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魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第1.5章 魔法少女の日常 編
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39/42

039:一般少女は異世界人を頼りたい

039:一般少女は異世界人を頼りたい

SIDE リーナ



 あれから少し時間が経ち、夕食も終わった頃。

 陽だまりベーカリーの奥にあるリビングで、ユーリの頭の上に乗ったフェニックスが、特訓の続きだとかなんとか言って、ユーリに食器の後片付けをさせていた。

 その微笑ましい光景が破られたのは、本当に一瞬のことだった。


「ごめんください!」

 店のドアが勢いよく開き、警備隊隊長のユリウスさんが慌てた様子で飛び込んできた。

「ミーシャさんは居ますか!?」

 ただ事ではない雰囲気に、店の空気が一瞬で張り詰める。


 ユリウスさんの説明は衝撃的なものだった。

 休養院へ向かうはずの本物の迎えの馬車が、何者かに細工をされて出発が遅れている間に、偽の馬車が各地を回り、休養院へ向かう獣人の人たちを誘い出して連れ去っているらしい。

 本物の馬車の御者が各地を回った時には、皆「もう出発しましたよ」と言われた後で、大慌てで警備隊に連絡をいれたそうだ。


 話を聞きながら、背筋がゾッと冷たくなっていくのを感じた。

「ママ、大丈夫だよね……?」

 ユーリが目の端に大粒の涙を浮かべ、不安そうに私の顔を見上げてくる。

 私は何も言えず、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 ユーリも、震える腕で私に強くしがみついてくる。


 お父さんは仕事を放り出し、「ハンター時代のツテを当たってくる!」と叫んで、偽の馬車の手がかりを探しに店を飛び出していった。

 残された店内は、息が詰まりそうなほど剣呑な空気に満ちている。


 ユリウスさんは部下の一人である馬獣人の女性に私たちの聞き取りを指示すると、手にしたリストに目を落とし、犯人に先回りするための道を必死に頭の中で組み立てているようだった。

 その時だった。


「リーナ! ユリウスの資料を確認したい。三分だけで良いから、ヤツの注意をあの資料から引き離してくれ」

 肩にとまったフェニックスが、鋭い視線をユリウスさんの持つリストに向けながら、私にだけ聞こえる声で囁いた。


 えっ!? 無理無理!

 いつもは優しいユリウスさんだけど、仕事に私情を挟まない人だって有名なのに!

 あんな真剣な顔をしている人に、世間話で時間を稼げるわけないよ!


 私の顔に浮かんだ絶望を読み取ったのか、ユーリが今まで見たこともないほど、キリッとした顔でフェニックスを見つめた。

「まかせて!!」

 そう言うと、ユーリは私の腕の中からするりと抜け出し、トタトタとユリウスさんの元へ駆け寄っていく。

 私も慌ててその後を追いかけた。


「僕、馬車のお馬さん覚えてるよ!!」

 飛び出しかけていたユリウスさんの足が止まり、その瞳に真剣な光が宿る。

 たとえ五歳児の証言でも、今は藁にもすがりたい状況なのだろう。


「あのね!あのね!お馬さんの中に、黒い蜥蜴さんがいたよ」

 あまりに曖昧な証言に、ユリウスさんの眉がわずかに顰められる。


 そこへ、私は必死に記憶を掘り起こして口を挟んだ。

「そういえば! 馬車を引く馬とは別に、ラプターみたいな恐竜がいた気がします! ユリウスさん達が乗ってるのより、少し小さい黒っぽいやつでした!」


 私の補足に、ユリウスさんの整った顔が思考に沈む。

 その視界の端で、フェニックスがくいっと片羽を立てて、作戦終了のサインを送ってきた。


「なるほど……! 少し確認すべきことができた。ありがとう!」

 ユリウスさん達はそれだけ言うと、今度こそ弾丸のように店を飛び出し、店の前で待たせていたラプター型の機動獣にまたがって、あっという間に夜の闇に消えていった。


 ピヨピヨピョン!と軽快な音を立てて、フェニックスが私の肩に飛び乗ると、眼下のユーリに視線を投げた。

「ユーリ! 今から僕は、君のお母さんを助けてもらうよう、アルカナフレアにお願いしに行く! 」


 その真剣な表情に、利発な五歳児はこくりと頷いてみせる。

「ぴよちゃんが言ってた、かっこいい魔法使いのお姉さんだよね!」


「あぁ! 魔法少女は無敵で素敵な正義の味方さ!! な! リーナ!!」

 えっ!? それを私に振るの!? 戸惑う私に、ユーリの真剣な眼差しが突き刺さる。もう、こうなったら言うしかない!


「そうだよ、ユーリ! アルカナフレアに任せておけば、悪い奴らなんて一瞬でぶっ飛ばしてくれるんだから! だから、ユーリは大人しくマリアお母さんと待ってて。私が、絶対にユーリのママを助けてって伝えるから!」


 私が力強くそう言うと、ユーリはもう一度、強く頷いた。

 その真摯な瞳は、私を通して、ここにはいないアルカナフレアという正義の味方に、全ての願いと祈りを真っ直ぐに届けているようだった。




SIDE リーナ

 頭にフェニックスを乗せながら、私は夕暮れの街を駆けていた。

「ユリウスの資料をみたけど、リストに乗っている獣人の全員を誘拐しているわけでは無いみたいだね。猫系とウサギ系の獣人で、見た目が麗しい感じの女性を狙っている。また、被害者の住所から考えるに、犯行に使われた馬車は一台じゃない。同時平行で少なくとも二台以上の馬車を使って獣人を回収したと思われる。これは、思った以上に犯人側が組織的だということだよ」


 走る私の肩の上で、フェニックスが自分の考えをまとめるように、冷静に分析してみせる。

 あの短時間で、これだけの情報を読み取っていたなんて。


 でも、一つ疑問が浮かぶ。

 あのリストに顔写真なんてなかったはずだ。

 どうして容姿までわかるんだろう?


 私の心の声が聞こえたかのように、フェニックスがドヤ顔で胸を張る。

「こっちの世界に来てリーナに会う前に、最高の魔法少女の素体を探すため、僕は街中の女性の下調べを完了しているからね」


 ……よく考えたら、ものすごく気持ち悪いことを言っているのでは?

 この事件が解決したら、どこに埋めてやろうか真剣に考えながら、私は足を動かす。


 パン屋の甘い香り、市場の呼び込みの声、井戸端会議に花を咲かせる主婦たちの笑い声。

 そんな夕方と夜の間の街を、私だけが必死の形相で駆け抜けていく。

 行き交う人々を風のようにすり抜けながら、一刻も早くという焦りだけが私を突き動かしていた。


「そういえば、今どこに向かっているの?」


「あぁ、言ってなかったね。南区の三番区画入口にある橋のたもとに向かってくれ。こういう時は、ヤマさんに相談するに限る」


「ヤマさん? フェニックスがお世話になってるっていう、ホームレスのおじさんだよね? なんでこんな時に?」


「リーナ、こんな時だからこそヤマさんなんだ! 多分、会えば分かるよ」

 フェニックスの妙に自信に満ちた声に半信半疑のまま、私は南区の橋の袂にあるという「ヤマさんハウス」へ向かうのだった。



 ……なんか、思ってたのと違う。

 目の前にある「ヤマさんハウス」は、ホームレスの掘っ立て小屋というより、蔦の絡まるアンティークなレンガと木材で造られた、お洒落なアトリエといった趣の建物だった。

 とてもじゃないが、廃品回収で生計を立てている人の住まいには見えない。


 私が呆然としていると、フェニックスは肩からぴょんと降りて、玄関の小さなペットドアから我が物顔で中へ入っていった。

 しばらくして、ガチャリとドアが開き、中からお父さんよりは年上だけど、お祖父ちゃんよりは若い、そんな絶妙な年齢の男性が現れた。

 東洋系の凛と輝く瞳が印象的な顔立ちで、この辺りの人とは違う雰囲気をまとっている。


「やあ、いらっしゃい。フェニックスから話は聞いているよ、リーナちゃんだね。散らかっているが、どうぞ入ってくれ」


 その物腰はどこまでも上品で、洗練されている。

 絶対にこの人、ホームレスじゃない。


 私が恐る恐る中に入ると、そこは本や楽器、描きかけの絵画が所狭しと並べられた、趣味全開のアトリエだった。

 部屋の中央では、ふかふかのビロード生地で作られた座布団の上で、フェニックスが自分で淹れたらしいお茶をすすりながら、テーブルに広げた地図にゲームのコマを置いて思案に暮れている。


 あまりの寛ぎっぷりに言葉を失っていると、ヤマさんと呼ばれた男性が、椅子の上の本を片付けながら、私に座るよう促してくれた。


 ヤマさんがお茶を淹れてくれたのだが、お盆を持つ左手を見て、私は「ひっ」と小さな悲鳴を上げそうになった。

 人差し指と中指がないのだ。


「おっと、ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったんだが」

 ヤマさんはカラカラと笑うと、「これは私の誇りなんだ。昔、お国の為に働いた時に未来にくれてやった船賃さ。」

 そう言うと、彼はまるで手品師のように、指の足りない左手だけでお盆をくるくるっと回して見せる。


「ほら、この通り。指の数なんて飾りみたいなもんだよ」

 その神業みたいな器用さに、私はただただ呆気にとられてしまった。

 すごい、指が五本揃っている私より全然すごい……!


 私が何から話すべきか迷っていると、フェニックスがテーブルの中央に進み出た。

「ヤマさん、話は早い方がいい。僕たちの友人が組織的な誘拐事件に巻き込まれた」

 そこから先は、フェニックスの独壇場だった。


 彼が地図の上にコマを置きながら犯行ルートや手口を冷静に説明していくのを、私とヤマさんは黙って聞いていた。


 フェニックスが全てを話し終えると、ヤマさんは静かに目を閉じ、長く、重い息を吐いた。


「……子供から母親を奪うか。犯人の目的は金、いや、きっともっと歪んだ欲望だろうな。」

 セリフと共に開かれた瞳には、確かな怒りの炎が揺らめいている。


 ただし、その怒りは見えない誰かへ向けるものではなく、自分に向けての怒りのように見えるのは私の勘違いではないだろう。


 さっきまでの優しい雰囲気との差に私は思わずツバを飲み込んでしまった。

「さて、話は聞いたが……これは思ったより根が深そうだ。犯人たちは、ただの人攫いじゃない。おそらく、獣人の回帰期に催される獣人の好事家が集まる闇の宴にかかわる事件に違いない。そんな悪趣味な宴があるという噂を聞いた事がある。」

 ヤマさんは、テーブルの地図を指さしながら冷静に分析する。


「敵の狙いが『宴』だとして、今一番考えないといけない点は人質達の居場所だな。」

 ヤマさんは指でテーブルを叩きながら、まるで盤上の駒を動かすように思考を巡らせる。


「これだけ大掛かりな作戦だ。人質を何度も動かすのはリスクが高い。最も効率的なのは、一つの拠点に集め、管理することだろう」


「その通りだね」


 フェニックスも頷く。

「そして、最大の変数である『回帰期』。個体差もあれば、精神状態でも変化する。僕が首謀者なら、そんな不確定要素は放置しない」


「つまり、薬物か何かで彼女たちの状態をコントロールしていると?」


「おそらくね。宴の当日に、全ての『商品』が最高の状態になるように調整しているはずだ。今はまだ、その準備段階だろう」


 二人の大人びた会話に、私はただ圧倒されるばかりだった。

 この二人なら、きっと何とかしてくれる!

 そう期待に胸を膨らませた矢先、ヤマさんは思いもよらない言葉を口にした。


「ふむ、手伝ってやりたいのは山々だが、ワシは今日あたり、そろそろ向こうの世界に帰る事になっている。あまり時間は残されていないぞ」


「え、帰るってどこにですか!? まさか、この街から出ていくとか……」


「いやいや、もっと遠くだよ」


 私の言葉を遮って、フェニックスが呆れたように言った。

「リーナ、ヤマさんは僕と同じで、この世界の人間じゃないんだ。いわゆる『転生者』ってやつさ」


「てんせいしゃ!?」

 私が驚きで固まっていると、ヤマさんが苦笑いしながら頷いた。


「そういうことだ。今日中に一度あちらに顔を出さんといかんのでな。次にこちらに来られるのは三日後になる」


「そんな……! 転生者なんて、初めて見ました……!」


 転生者!凄い!

 話には聞いた事がある!別世界の人間!

 魔獣と対等に渡り合えるくらい強かったり、未知の知識でこの世界に恩恵を与えてくれたりするらしい。


 実際、何年か前に隣の大陸で、この世界を救ってくれたのも四人の転生者なのだ。

 その話をベースに作られた『ドラゴンエモーション ~ヴィータとドキドキ破壊魔神~』という演劇を私は八回見に行った!


 えっ?ヤマさん凄い人かも?

 どうしよう、サインでももらった方が良いのかな?

 でも、今ここでサインをねだるのは不謹慎だよね?


 私が眉をピクピクしながら葛藤をしている間でも、フェニックスとヤマさんの会話は続く。


「わかってるよ、ヤマさん。全部じゃなくて良いんだ。せめて攫われた人たちだけでも救わないと。後の処理は警備隊に任せられる。僕はユーリにママを助けるって約束したんだ。これだけは何としても成し遂げなければならないんだ。」


 フェニックスの真剣な瞳に、ヤマさんはやれやれと肩をすくめた。

「そうか、男の約束とあっちゃあ、しょうがないな。よし、少しだけ昔の杵柄きねづかといくか」

 そう言うとヤマさんは、部屋の奥にある本に埋もれているクローゼットへ向かって、その扉を開けた。

 中にはここからでもわかる立派なスーツが何着か吊るされているのが見える。


 ヤマさんはその中の一着に袖を通すと、まるでそれが普段着であるかのように自然に着こなしてみせた。

 彼は鏡に映る自分の姿を一瞥すると、ニヤリと口角を上げる。


「さて、と。身支度は整った。囚われの姫君たちの居場所を、街の悪党たちに聞きに行くとしようか。行き先は、欲望と情報が渦巻く魅惑の社交場……カジノだ」



Liner Notes

■Track 039


【分類】

[[3:世界観設定] > [[32:歴史・神話]


【日本語名称 / English Name】

 転生者 / Transferrers(Otherworlders)


【概要 / Overview】

 現実世界(向こう側)の人間が眠りに落ちた際、その精神だけがこの世界(こちら側)に渡ってきた存在。

 彼らにとってこの世界での活動は、肉体的な裏付けを持たない「精神体」としての顕現であり、その本質は天使や悪魔といった高次元存在に近い。

 そのため、この世界の物理法則や常識に縛られない強大なポテンシャル(魔力適性や特殊能力)を秘めている。


【特性・スペック / Properties & Data】

 〇星幽受肉体 / Astral Incarnate

 通称・アストラルボディ 

 精神が物質化して出来た肉体。

 世界の根源に近い存在で、理論上では天使や悪魔のように世界自体に干渉して魔法のような術を使うことが出来る。

 が、奇跡や魔法の行使はコンピューターを使わずにロケットの軌道計算をするよりも遥かに難しいので、慣れていない初心者には裏技を使わないと魔法行使は到底不可能である。


 〇記憶について / Astral Echoes

 転生者は、こちらの世界での出来事を基本覚えていない。

 異世界転生時の記憶は肉体でなく、精神に刻まれているので、本体が目が覚めても異世界の記憶は思い出すことが出来ない。

 ただ、記憶は失われているが、魂に刻まれた何かの影響で、本体側の世界で何らかの才能に目覚める者も多い。


 〇転移の固定化と高次存在 / Stabilized Transfer & Divine Intervention

 通常、世界と世界の間に生じる「穴」は極めて不安定で微細なものである。

 転生者がこの世界に留まり続けるためには、単なる偶然を超えた「外部からの干渉」が必要となる。

 一般的な転生者は、向こう側の世界で眠りについた際に生じる「世界の綻び(小さな穴)」を通り、精神体としてこちら側へ漂着する。

 本体が目覚めると、肉体との強力な結びつき(魂の引力)によって強制的に元の世界へ引き戻される。

 この際、通り道となった「穴」は自然消滅するため、再び同じ世界へ転移することは天文学的な確率の奇跡を必要とする。

 稀に、この転移の過程で神や悪魔といった「高次存在」と遭遇し、その興味を惹いてしまう個体が存在する。

 彼ら高次存在は、本来なら閉じるはずの「穴」を独自の権能によって固定・維持アンカーリングし、気に入った転生者が眠るたびに同じ座標(こちら側の世界)へ渡るようマーキングを施す場合がある。


 〇時空の不整合と滞在限界 / Temporal Asynchrony & Sync Limit

 転生者の顕現は、二つの世界の時空が一時的に交差することで発生する現象である。そのため、滞在期間や到来元には大きな個体差が存在する。

 二つの世界の時間は一律に流れておらず、同期していない。

 そのため、転生者は「向こう側の世界」における異なる時代、異なる場所から、この世界(こちら側)の同じ時間軸へと漂着する。

 これにより、転生者ごとに持ち込む知識や文化レベルにバラつきが生じる。

 この世界に留まれる時間は、精神体が通過してきた「世界の穴(転移孔)」の強度と安定性に依存する。


【特記事項 / Secret Note】

 神や悪魔は気に入った相手に、簡単な魔法の式を体に刻み込んでくれる時がある。

 魔法の特製上、世界に干渉して事象を引き出すので、たまにバグを生じさせてしまう。

 基本的には、世界にバグが生じにくい、初級結界や肉体強化や空間拡張などの簡単な式をくれることが多いが、稀に、ノリと勢いでとんでもない術式を体に刻まれる哀れな犠牲者が存在する。

 ちなみに、フェニックスはお世話になったヤマさんに、なんとなく北の方向が分かる術式と、なんとなく暑さや寒さが自動で和らぐ術式をプレゼントしている。


 Tags: #組織的誘拐事件 #5歳児の男の意地 #ヤマさん初登場 #ヤマさんハウス(違法建築) #ヤマさんの正体は…


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