぼれかあ……いいね! 青春!」
「……?」
よく分からないけど、とりあえずお金を払ってイートインスペースに座った。
そのタイミングで丁度良く、津宮さんがコーヒーを持ってきた。そのままコーヒーを置いて、仕事に戻るかと思いきや俺の隣に座った。
「……どこで先輩はあたしのことを好きになったんですか?」
コーヒーを飲もうとした手が思わず止まる。
蒸気立っている津宮さんだが、さっきとは違って俺を瞳で捉えている。
も、もしかして……俺が津宮さんに一目ぼれしたと勘違いされてる!?
やり取りを思い返してみたが、自分の「ギクッ」という反応が別の意味でやらかしていた可能性が高いことに気づいた。
なんて返事しよう……下手に「それは津宮さんの勘違いじゃないですか?」なんて言えない。彼女にとんでもなく恥ずかしい思いをさせてしまいかねない。
一瞬で必死に頭をこねくり回した結果、生まれた回答は。
「高校生ってバイトできないところもあるじゃないですか……? でも、一年生の子がバイトしてるってのを聞いて、ちょっと見に来たんです」
これしかない!
この言い訳なら、俺が津宮さんを知ってる言い訳にもなる!
そんな俺に対して、津宮さんは――。
「あ、そ、そうだったんですね? じゃ、じゃあ店長に話してきます……!」
赤い顔が、更にかあーっと赤く染まり、そそくさと店裏に消えて行ってしまった。
どうやら、自分が勘違いしていたことに気づいたらしい。
ふう……これにて勘違いは解けたかな? よかった~。
カスタードデニッシュを食べようとしたら、津宮さんが帰って来た。
「……店長から、履歴書書いて持ってきてだそうです」
「わかりました……?」
思わず頷いちゃったけど、もしかして俺、このままここでバイトの面接を受けざるを得なくなっちゃった!?




