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魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第1.5章 魔法少女の日常 編
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041:一般少女はひよこのモフ毛を毟りたい

041:一般少女はひよこのモフ毛を毟りたい

SIDE リーナ


「ディーラー、カードを配れ」


 ガモンの合図で、ゲームが始まった。

 ルールはこのカジノ特有の変則ポーカー。


 最初の数局、ヤマさんは驚くほどあっさりとチップを捨てた。

「降りるよ(フォールド)」

 まだ勝負できるはずの手札を、まるで紙くずのように投げ捨てる。

 ガモンは鼻を鳴らし、「所詮は腰抜けか」と嘲笑った。


 だが、私は見ていた。

 ヤマさんの指先が、リズムを刻むようにテーブルを叩くのを。

 それは撤退ではない。敵の戦力を測り、油断を誘うための、計算された「捨て石」だ。


 空気が変わったのは、五局目だった。


 ガモンは配られたカードを一瞥すると、口の端をニヤリと釣り上げた。

 その自信に満ちた表情……間違いない!

 素人の私でも分かる。きっと凄い役が揃ってしまったんだ!

 彼は上機嫌に、自信満々でチップを積み増していく。


 普通なら慎重になる場面。

 けれど、ヤマさんは不敵な笑みを崩さない。

「レイズ(上乗せ)だ」

 手元のチップの半分を、躊躇なく中央に押し出したのだ。


(え? 半分も賭けて大丈夫? そんなに凄い役がそろったの?)

 あのチップ一枚って、私の一年のお小遣い以上なんだよね!?

 私は期待と不安で頭がゴチャゴチャになる。


 その瞬間、ガモンの顔から笑みが消えた。

 ヤマさんの瞳は、澄み渡った湖面のように静かで、底知れない。

 ガモンの額に脂汗が浮かぶ。

 長考の末、ガモンは忌々しげに手札を伏せた。

「……チッ。降りる」


 やった!! 勝った!

 私は喜び勇んで、ヤマさんが勝利の証として開示したカードを覗き込んだ。

 さあ、どんな凄いカードなの!?


 ……え?

 そこにあったのは、数字も柄もバラバラ。何の役もない、いわゆる最弱の「ブタ(ノーペア)」。


「なっ……!?」

 ガモンも私も絶句する。


 えっ、ハッタリだったの!?


「戦いってのはな、兵力の多寡たかだけで決まるもんじゃない。引くべき時に引き、攻めるべき一点に全戦力を投じる。……基本だろう?」


 ヤマさんは涼しい顔でチップを回収する。

 すごい……!

 ヤマさんはただカードゲームをしているんじゃない。

 このテーブルという戦場を、完全に支配しているんだ。


 その後も、ヤマさんは神懸かっていた。

 相手の呼吸、視線の揺らぎ、僅かな指の動き。

 その全てを情報として取り込み、完璧なタイミングで攻め、守る。

 わざと隙を見せて相手を誘い込み、深追いさせてから一気に刈り取る。

 その戦い方は、まるで千軍万馬を指揮する将軍が、奇襲作戦を成功させているかのようだった。


 ガモンの手元から、みるみるチップが減っていく。

 その顔に浮かぶ、焦り、苛立ち、そして恐怖。

 マフィアの幹部であるはずのガモンが、完全にヤマさんの掌の上で踊らされている。


(いける! このままいけば勝てる!)


 そう確信した、矢先だった。


 あからさまに、流れが変わった。

 配られるカードが急に悪くなり、逆にガモンの手元には強い役が集まり始める。

 男の口元が醜く歪み、ディーラーが僅かに目配せをするのを私は見逃さなかった。

 イカサマだ。でも、どうやって?


 チップの山が減っていく。

 その時、ふと背筋に冷たいものを感じた。

 いつの間にか、私の逃げ道を塞ぐように、ガモンの部下たちが壁を作っていたのだ。

 彼らは無言のまま、このゲームの終了を静かに待っていた。

 私は恐怖で足がすくむ。


(どうしよう、このままじゃ私、本当にあいつに連れて行かれちゃう……!)


 不安で押しつぶされそうになった時、黄色いモフモフが軽快に私の体を駆け上がり、シュタっと私の肩に着地した。

「ふぅ、楽しかった!! 今、ゲームはどうなっている?」


 いつの間にかいなくなっていたフェニックスが、何食わぬ顔で私に現状の報告を求めてきた。

 呆れを通り越して絶句した。

 このひよこ、こんな状況で好き勝手に遊びまわっていたのだ!

 こんな状況じゃなかったらそのモフ毛を毟ってやるのに!と眉間に皺を寄せて睨んだ。


 フェニックスは私のその視線に、得意げな瞳でニヤッと笑い、首元のネックレスを小さくトントンと叩いて見せた。


 苦しい戦いが続く。

 ヤマさんはなんとか致命傷を避けつつ善戦を繰り返しているが、どんどん空気が重くなっていくのを感じる。


 お互いにカードが配られる。

 ガモンは配られたカードを確認する前から、勝利を確信したようなニヤついた笑みを浮かべ、カードに手を伸ばそうとした。


「待て」


 ヤマさんの静かな声がそれを制した。

「確認だが、ここのカジノでは、イカサマは『ゲームが終わるまで』に証明すれば良いんだよな?」


 唐突な質問に、ディーラーの女性が一瞬ビクリと肩を震わせる。

「は、はい。カードがオープンされ、役が確定する前に証明できれば、その者には罰が与えられます」


「そうか。なら、いい」

 ヤマさんは満足げに頷くと、手元のチップの山を、両手で押し出した。


全額オール・インだ」


 ザワッ……!

 場がどよめいた。

 負けが込んでいるこの状況で、全財産と、そして私の身柄を賭けた最後の一手。


「ハッ! やけっぱちか? いい度胸だ」

 ガモンが嘲笑う。

 だが、ヤマさんは涼しい顔で続けた。


「ところで提案なんだが。今回のゲームに限り、配られたガモンと俺のカードを交換して勝負してくれないか?」


「あぁ?」

 ガモンの顔から笑みが消える。

「何言ってやがる。そんなこと認められるわけねぇだろ」


「絶対公平のはずのディーラーが配った手札だ。イカサマがないなら、どっちを選んでも確率は同じはずだろ?」


 ヤマさんは、矛先をディーラーへと向けた。

「なぁ、嬢ちゃん。そうだろう?」


「そ、それは……」

 ディーラーは答えに窮し、視線を泳がせる。その額には、隠しきれない大粒の脂汗が浮かんでいた。


「どうした? 随分と暑そうだな。凄い汗だぜ」

 ヤマさんは心配そうに、しかし逃げ場のない視線で彼女を見つめる。

「その右ポケットのハンカチで拭いたらどうだ?」


「右、ポケット……?」

 ディーラーの顔色が土気色に変わる。

 彼女は震える手で、自らの制服の右ポケットに触れた。

 そこには、ハンカチにしては不自然な、硬い紙の膨らみが浮き上がっていた。


「そ、そんな、何これ……?」

 彼女が恐る恐る引っ張り出したのは、カードの端。

 ヤマさんの目が、スッと細められた。


「決めな! 手札を交換して勝負するか、そのポケットの中身について、この場で俺たちに大騒ぎされるか!」


「き、貴様ァ!!」

 図星を突かれたガモンが、ダンッとテーブルを叩いて立ち上がった。

「ガタガタうるせぇ! 『ゴルドーニ・ファミリー』に逆らって生きて帰れると思うなよ! おい、この老いぼれを締め上げろ! その女は俺の部屋へ連れて行け!」


 男の怒号と共に、私の背後を固めていた屈強な護衛たちが私達を取り囲むように動き出した。

 ゲームを有耶無耶にし、力づくで私を奪う気だ!


 ヤマさんが深いため息をつき、ゆらりと立ち上がる。

 その手には、いつの間にか一本の刀が握られていた。

 鞘に収まっているにも関わらず、放たれる殺気で空気がビリビリと震える。

 それは、歴戦の兵だけが纏うことができる、本物の「死」の気配。


「ひっ……!」


 ヤマさんはまだ、鯉口こいぐちを切ってすらいない。

 だというのに、護衛たちはその殺気に呑まれ、弾かれたように一斉に武器を抜き放っていた。

 ガモンは顔を青くしながら、ベテランと思われる部下の後ろに隠れるように身を捩る。


 一触即発。

 尋常じゃない雰囲気に、カジノ全体の視線が集まっているのを感じ、私は思わず唾を飲む。


「あら、ミスターヤマモト。こんなところで会うなんて珍しい。賭け事も嗜まれるなんて、貴方の意外な一面ね」


 背筋がゾクッとする美しい声と共に人垣が割れ、一人の女性が姿を現す。

 そこには黒いシルクのドレスを纏い、顔の半分を繊細なレースのベールで覆った女性が立っていた。

 彼女がただそこに立っているだけなのに、空気がピンと張り詰める。

 一般人の私にも分かる、この人は、闇の社会の支配者側の人間だ。


 彼女は修羅場と化したテーブルにゆっくりと歩み寄ると、ベールの奥で楽しそうに目を細め、赤いルージュの唇を三日月型に歪めた。


「マダム・リリィか。貴方こそこのような場所にいらっしゃるとは、意外なご趣味をお持ちですな」

 ヤマさんの軽口に、リリィは扇子で口元を隠してくすりと笑う。


「趣味というより、お仕事の一環なのですが。でも、たまには現場に顔を出すのも良いものね。退屈な夜に、思いもかけない刺激に出会えましたわ」


 二人の間には、余人には入り込めない、独特の空気が流れていた。

 その空気を読めず、ガモンが声を荒らげる。


「マ、マダム! こいつらがイカサマをしやがったんだ! この場所で舐めた真似をした落とし前は、きっちり付けさせてもらうぞ!」


 しかし、リリィはガモンの方を見向きもしない。

 彼女は優雅に扇子を閉じると、うっとりとした声で独りごちた。


「それにしても、今夜は本当に良い夜ですわ。懐かしいヤマモトと再会できましたし……『ゴルドーニ・ファミリー』に、大きな貸しを作ることができましたもの」


「……あ?」

 ガモンが間の抜けた声を出す。

 リリィはそこで初めてガモンに視線を向け、氷のように冷たい声で告げた。


「お忘れかしら? ミスターガモン。このカジノは中立地帯、『刃物を抜く』ことは、オーナーであるわたくしへの反逆……もっとも重い協定違反ですわよ?」


 ガモンの顔色が、一瞬で土気色に変わった。

 彼はハッとして周囲を見渡す。

 ガモンの護衛たちは、全員が武器を抜き、構えたままだ。


「あ……ちがう、いや、これはこいつらが勝手に…!」

 ガモンの額から、滝のような冷や汗が噴き出す。


「ふふ、お気づきですか? そのセリフ、ゴルドーニ・ファミリーは部下のしつけも出来ないと公言なさっているのと同じ事ですのよ」


 震える手で武器を収めさせようとするガモンに、リリィは優雅に扇子を開きながら、慈悲深い聖母のような、しかし絶対零度の微笑みを向けた。


「ミスターガモン、ミスターゴルドーニに伝言をお願いできます? 『次の総会の前にお食事でもどうですか?』と……」


 その一言は、ガモンにとって死刑宣告よりも重く響いたようだった。

 ガモンはガタガタと膝を震わせ、もはや私やヤマさんのことなんて目に入っていない様子で、脱兎のごとく店から逃げ出した。

 護衛たちも青ざめた顔でその後を追っていく。


 嵐が去ったテーブルに、静寂が戻る。

 残されたのは、あの黒い招待状だけ。

 ヤマさんはそれを拾い上げると、ふぅ、と息をついて私にウインクしてみせた。


「ほら、言っただろ? 何があっても守るってな」


 私はへなへなとその場に座り込みそうになった。

 心臓がいくつあっても足りないよ、もう!


 リリィはそんな私たちを見て、満足げに頷いた。

「さて、と。積もる話もありますし、続きは奥の部屋で致しましょうか?」


 マダム・リリィに誘われ、私たちは店の奥にあるVIPルームへと通された。

 そこでヤマさんは、単刀直入にミーシャさんたちのことを切り出した。


「ああ、あのこと。耳には入っているわ。街の害虫たちが、年に一度の収穫祭の準備をしているのでしょう?……いいわ、教えてあげる。あなたには昔、大きな借りがあるものね」


 彼女はそう言うと、この街の最近の情勢について、ゆっくりと語り始めた。


「この前、前の領主様が他領でやらかして領主が交代したのはご存じかしら? そういうわけで今年は色々と今までと作法が変わってしまって、各方面で大変なのよ」


「今回の事も、いつもの宴のメインディッシュが用意できなくなった、どなたかの苦肉の策なのでしょうね」


 マダム・リリィは紫煙を細く吐き出すと、私とヤマさんを交互に見て、楽しそうに口元を歪めた。


「きっと、ヤマモトがこんなになりふり構わず動いているのは、そちらの可愛らしい狐さん……いいえ、お嬢さんの身内か何かに迷惑が掛かってしまったのでしょうね」


 その言葉に、私は息をのむ。


「さて、と。昔の借りを返す時が来たようね。……奴らの宴の会場は、東港の『黒鯨号』という船よ。ですが、場所が分かったところで、相手は一筋縄ではいかないわ。もしよろしければ、わたくしの手の者を……」


 マダム・リリィがそう言いかけた時、ヤマさんは静かに首を横に振った。

「いや、これ以上はマダムにご迷惑をおかけするわけにはいかん。情報は頂いた。それだけで十分すぎる」


 ヤマさんはそう言うと、テーブルに置かれていた琥珀色の酒を一気に呷り、空になったグラスを静かに置いた。


「今夜は楽しかったよ、リリィ。次に会う時は、この老いぼれの懐が痛まん程度に、美味い飯でもご馳走しよう」


「あら、楽しみにしているわ」


 ヤマさんは私に目配せすると、颯爽と立ち上がり、部屋を後にした。私も慌ててその背中を追う。


 ちらりと振り返ると、マダム・リリィは私たちを引き留めることなく、ベールの奥で全てを見通したような楽しげな微笑みを浮かべ、静かに見送ってくれていた。



Liner Notes

■Track 041:

【分類】  

 [[6]:【組織・勢力概要】(Organizations & Factions)] > [[61]:[公的機関・ギルド]]


【日本語名称 / English Name】  

 ハステロイ裏社会構造と『政変』 / Hastelloy Underworld & The Succession


【概要 / Overview】  

 ハステロイ領の裏社会を支配する巨大な犯罪生態系と、現在その街を覆っている急激な政治的歪み。  

 失脚した前領主は裏社会と深い好意的な癒着関係にあり、裏金と極上の娯楽を引き換えに彼らの暗躍を黙認し、王家(中央政界)へも強い影響力を持っていた。

 表は華やかな商業都市、裏は統制の取れた暗黒街という完璧なバランスが保たれていた黄金期は、前領主の失脚と共に終わりを告げ、現在は先行き不透明な混迷期へと突入している。


【特性・スペック / Properties & Data】

『ゴルドーニ・ファミリー(象徴:金の牡牛)』  

 暴力で土地と人間を押さえる武闘・伝統派のマフィア。その圧倒的な武力と地盤でハステロイの土台を支配している。


『ヴェルトラモーネ・シンジケート(象徴:黒鯨)』  

 ハステロイの港と豪華客船「黒鯨号」を押さえ、海上の実物物流と密輸ルートを牛耳る経済派の巨大組織。


『シルヴェストリ・カルテル(象徴:銀蜘蛛)』  

 裏社会の闇金融、資金洗浄マネーロンダリング、および街中に張り巡らされた裏情報網を管理する知略派の犯罪組織。


【特記事項 / Secret Note】

『中立地帯:金獅子の寝床』  

 三大マフィアが共同出資・共同経営する最高級カジノ兼社交場。

 特定の組織への権力集中を防ぎ、互いのパワーバランスを維持するため、定期的に管理人が入れ替わるローテーション制が敷かれており、現在はシルヴェストリ幹部であるマダム・リリィが支配人を務めている。  

 館内にはいくつかの「絶対不可侵の鉄則」が定められており、その最たるものが「無許可で刃物(武器)を抜く行為」である。

 これを破る者は、三大マフィア全社に対する反逆者とみなされ即座に抹殺される。

 カジノ内を飾る「誓約の首飾り(ゲッシュ・チョーカー)」は、この絶対の信用を物理的に担保する象徴でもある。


『異端の新領主と裏社会の焦り』  

 前領主の失脚後、新しく跡を継いだのは、存在すらろくに噂されてこなかった日陰者の「妾腹(庶子)の息子」であった。  

 新領主は着任以来、裏社会からの従来の賄賂や裏協定の誘いを一切無視し、冷徹な沈黙を保ち続けている。

「今までと作法が違う」「何を目論んでいるのか全く読めない」という不気味な沈黙に、三大マフィアの定例会コンシリオすらもヒリヒリとした緊張感に包まれている。

 今回の「黒鯨号」に向けた強引な獣人誘拐事件も、新領主の不穏な動向により正規の闇ルート(密輸網)が機能しなくなり、焦った下部組織が起こした苦肉の策であった。


Tags: #変則ポーカ #モナコに住みたいヤマさん #現実世界ヤマさんカジノ出禁 #インビシブルフェニックス #マダム・リリィ



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