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魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第1.5章 魔法少女の日常(獣人とカード)編 
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042:魔法少女は寄せて上げて変身したい

042:魔法少女は寄せて上げて変身したい


 カジノの重厚な扉を抜け、再び裏路地の空気に戻った私たちは、すぐに東港へ向かうための算段を始めた。


「さて、東港の『黒鯨号』へ向かうにしても、ここからじゃあちと遠い。タクシー代わりのオルトロスの辻馬車でも探すか」

「その必要はないよ、ヤマさん! 僕がついてるんだ、リーナがアルカナ・フレアに変身して、ウイングモードでひとっ飛びさ!」

 フェニックスの提案にヤマさんも頷き、私たちは人目を避けるように、より暗い路地裏へと足を進めた。


 その時だった。

 ヤマさんの体から、ふわりと黄金の金粉みたいな淡い光の粒が立ち上り始めた。


「おっと……どうやら、ここまでらしい」

 ヤマさんは自分の手のひらを見つめ、少しだけ寂しそうに呟く。

「儂らみたいな『転生者』はな、向こうの世界で本体が眠っている間だけ、精神体としてこちらに来られる。この感覚……どうやら、あっちの本体おれが目を覚まし始めたようだ」


 彼の足元から、光の粒が渦を巻いて立ち上り、その体がだんだんと薄くなっていく。

「あーあ、帰りたくねぇなぁ……」と彼は笑う。

 だが、その笑顔はどこか寂しげで、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。


 光の渦が彼の腰のあたりまで達する。

「いいか、フェニックス、忘れるな。戦いの勝敗は、武器の性能だけで決まるもんじゃない。今、お前さんたちは『敵がこちらを知らず、こちらが敵の居場所を知っている』という最大の利を得ている。その情報の優位性を手放すな。相手の土俵で真正面から戦ってやる義理はないぞ」


 ヤマさんの姿がほとんど消えかけ、その穏やかな声だけが路地に響く。

「フェニックス、俺がいない間、リーナちゃんを頼んだぞ。この子は兵器じゃない。ただの、パン屋の優しい女の子だ。そのことを、お前だけは絶対に忘れてやるな。リーナちゃんの心を、壊すようなことだけはしてくれるなよ」

 フェニックスは私の肩で羽を上にあげ、分かったと了承の意を示す。


 そして、彼は私に向き直った。

「リーナちゃん、無理だけはするなよ。いいかい? 凄い力があるからって、これは君の義務じゃない。人質の命と君の命、天秤にかける時が来たら、迷わず自分の命を選べ。そして俺に文句を言いに来い。……君みたいな子が、理不尽に散っていい道理はねえんだ」


 ほとんど透明になった彼の顔に、茶目っ気のある笑顔が浮かぶ。

「……じゃあ、帰ってきたら、クリームパン、買いに行くからな」

 その言葉を最後に、光の渦はつむじ風のようにふっと掻き消え、後には名残惜しそうに漂う二、三の光点だけが残り、それもすぐに闇に溶けていった。


「……行っちゃったね」

 ぽつりと呟く私に、しんみりとした空気が流れる。


「ねえ、フェニックスも、あんな風に自分の世界に帰っちゃったりするの?」

「僕たち悪魔は、異世界の人間みたいに偶然に頼らなくても、次元の穴を通ってある程度自由に渡り歩けるんだ。時間制限もないよ。……そうだな、七つの棘の事件が片付いたら、リーナを僕の魔界にご招待しよう! 僕の宮殿で、魔法少女アニメの24時間耐久鑑賞会だ!」

 さっきまでのしんみりした空気を吹き飛ばすようなフェニックスの言葉に、私は少しだけ笑ってしまった。


 そうこうしているうちに、私たちは人通りの全くない、倉庫街の一角にたどり着いていた。

「よし、ここなら大丈夫そうだね」

 フェニックスが頷くのを確認して、私は左腕の収納ブレスレットから変身デバイスをポロリと出して、くるりと握りしめる。


「システム・エンゲージ! マテリアライズ・コード! アルカナ・フレア!」

<<Authentication, complete. Transformation sequence, start.>>


 英語のシステムボイスが響き渡り、手のひらのチャームがカシャリと音を立てて展開する。

 鳥の翼を模した装飾から放たれた光が、私の足元に複雑な魔法陣を描き出した。

 吹き上げる魔法の炎が、私をアルカナ・フレアへと変えていく。


 そういえば、フェニックスがもっとセクシーにとか騒いでいたっけ。

 しょうがない、一回だけだからね!


 光の糸が体を包み込み、純白のインナーと深紅のスカートを肌の上で直接形作っていく。

 その過程で、私はさっきまで姿を借りていた妖艶な狐のお姉さんを思い出し、胸をぐっと張るようなセクシーポーズを決めてみた。

 気分は、いつも「胸なんて重いだけよ、普通でいいのよ」とぼやいている親友のソフィアだ。


 金の装飾が腕と足に装着され、栗色の髪が熱を帯びた風で巻き上げられていく。

 根元が深紅に、毛先が燃えるようなオレンジ色のポニーテールへと染まり上がると同時に、頭上から翼のユニット『モルフォウィング』が降臨し、「シャコン!」という心地よい音を立てて背中に装着された。


 よし今だ!!

 決め台詞は、これしかない!

「セクシーあんどデストロイ! 私の色気で、壊して・あ・げ・る……ちゅっ♪」

 ウィンクと共に決めポーズを取ると、どこからともなく七色のスポットライトが私を照らし出した。


 どうだ!

 これで文句ないでしょ!

 得意げにフェニックスを見ると、彼はどこからか取り出した白いハンカチで目頭を押さえていた。


「……ううっ、今回は85点だよ、フレア。ごめんよ、僕が君を追い込みすぎていたのかもしれない……。谷間を強調するポーズはね、フレアがやると……逆効果なんだ……! 逆効果なんだよぉ!」

 

「おっ? やんのか、コラ。やんのか?」


 こうして、私とフェニックスの決戦前のやり取りは、いつも通りな感じで幕を開けたのだった。



 SIDE ミーシャ


 どんよりと澱んだ空気が、肺にまとわりつく。換気性の低い、薄暗い部屋。

 絶え間なく焚かれる甘く奇妙な香が、思考を鈍らせ、体の芯をじわりと溶かしていくようだった。

 両手を背中で固く縛られ、冷たい床に座らされている。


(……ダメ、意識をしっかり保たないと)


 普段は理性の奥深くにいるはずの、猫としての本能が、この香のせいで心地よく疼いているのが分かる。

 危険な兆候だ。


 私は必死に理性を総動員し、獣人特有の鋭敏な聴覚に意識を集中させた。

 壁一枚隔てた向こう側から、下品な男たちの話し声が聞こえてくる。


「兄貴、品物は極上じゃないですか。知ってますか? 兄貴ぃ。発情期の獣人は凄いらしいですぜ!! 宴の前に、少しぐらい楽しんでもいいでしょう?」

「馬鹿野郎。何度も言わせるな。奴らは高価な商品だ。抵抗されて傷一つでもつきやがったら、俺たちの儲けがパーになる。お前、海の底で魚の餌になりてえのか?」

「へへへ、冗談ですよ。……だったら、もう少し大人しくさせるとか? 香を強めに焚けば、抵抗なんてできなくなりまさぁ」

「駄目だと言っただろうが! 旦那方は宴で最高の状態を求めてるんだ。今下手に薬の量を変えやがったら台無しになる。宴はもうすぐだ、それまで仕事に集中しろ!」

「へーへー。あぁぁ、待ちきれねぇ……!」


 足音が遠ざかっていく。

 私は息を殺して、彼らが完全に去ったことを確認した。


(今しかない……!)

 体を捻り、ハンター時代からの癖で靴底に隠していた小さな金属片を取り出す。

 背中に回した手で、器用に縄を削り始めた。

 やがて、ぷつりと縄が切れる感覚。

 自由になった手で、すぐさま他の女の子たちの縄も解いていく。


 部屋には、私以外に五人の猫とウサギの獣人の女の子たちがいた。

 皆、泣き疲れたのかぐったりとしているが、それだけではない。

 お香に当てられ、その潤んだ瞳の奥に、とろんとした獣の本能の光が宿り始めていた。


「しっかりして!」

 一番症状が重そうな兎獣人の少女の肩を揺するが、うっとりとした表情で甘い息を漏らすばかりで、その瞳の人としての理性の光は殆ど消えかけているようだった。


 部屋を見渡すが、脱出できそうな窓も、換気口すらない。完全な密室だ。

(どうすれば……)

 焦りと不安が胸を締め付ける。


 でも、ここで諦めるわけにはいかない。

 私は、無意識に左手薬指の指輪に手を添えた。

(ユーリ……お母さん、必ず帰るからね。あなた、私を守って)


 息子の笑顔を思い浮かべ、私はもう一度、固く決意を固める。

 この子たちを連れて、必ずここから出てみせる。



Liner Notes

■Track 042


【分類 / Category】

[4:生物・魔物図鑑] > [41:魔獣・野生生物] / [31:文化・生活習慣]


【日本語名称 / English Name】

 オルトロスの生態と都市適応 / Ecology & Domestication of Orthros


【概要 / Overview】

 本来は壁の外の山岳地帯などに生息する危険度Bランクの強力な中型怪獣。

 幼獣(子犬)の時期は、二つの頭で不器用に甘えてくる姿が極めて愛らしく非常に人懐っこいため、壁の外へ遠征したハンターが誘惑に負けてついつい連れ帰ってしまうケースが後を絶たない。

 しかし、野生の群れに遭遇した場合は死を覚悟しなければならないほどの狂暴性を誇り、成犬になれば馬をも上回る巨体へと成長するため、飼育する場合は、法律に基づく厳重な管理が義務付けられている。


【特性・スペック / Properties & Data】

 〇体格と莫大な食費

 成犬時の体格は体高1.6〜1.8メートル、体長2.3〜2.7メートル、体重650〜750キログラムに達する。

 二つの頭部を支える胸幅は馬よりも遥かに広く、がっしりとした高密度の筋肉を持つ。

 この巨体で御者を含めた4人乗りの辻馬車(全重約700kg)を1頭で軽々と引き切り、狭い路地裏も難なく走り抜ける小回りとパワーを兼ね備えている。

 しかし、1日に10〜15キログラム以上の生肉を消費するため、一般家庭で一生面倒を見ることは極めて困難である。

 そのため、幼犬期を過ぎた個体の多くは辻馬車ギルドや警備会社へ売却されるか、飼い主であるハンター自身が辻馬車の御者へと転職することになる。


 〇『危険指定生物特定管理法』と免許制度

 ハステロイ領では『危険指定生物特定管理法』に基づき、個人飼育にあたっては役場による厳しい「飼育環境審査(敷地の広さ、頑丈な檻の有無、近隣許可等)」のパスと、国家資格である『特定危険生物二種免許』の取得が必須となる。

 また、公道を走る際は「双方の頭部への指定金属製口輪ダブル・マズルの装着(同法第14条)」が義務付けられており、無免許飼育や無装着には厳しい罰則が科される。


 〇同時給餌シンクロ・フィーディング

 胃袋はひとつだが脳はふたつ存在するため、「片方だけが飯を食べた」状態になると猛烈なストレスから自傷喧嘩を引き起こす。そのため、幼犬期からの教育や、飼い主・御者による「左右同時に同量の肉を与える」専門技術が不可欠となる。


【文化・伝承 / Culture & Folklore】

 〇名作童話『雪の中のオルトロス』

 ハステロイ領で古くから語り継がれる有名な童話。

 吹雪の山で倒れた幼い兄弟を、二つの頭で交互に温め続けて自らは凍りついた一頭の保護オルトロスの悲話。この物語の影響もあり、危険生物でありながら人々のオルトロスに対する親しみと愛着は根強い。



 Tags: #転生者の帰還 #エルフ印の都合の良いお香 #二種免許 #雪の中のオルトロス #変身点数85点


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