038:一般少女は獣人の話を語りたい
038:一般少女は獣人の話を語りたい
SIDE リーナ
「お母さん! いやだ、行かないで!」
店の入り口で、ユーリが泣きわめいていた。
小さな両手でミーシャさんのエプロンの裾をぎゅっと掴み、ちぎれんばかりの力で決して離そうとしない。
ミーシャさんは困ったように眉を下げながら、その小さな頭を優しく撫でている。
そこへ、カウンターの方からフェニックスがピヨピヨと歩いてきた。
「どうしたんだい、リーナ?」
「ああ、フェニックス。ミーシャさんが『回帰期』に入ったから、今日から一週間、休養院に行くことになったの。それをユーリが嫌がってるんだよ」
私はこの状況の説明をフェニックスに伝えながら、内心でため息をつく。
この世界には、そう珍しくない確率で、動物の要素を持って生まれてくる人間がいる。
私達は、そんな彼らのことを「獣人」と呼んでいる。
ドワーフやエルフといった亜人とは違って、獣人の特徴は一代限りのもの。
親が獣人だからといって、子供もそうなるわけじゃない。
今のところ、「別の世界の魂が、死にかけた赤ちゃんの魂を助ける形で、この世界に一緒に生まれ落ちてきた」というのが、一番有力な説だ。
そう考えると、どこか神秘的でロマンのある存在でもある。
獣人の種類は本当に様々で、犬や猫、馬や熊といった哺乳類から、鳥類や爬虫類、珍しい例では昆虫の魂を宿した人もいるらしい。
世界のどこかには、ドラゴンやユニコーンみたいな神獣様の魂を持つ人もいるとか……一度会ってみたいものだ。
獣人の人たちは、基本的には私達と同じ人間だ。
ただ、その特徴の現れ方――私達は「獣率(けも率)」と呼んでいる――は人それぞれで、ミーシャさんみたいに耳と尻尾だけがある人もいれば、うちの常連の熊獣人、バルカスさんみたいに、ほとんど熊そのものって感じの人もいる。
数は普通の人10人に1~2人くらいかな?
街を歩けばそれが当たり前の光景くらいにはいる。
現に、私の学校の同級生にも馬獣人の友達のソコノケソコノケちゃんがいたりする。
ついでに言っちゃうと、馬獣人は女性だけらしく、その名前も独特な物が多い。
オニャンコポンさんという凄い女性ハンターがこの街にはいるし、警備隊のユリウスさんの隊にはオミアシサマさんという槍使いがいるらしい。
あと、彼女達は何故だか足の速さに拘りを持っていて、年に4回ある馬獣人レースでしのぎを削りたがるのだ。
話を戻す。
そんな彼ら獣人には、私達にはない動物由来の能力が備わっていることがほとんどで、怪力だったり、五感が異常に鋭かったり。
世間では、その特別な力を羨ましがる声も多い。
実際、ミーシャさんも昔はハンターとして、その猫由来のしなやかさと鋭敏さで、かなり優秀だったと聞いている。
だけど、残念ながら良いことばかりじゃない。
今回のように、獣としての性質が、人間社会で暮らす上で大きな障害になることもあるのだ。
その代表的な問題の一つが、年に一度訪れる「回帰期」、いわゆる「発情期」だ。
ミーシャさんのような猫獣人の場合、日が長くなる春から夏にかけて、獣としての本能が強く心を揺さぶり始める 。
普段は人間として穏やかに暮らしている彼女も、この時期だけは、抗いがたい獣の本能に突き動かされて、人間としての理性を保つのが難しくなってしまうそうだ。
軽い症状なら薬で抑えることもできるけど、長期的に飲むのは体に大きな負担がかかるらしい。
ミーシャさんの話では、今週あたりが一番不安定になる時期とのこと。
実際、今のミーシャさんは、なんて言うか……同性の私から見ても、思わずどきりとしてしまうような、不思議な魅力を放っている。
髪や肌はいつも以上に艶やかで、瞳は潤み、ふとした仕草がひどく艶めかしい。
彼女からふわりと香る、甘く切ない匂いに、こちらの心まで掻き乱されそうだ。
本格的な回帰期に入った時の彼女が放つ、抗いがたい魅力と本能の衝動は、異性であるお父さんはもちろん、同じ獣人の人たちに計り知れない影響を与えてしまう。
過去には、この回帰期が原因で、大きな事件が起きたことも少なくない。
だから、回帰期に入った獣人の人たちは、「休養院」という特別な隔離施設で、専門のスタッフに見守られながら、症状が落ち着くまで静かに過ごすことが、半ば義務のようになっている。
社会も、それが彼ら自身と、周りの人々を守るために必要なことだと認めているのだ。
ちなみに、私の母方のお祖母ちゃんとお祖父ちゃんは、虎の女獣人と獅子の男獣人という、かなり珍しい組み合わせだったりする。
お祖父ちゃんはもう亡くなったけど、お祖母ちゃんは別大陸で武術の師範をしていて、小さい頃、よくこう言われたものだ。
「猫系の獣人に惚れるんじゃないよ。」って。
保健体育100点の女、私の友人のクロエの話では、猫の雄の生殖器には棘がびっしり生えているらしい。ソレがアレする時に女性の内側をひっかくそうなのだ。
なんでそんな事になっているかというと、その痛みで排卵を誘発するらしい。
もっと他になんかあっただろう?と神様をどつきたくなる進化の賜物なのだ。
そんな訳で、猫系の獣人男性が何の対策も無しにアレをすると、普通の人間女性は怪我では済まない事件になる。
猫獣人の女性なら死ぬほどの痛さを味わうらしいが、何とか耐えられるそうだ。
そんなわけで、猫系の獣人男性にミーシャさんは不本意ながらも大人気である。本人はものすごく迷惑しているのだが。
そんな話が獣人の種類だけ存在するのである。
獣人との恋愛は、人間とは比べ物にならないほど情熱的で、だからこそ難しい問題も多いらしい。
こんな話を保健体育の女王クロエからたくさん聞いている、また機会があったら別の話を語りたいものだ。(※リーナの保健体育の点数は98点です。)
……なんて、私が物思いにふけっていると、フェニックスがユーリの元へずんずん歩いて行った。
「ユーリ! かっこわるーいぞ!」
フェニックスの煽るような言葉に、ユーリはさらにわっと泣き出す。
ちょっと可哀想になって止めようとしたら、隣にいたお父さんに腕を掴まれた。
「まぁ、見ていろ」と、悪戯っぽくウインクされる。
「この前、『ママは僕が守るんだ!』って言ってたけど、アレは嘘だったのかい?」
フェニックスは小さな翼で腕を組み、ユーリをじっと見つめる。
「違う! 嘘じゃないもん!」
ユーリは涙を袖で拭いながらも、必死に言い返す。
「あれあれぇ? ママと離れたくないって泣いてるユーリじゃ、ママを守れるわけないじゃん!」
フェニックスはわざとらしく首を傾げてみせる。
「うっ!ぴよちゃん!! どうしてそんなこと言うの!!」
ユーリの瞳からまた大粒の涙が溢れそうになる。
その悲しみが爆発する寸前、フェニックスの瞳がピヨリンと輝き絶妙なタイミングで畳み掛ける。
「ほら! 今、ユーリの中の『アマエンボー』が悪さをしている! このままじゃ負けちゃうぞ!」
フェニックスがビシッと片方の羽をユーリの胸に向けた。
その迫力に、ハッと息をのむユーリ。
「そうだ! ユーリのアマエンボーは強いぞ! このままじゃ勝てない! こんな時はどうするんだっけ?」
フェニックスはユーリの顔を覗き込むように問いかける。
「???」
混乱するユーリに、フェニックスはカウントダウンを始めた。
「10、9、8、7……」
焦るユーリ。
「6、5、4……ヒントは、じゃんけんマン」
その一言で、利発なユーリは何かを閃いたようだ。
「3、2……」
「修行する! 修行して、もっと強くなる!」
ユーリはカウントダウンを打ち消すように叫んだ。
その顔から、さっきまでの悲しみの色が薄れている。
「そうだ! さすがユーリだ! 正解を出した君には、僕が直々に修行をつけてやろう!」
言うが早いか、フェニックスはぴょぴょぴょんとユーリの体を駆け上り、頭の上にぽふっと着地した。
「さぁ、修行開始だ! レッスン・ワン! まずはママを笑顔で送り出すんだ! 大丈夫、僕が付いている! アマエンボーなんかに負けるな!」
フェニックスの激励に、ユーリは涙でくしゃくしゃの顔のまま、ぐっと唇を噛みしめた。
ミーシャさんを掴んでいた小さな手は、名残惜しそうに一度だけ強く握りしめられると、まるで大切な宝物を手放すかのように、一ミリ、また一ミリとゆっくり離れていく。
その震える指先を見たミーシャさんは、息子の小さな胸の中で繰り広げられている大きな葛藤を感じ、胸が締め付けられているようだった。
嬉しいのに、寂しい。
そんな母親の顔で、ただじっと息子を見つめていた。
「ママ、僕、ぴよちゃんと修行がんばるね! もっと強くなって、ママを守ってあげる!」
小さいながらも懸命に男の子の意地を見せるユーリの姿に、姉代わりの私ですら、目頭が熱くなってしまった。
実の母親であるミーシャさんには、それはもうクリティカルヒットだったらしい。
今度は彼女の方がユーリに抱き着いて、わんわんと泣き出してしまった。
「ママ、行ってくるね! 修行、頑張ってね!」
さっきまで、どうすることもできずに母親の服を掴んで泣きじゃくっていたユーリが、今度は泣き崩れる母親を小さな腕で懸命に支えている。
完全に立場が逆転した光景に、私とお父さんは言葉もなく立ち尽くす。
ユーリの頭の上では、この小さな騎士の指南役であるフェニックスが、満足げに胸を張っていた。
母として、息子の成長がどうしようもなく誇らしく、そして同じくらい寂しいのだろう。
その複雑な涙は、さっきのユーリの癇癪とは全く違う、温かくて切ない響きを持っていた。
「よし! ユーリ! レッスン・ツーだ! ママをいーっぱい、ぎゅーってして、一緒に泣いてあげるんだ!」
頭上のフェニックスがピョンと跳ねると、ユーリもミーシャさんに抱き着いて、二人でわーわーと泣き始めた。
ふと、私の肩に置かれた手がプルプルと震えているのに気づく。
見上げると、お父さんが潤んだ瞳で、目の前の親子の姿をじっと見つめていた。
私はそんなお父さんの手に、自分の手をぽんと優しく重ねる。
お父さんは、涙の膜が張った優しい瞳で、私を見つめ返してきた。
(……でも、駄目だからね。お父さんの洗濯物と私のは、ちゃんと分けて洗ってよね)
心の中で呟きながら、私も優しい視線を返すと、お父さんの瞳から、それまでとは違う意味合いの一筋の涙が流れ落ちたのだった。
やがて泣き止んだミーシャさんは、休養院から迎えに来ていた馬車に乗り込み、一週間の療養へと出発していった。
どこまでも広がる青い空の下、馬車がだんだんと小さくなっていく。
傾きかけた太陽の光がユーリの柔らかな髪と、その頭の上に乗るフェニックスの黄色い羽をキラキラと照らし、二人の影を地面に長く伸ばしていた。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、ユーリはしっかりと前を見据え、小さな手を大きく、そして力強く振り続ける。
その隣で、小さな相棒も翼をぱたぱたと動かしていた。
そういえば、去年は無理やり引き離そうとして、ユーリが大暴れして大変だったっけ。
今年は穏便に済んだどころか、この数分でユーリの大きな成長まで見られた。
魔王ひよこ、恐るべし。
敵に回したら最悪だけど、味方だと、これほど心強い存在はいない。
隣で、お父さんが「さすがピヨだ!」と満足そうに頷いていた。
Liner Notes
■Track 038
【分類】
[4:生物・魔物図鑑] > [43:特殊生命体・精霊]
【日本語名称 / English Name】
獣人 / Beastfolk
【概要 / Overview】
動物の要素を持って生まれてくる人間たちの総称 。
ドワーフやエルフといった亜人とは異なり、その特徴は一代限りの変異である 。
現在、この世界で最も有力な説として「死にかけた赤ちゃんの魂を救うため、別世界の魂が混ざり合って誕生した」と考えられている 。
人口比率は人間10人に対し1~2人程度であり、街ではごく当たり前の存在として社会に溶け込んでいる 。
【特性・スペック / Properties & Data】
〇獣率(けも率)
動物的特徴が表れる度合いの呼称であり、耳や尻尾のみの者から、全身がほぼ動物に近い姿の者まで個体差が激しい 。
この世界には、獣率が高い獣人用に様々な工夫されたアイテムが存在し、多少の不便を感じるが日常に不自由はしないくらいの生活が出来る。
獣率が高いほど、元になった動物由来の能力を使いこなすことが出来る。
〇多様な魂のルーツ
犬、猫、馬、熊といった哺乳類から、鳥類、爬虫類、昆虫まで多岐にわたる 。
昆虫の獣人は変身することで特徴を表に出すことが出来、見た目がかっこよく強いので、男の子供達に大人気である。
神話級の存在として、ドラゴンやユニコーンの魂を宿す者も稀に存在すると報告されている 。
神話級の獣人は、魔法的な能力を持つものがいて魔人と呼ばれる事もある。
〇回帰期(発情期)
年に一度訪れる、獣としての本能が人間としての理性を上回る時期 。
周囲への影響や事件を防止するため、専門の「休養院」での隔離療養が社会的な義務となっている 。
〇夜行性の苦労
獣率が高くなると元の獣の習性にひかれやすい。
獣率が高く夜行性の動物ベースの獣人は、苦労して昼型に体調を整えるが、それでも眠そうである。
【特記事項 / Secret Note】
〇生殖について-1
獣人の特徴は一代限りで、親の獣としての特徴は子供には遺伝しない。
獣率が高い人間は異性のパートナーを見つけにくいというわけはなく、一定数存在するケモナーと呼ばれる性癖の持ち主から好意を抱かれやすい。
〇生殖について-2
獣化する場所の順番は決まっており、目→男性器→尻尾→耳→体毛→骨格→他の器官となっている。
これを以て獣率が定義される。
特に男性器をみると元になっている動物が特定しやすく、女性よりも男性の獣人の方が自分のベース動物に詳しい。
Tags: #獣人 #回帰期(発情期) #保健体育の女王クロエ #猫系獣人の裏事情 #フェニックスは鳥獣人だと思われている




