040:一般少女はいつか高みにのぼりたい。
040:一般少女はいつか高みにのぼりたい。
SIDE リーナ
ヤマさんに促され、私達はヤマさんハウスを後にした。
道すがら、私はだんだん不安になってくる。
「あの……ヤマさんが言うカジノって、本物ですか? 私、まだ14歳だし、こんなパン屋のエプロン姿で……やっぱり追い出されませんか?」
私の心配をよそに、フェニックスが肩の上で得意げに胸を張った。
「大丈夫リーナ! この変身デバイスには、アルカナフレアの認識阻害機能を使った簡易変装機能も実装されている!!」
そう言うと、フェニックスの周りに半透明のスクリーンが浮かび上がり、様々な女性のシルエットが次々と表示される。
「さあ、選んでくれ! 今なら『歩くだけで発情期のチンパンジーのフェロモンが振りまかれる』機能も付けてあげよう!」
「いらんわそんな機能! ていうか、一番無難なやつにしてよ!」
私たちのやり取りをヤマさんはどこかまぶしい物を見るような、少しだけほんの少しだけ寂しい瞳でにこやかに見つめてきていた。
結局、私はヤマさんの助言に従って、お色気ムンムンの狐獣人女性の見た目を選ぶことにした。
変身後、私は驚愕する事になった。
お色気ムンムンのお姉さんの体が私の体に馴染み過ぎているのだ。
フェニックスが得意気に、認識座位の空間的ねじれがどうとか言っていたが、目線を下げてもお臍が見えない女体の神秘に圧倒されフェニックスの言葉は右から左へと流れていった。
そうこうしているうちに、辿り着いたのは、一歩踏み出せば煌びやかな高級区画、しかし振り返れば息を殺すように広がる貧民街、そんな二つの顔を持つ街の狭間に、まるで巨大な要塞のようにそびえ立つ建物だった。
きらびやかでありながら、どこか近寄りがたい雰囲気を放つそこは、裏社会の大物たちが集うというカジノ『金獅子の寝床』。
その威容を前に、私は思わず息を飲む。
この『金獅子の寝床』は、大人たちから「何があっても近づいてはいけない場所」として、子供のころから何度も何度も教え込まれていた場所だったからだ。
その教えが正しかったことを証明するように、入り口では、岩の塊みたいな筋肉の上から無理矢理スーツを着込んだみたいな門番が二人、地獄の番犬ケルベロスのように鋭い眼光を光らせながら立っている。
ヤマさんが彼らに近づき、何か小さな金属片のようなものを見せると、門番たちは驚いたように目を見開き、恭しく道を開けた。
ヤマさんの後ろをついていく最中、門番二人の探るような視線が私の虚像に注がれるのが分かった。
これが、我が親友ソフィアの感じている世界!!
噂だと思っていた、男の人が胸を見る視線は、どんなにごまかしても本人には分かっちゃうっていう奴!!
なるほど!
これは確かにみられているのが分かる!!
実際に見られているのは、私が纏うお色気ムンムンの狐のお姉さんの虚像の胸だけど!!
私もいつかこの高みに辿り着くことが出来るのだろうか?
大丈夫だ!私!まだまだ成長期だ!帰ったら、ミルクをたくさん飲もう!
◇
建物の中は、まさに異世界だった。
高い天井からは豪奢なシャンデリアがいくつも吊り下がり、深紅の絨毯の上を、着飾った紳士淑女たちが行き交っている。
大人の熱気に圧倒されて足がすくみそうになる。
けれど、目の前に広がる煌びやかな世界に、私は怖さと同じくらいの好奇心を抱いて、ついキョロキョロと辺りを見回してしまう。
ヤマさんはそんな私を気にするでもなく、鷹のような鋭い視線でフロアを一巡する。
そして、フロアの一番奥、一段高くなった場所にある特別なテーブルに狙いを定めたようだ。
そこには、見るからに質の悪そうな、しかし金だけは唸るほど持っていそうな肥満体の男が、ふんぞり返って座っていた。
指には悪趣味なほど巨大な宝石の指輪をいくつもはめ、両脇には何かの獣人の女性を二人も侍らせている。
男は気だるげに葉巻をふかしながら、目の前の山積みになったチップを弄んでいた。
「…ビンゴだ。あいつは裏社会で幅を利かせている『ゴルドーニ・ファミリー』の幹部、ガモンだ。獣人の闇オークションには必ず顔を出す常連だよ」
ヤマさんは小さく呟くと、獰猛な笑みを浮かべてそのテーブルへと向かっていく。
テーブルに近づくと、ガモンの周りに控えていた強面の護衛たちが一斉にこちらを睨みつけた。
だが、ヤマさんはそんな威圧などそよ風程度にしか感じていないようで、優雅な仕草で空いていた対面の席に腰を下ろした。
「よう、久しぶりだな。相変わらず趣味の悪い指輪だ」
ヤマさんのその声に、葉巻を燻らせていた男の手がピタリと止まる。
ゆっくりと顔を上げた男――ガモンは、煙の向こうから怪訝そうにヤマさんを見つめ、やがてその口元を三日月のように歪ませた。
「……誰かと思えば。『鷲喰らい(イーグルイーター)』のヤマモトか」
ガモンは鼻で笑うと、大仰に肩をすくめて見せた。
「噂じゃゴミ漁りの乞食に落ちぶれてまで生き恥を晒しているらしいな、残飯のゴミ箱は店の裏にあるぞ?」
周囲の護衛たちが下卑た笑い声を上げる。
だけど、ヤマさんは涼しい顔で、テーブルの上のチップを指先で弾いた。
「世捨て人には世捨て人の楽しみがあるんでね。……で、どうだい? 久しぶりに、その薄汚い性根を賭けて遊ぼうじゃないか」
「ハッ! 減らず口だけは達者なようだ」
ガモンはねっとりとした視線を、ヤマさん、そしてその隣に立つ私へと移した。
その瞬間、男の目が下卑た欲望の色に染まった。
「ほう……乞食の連れにしちゃあ大層な上玉だ。」
男の視線が、私の(虚像の)胸元や太ももを舐めるように這い回る。
ゾワリと寒気がした。
私は、その気持ち悪い視線から逃れるように、ヤマさんの背中の陰に身を捩った。
「連れだよ。だが、あんたが勝てば、好きにしていいぜ」
「えっ!?」
ヤマさんの爆弾発言に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
な、何を言ってるのこの人は!?
「ほう、威勢がいいな。それで?お前が勝ったら何が欲しいんだ?」
ガモンはニタリと笑い、心底面白そうに聞いてきた。
顎を撫でる指にはめられた指輪の宝石が、なんでも用意してやるぞとギラギラ嫌らしく輝いている。
「欲しいのは、情報だ。近々行われる『悪趣味な宴』について洗いざらい吐いてもらおう、知らないとは言わせないぞ?」
ヤマさんの剣呑な視線を受けて、ガモンはニヤリと笑うと部下の一人に顎で指示を出した。
その部下は懐から見るからに手の込んだ作りをした一通の封筒を取り出してガモンに手渡した。
封筒には、金色の糸で複雑な模様が刺繍されている。
「明日の夜に行われる『天国への招待状』だ。金じゃ買えねぇ代物だぜ?」
ヤマさんの目が、スッと細められた。
「乗った。俺が勝てばその招待状をもらう。俺が負ければ……この狐はあんたにくれてやる」
「ちょ、ちょっとヤマさん!?」
私が慌てて小声で抗議する。
いくら変身できるといっても、マフィアの巣窟で「景品」にされるなんて冗談じゃない!
「ほう、威勢がいいな。だが……」
ガモンは疑り深い目を細めると、ヤマさんが「趣味が悪い」とのたまった指輪のついた指を、パチンと鳴らした。
程なくして、カジノの奥から管理職っぽい男が豪華な小箱をもって現れる。
ガモンがその箱を開けさせると、中には美しい装飾が施されたネックレスがおさめられていた。
「口約束じゃあ信用できねぇな。その女が逃げ出さない保証がねぇ。……賭けの対象にするなら、まずはそいつにこの『誓約の首輪』をつけろ」
その首輪を見た瞬間、私の肩の上でフェニックスが小さく、しかし鋭く息を飲んだのが分かった。
『リーナ、まずいぞ! あれは僕以外の魔王の力を感じる!』
フェニックスの切迫した声が、脳内に直接響く。
『どうやら魔王の名の下に約束を強制執行させる契約機みたいだ。僕の力なら解除出来ると思うけど、解析に三日くらいかかるかもしれない!』
「えっ……!?」
私は血の気が引くのを感じた。 三日……! もし負けて、連れていかれたら、フェニックスが解除してくれるまでの三日間、私はただの無力な14歳の少女として、この男のなすがままに……?
「どうした? ビビッてんのか?」
ガモンがサメのような笑みを浮かべて挑発する。
隣を見ると、ヤマさんの動きが止まっていた。
その拳は強く握りしめられている。
……分かる。この人は、優しい。
自分の目的のために、私をそこまで危険な目には遭わせられないと、躊躇しているんだ。
このままじゃ、この勝負自体が流れてしまう。
(……やっちゃえ!)
私は意を決すると、一歩前に出た。
「分かったわ、つければいいんでしょ!」
「おい!?」
ヤマさんが静止するのも構わず、私はテーブルの上の『誓約の首輪』を掴むと、誰も止める隙も無いうちに自ら自分の首に装着した。
カチリ。 冷たい金属音が鳴り、首輪が怪しく脈動する。
その場の全員が、呆気にとられて私を見ていた。
『……リーナ! 僕の話を聞いてた!? 解除に三日かかるって言ったよね!?』
フェニックスの悲鳴のような念話が響く。
「やっちゃった……でも、闇の宴は明日開催みたいだし、それに……」
私は肩の上の相棒に、心の中でウィンクを送る。
「何より、私にはとても頼りになる魔王が付いているんだから! いざってときは助けてね!」
そう言うと、魔王ひよこは固まって、やがて呆れたように深いため息をついた。
『まったく、君は……』
「……はぁ」 反対側からも、重いため息が聞こえた。 見ると、ヤマさんがまるで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「まったく、君って奴は……いや、違うな」 ヤマさんは自嘲気味に首を振った。
「ここで怒らなければいけないのは、不甲斐ない大人である俺自身だな。」
ヤマさんは私に向き直ると、その大きな手をポンと私の頭に乗せた。
「安心しろ、何があっても俺が守る! 君は安心して俺に全部を掛けてくれ! ……だが、それとは別に後で説教だ!」
「ええーっ!?」
「返事は!?」
「……はい」
ただのホームレスのおじさんのはずなのに、叱ってくれるその横顔は、どんな歴戦の英雄よりも頼もしく見えた。
Liner Notes
■Track 040:
【分類】
[[1]:【アイテム紹介】(Item Introduction)] > [[13]:[寄生・禁忌遺物]]
【日本語名称 / English Name】
誓約の首飾り(ゲッシュ・チョーカー) / Geas Choker
【概要 / Overview】
かつて存在したとある王国の至宝であり、現在はハステロイ領の裏社会の聖域であるカジノ『金獅子の寝床』が管理する最高位の拘束具。
複雑な術式が刻まれた白銀の鎖と、中央に埋め込まれた妖しく脈動する紫水晶が特徴である。現在では、裏社会における「絶対の信用」を担保する象徴として君臨している。
【特性・スペック / Properties & Data】
『絶対の強制力』
装着した者が契約に背くと、その身に耐え難い苦痛を与えるか、誓約の内容によっては命にかかわる過酷な呪いが発動する。
その強制力は凄まじく、ある程度の格を持つ悪魔や精霊であっても、一度契約を結べば逃れることはできない。
・ 『効果の限界』
完成した首輪の性能自体は完璧だったが、制作者である魔王自身を含めた「魔王クラス」や、それに準ずる大悪魔と呼ばれる存在に対しては効果が発揮されない。
【特記事項 / Secret Note】
『逸話:大人げない魔王と嘘つき姫』
かつて存在したその王国には特別なピアノがあり、たまに魔王が調律の為にやってきていた。 魔王はその国の幼い王女をとても気に入り友として接していたが、この王女には「魔王に対する敬意がペットの犬以下」という困った一面があった。
幾度となく約束を破られ、楽しみにしていたプリンを勝手に食べられた上に「最初から無かった」とシラを切られた魔王は激怒。
幼い王女が二度と不誠実な言い逃れをできないよう、この大人げない首輪を作り上げたのである。
『使用を断固拒否された国宝』
魔王クラスには効果がないことを知った賢い王女は、「不公平だ! おじちゃんに効果が無いなら!私は付けない!」と着用を猛反発。
結局、この国宝級の魔道具が実際に王女の首を飾ったのは、一度きりであった。
『しつけ用グッズから死の錠前へ』
皮肉なことに、魔王が子供のために作ったただの「しつけ用グッズ」が、紆余曲折を経て流れ着いた現在の裏社会においては、命懸けのギャンブルを成立させるための「死の錠前」として恐れられている。
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