037:幕間2 魔王ザガンとポップコーン
幕間2 魔王ザガンとポップコーン
SIDE ザガン
嫌な予感を覚えたザガンは、文字通り飛ぶ勢いで自らの居城である静謐のギャラリーへと帰った。
彼が向かったのは、ギャラリーの最上階。
あの日「神殺しの図」を背に、フェニックスへ盗まれた禁忌遺物の回収依頼を出した、至高の聖域『断罪の間』だ。
自らの誇りであり、魔王としての矜持そのものであるはずのその重厚な扉を、ザガンは作法もかなぐり捨て、蹴破らんばかりの勢いで開け放った。
「…………っ!?」
絶句。
そこにあったのは、かつての静謐に満ちた芸術空間ではなかった。
かつて『神殺しの図』が放っていた荘厳な威圧感は、暴力的なまでの極彩色によって無残に塗りつぶされている。
ザガンの鋭い鼻腔を突いたのは、高貴な古書の香りではない。
映画館特有の、ココナッツオイルと人工バターが混ざり合った「あの」暴力的に食欲をそそる匂いだ。
「…………っ!?」
床に目を落とせば、一糸乱れぬ美学で統一されていた黒曜石の床には、飲みこぼしたコーラが乾いて僅かに靴底が吸い付くような、独特の粘り気を帯びた安っぽい幾何学模様の絨毯が敷き詰められている。
入り口の脇には、ご丁寧にタッチパネル式の自動発券機が並び、その隣の売店カウンターでは、「限定デザイン・ポップコーンバケット」がピラミッドのように積み上げられていた。
さらに、堕天した女神の彫像が置かれていた場所には、あろうことか数台のUFOキャッチャーが鎮座している。
筐体の中には、もちもちとした手触りがいっそ腹立たしい『フェニックス型・円満クッション』や、デフォルメされた三頭身の『アルカナ・フレア・魔法少女ぬいぐるみ』が、無邪気な表情で山積みにされていた。
機械からは「チャラリラリ〜ン、お金を入れてね♪」と、耳障りな電子音がひっきりなしに鳴り響いている。
見上げれば、入り口の頭上にはピンクとゴールドの派手なネオンサインが、映画マニアを挑発するように点滅していた。
『フェニックス ピクチャーズ: 静謐のギャラリー特別出張店(ポップコーン無料キャンペーン中)』
壁面にずらりと貼られた数枚の特大ポスターは、どれもが映画ポスター顔負けの完璧な構図でありながら、記された文字はザガンの心を容赦なくうちのめした。
【主演:アルカナ・フレア】
【監督・脚本・主演・エグゼクティブプロデューサー:フェニックス】
かつて名画が飾られていた壁面に踊る、あまりに厚顔無恥な宣伝文句。
ザガンは、無意識に手で口を覆いながら、ただ、呆然と立ち尽くした。
キャラメルの甘い匂いが、彼の魔王としての矜持を完膚なきまでに「処刑」していくのを、彼はただ無言で受け入れるしかなかった。
絶望に立ち尽くすザガンの傍らに、執事長が音もなく歩み寄った。
その手には、まるで数百年もののヴィンテージワインを運ぶかのような、一点の曇りもない銀のトレイが捧げられている。
だが、その上に鎮座しているのは、ザガンの高い鼻腔を無慈悲に蹂躙する、出来立てのキャラメルポップコーンと、真っ赤なロゴが躍る巨大なLサイズの黒い炭酸飲料であった。
執事長は、宮廷晩餐会で供される招待状を差し出すかのような優雅な指先で、ミシン目も鮮やかな映画のチケット(未切り離し)をザガンに提示した。
「ザガン様、間もなく『報告』の上映時間が始まります。……あちらの1番シアターへのご移動を、何卒お願い申し上げます」
その声には、一切の躊躇も、申し訳なさもない。
ただひたすらに、主君を最高のアトラクションへと誘う、一流の執事としての誇りと確信に満ちた響き。
「…………」
ザガンは、銀色のトレイの上で弾ける炭酸飲料の軽快な音を、死刑宣告の鐘の音のように聴いていた。
執事長の所作が完璧であればあるほど、この空間の異常性が、逃れられぬ現実としてザガンの首を絞めていく。
執事長が優雅に指し示す先には、3つのシアターへ繋がる入り口部分に、液体金属のメイドがゲート門番として右手にチケットカッターを持ってザガンのチケットを今か今かと待っていた。
「……フェニックスめ、やりたい放題を」
ザガンは、かつての静寂が嘘のように塗り替えられたロビーの中央で、苦虫を噛み潰したような顔をして立ち尽くしていた。
「執事長。これはいかなることだ。私のギャラリーを無断で改造するなど、万死に値する狼藉……」
冷たい怒りを込めて問い詰めるザガンに対し、老執事は慌てる様子もなく、一通の年季の入った書面をうやうやしく差し出した。
「恐れながらザガン様。こちらのフェニックス様と結ばれた契約条項を、今一度ご確認いただきたく存じます」
「……何だ、それは」
ザガンが不機嫌そうに書面を凝視する。
それは先日フェニックスと交わした楽園の7つの棘の回収に関する細かな取り決めを記した契約書の写しであった。
「こちらでございます。『楽園の7つの棘の回収任務において、その過程で生じるザガンに対する損壊は原状回復する限り、フェニックスは一切の罪に問われないものとする』……と」
執事長は、どこか悪戯が成功した子供のような顔で、その一文を指し示した。
「フェニックス様曰く、『ギャラリーを一時的に改装させてもらうよ、安心し給え、しばらくしたら僕が責任を持って元に戻すから。それと、無いとは思うけど、君の部下たちを責めないでやってくれ、君に報告したらギャラリーを消し炭にすると脅迫させてもらった、彼らはギャラリーを守った忠臣たちだ』……とのことでございます」
「…………」
ザガンは絶句した。
この狡猾な屁理屈、そしてこのタイミングで契約書を突きつけてくる周到さ。
これはフェニックスだけの仕業ではない。
目の前の執事長までもが、あの抜け目のない魔王と共謀しているのだと理解した瞬間、ザガンの顔はさらに微妙なものへと歪んだ。
「……貴様ら、いつからあいつと」
「さて、何のことやら。……さあ、間もなく上映開始でございます。もぎりゲートへどうぞ」
促された先にいる液体金属のメイドが、待ってましたと嬉しそうにザガンのチケットの半券をちぎって返してくる。
物言わぬ液体金属のメイドがこれほどまでに感情を表すのをザガンは久々に見て更に微妙な顔をする。
このきらびやかなネオンが、普段と違う部下達の側面を照らし出しているようだった。
「ザガン様。ポップコーンの増量は有料でございますが、いかがなさいますか?」
もはや、この流れを止める術はない。
ザガンは深いため息を吐き出すと、負けを認めるように肩を落とし、液体金属の侍女から無造作にチケットを受け取り、シアターの中へと足を踏み入れた。
◇◇◇
劇場のスクリーンには、名前の半分以上をフェニックスが占めるエンディングのスタッフロールが壮大なオーケストラの演奏と共に流れていた。
最後にアルカナ・フレアの変身チャームがひとりでに起動する……という無駄に凝った不穏な演出シーンが流れ、今度こそ本当に作品の幕が閉じると、ブツッと場内の照明が戻り、静かな明るさが戻ってきた。
「…………」
ザガンが深々と椅子に沈み込んだまま両隣に目を向けると、そこには対照的な二人の姿があった。
執事長はシルクのハンカチで幾度も目元を拭い、「……素晴らしい。フェニックス様の不屈の精神に、涙が止まりません」とポップコーンを抱えながらガチで感極まっている。
一方、液体金属の侍女は、どこに「口」があるのかも定かではない銀色の顔面で、ザガンから受け取った残りのポップコーンを無機質に自らの質量の中へと放り込み続けていた。
「…………」
ザガンはもはや何も映っていないスクリーンに視線を戻す。
ザガンの脳裏には、今しがた見せられた「地獄の記録映像」が焼き付いて離れない。
まず、オープニングからして異常だった。
フェニックスの権能の一つである『魅了の歌声』をフル活用したノリノリの主題歌。
オープニング映像ではなぜか、バトルドレス姿の少女がヤケクソ気味な笑顔で砂浜を爆走したり、サビの部分で黒タイツの男達を蹴散らして、背景で無意味な爆発が起きたりしていた。
本編の内容はさらに支離滅裂だ。
物語の半分近くが「フェニックスの苦労物語」で占められ、彼が王都の役人と法の解釈を巡って激論を交わす……という、魔法少女アニメにあるまじき泥臭い事務作業シーンが続く。
一体自分は何を見せられているのだと、ザガンは自らの正気を疑い始めていた。
……あれは、本当に侯爵級魔界を統べる王の姿なのか?
異世界渡りの制約で削られた魔力のほとんどを、あろうことか『魔法少女』とやらのリソース維持へ注ぎ込んだ末路。
画面の中では、ひよこに成り果てた魔界の王が、野良猫に追い回され、カラスの嘴に尻を突き立てられ、あまつさえ人間の幼女から『ぴよちゃん』と呼ばれてパン屑を施され、糊口を凌いでいた。
苦心して魔法少女を見つけたと思えば、冷たい目で一蹴され、諦めきれずに少女の家業のパン屋の玄関掃除や、母親の肩もみに心血を注ぎはじめる予想外の行動を取り始めた。
そして、いざ怪人が出たと思えば間抜けな理由で取り逃がし、路地裏で魔法少女と取っ組み合いの喧嘩を始めるフェニックス。
挙句の果てに、トイレの横、中古の犬小屋の中で再起を誓うという、無関係であるはずのザガンの魔王としてのプライドすら粉砕するみすぼらしすぎる姿に、眩暈を覚えた。
ようやくクライマックス。
鳥籠に囚われる少女の脱出劇には、ザガンの心もほんの少しだけ躍った。
……だが、そこからが「本当の恐怖」の始まりだった。
少女の右腕に宿る、あの『赤いクリスタルの正体』。
ザガンの慧眼がその深層を読み解いた瞬間、彼は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「……フェニックス?一体何を考えている?いや、そもそも何でお前がその秘宝を持っている?」
極めつけは、あのファイナルスキルだ!
あり得ない!!
魔王への完全命令権だと!!!?
脆弱な人間の、それもまだ分別もつかぬ少女などに、己の全てを委ねるなんて!
魔王としてのプライド以前の問題だ!狂っているという言葉ですら物足りぬ!
あまりの「出鱈目さ」に何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しくなった絶句を強いられた。
映像の最後。
青空からフリーフォールで廃工場へと叩きつけられる魔法少女。
暗転する直前、フェニックスの編集によって挿入されたであろう、
『これからも魔法少女、頑張るぞ!』
というアルカナ・フレアのセリフは、どこか抑揚がなく、合成音声特有の「魂の無さ」が透けて聞こえていた。
おそらく本人の日常会話を切り貼りして作ったのだろう。
そして流れる、アルカナ・フレアのヤケクソ気味なダンスとノリノリで踊るひよこのエンディング。
「……酷すぎる、あまりにも、酷すぎる…… 」
ザガンは震える手で顔を覆った。
数々の禁忌技術を煮詰めて作られたこの『報告書』の異常性に比べれば、任務の目的だったはずの『刹那の黒真珠』など、道端の小石程度にしか感じられない。
「執事長……」
「はっ、ザガン様。いかがなさいましたか?」
ザガンは冷徹な、しかしどこか必死な声で命じた。
「この映像の管理等級を『SSS』に指定する。……厳重に封印しろ。二度と、誰の目にも触れさせるな」
Liner Notes
■Track 037:
【分類】
[[1]:アイテム紹介] > [[15]:一般器具・生活用品](※実態は[[12]:支援装置])
【日本語名称 / English Name】
漆黒の真珠編・公式記念パンフレット(活動報告書:特装版) / The Obsidian Pearl Arc - Special Report Pamphlet
【概要 / Overview】
フェニックスが自身の趣味と「プロデューサー魂」を全開にして作成した、全110分の映像データに付属する豪華パンフレット。
表向きはザガンへの活動報告書のオマケだが、中身はフェニックスがバトルドレスの記憶媒体から抜き出したデータで編集した渾身のディレクターズ・カット版映画の解説書である。
【制作秘話 / Production Notes】
強制出演の対価
映像のオープニングとエンディングには、リーナが「アルカナ・フレア」として強制出演させられている。出演料は「劇場鑑賞券3枚セット」。
過酷なリテイク
当初は安請け合いしたリーナだったが、「背景の雲の形が神聖さに欠ける」「ダンスの振り付けを最初から作り直そう!」といったフェニックスの異常なこだわりにより、リーナのメンタル限界ギリギリまでの撮り直し(リテイク)が繰り返された。
契約書の教訓
あまりのリテイクにブチ切れたリーナは撮影自体を取りやめようと猛抗議をフェニックスに実行したが「どうしても見たかった芝居」の券を既に消費していたことや、契約書の隅に書かれた「追加撮影の拒否権なし」という小文字の条項に気づき、愕然とする。以後、彼女は「どんなに良い条件でも、契約書は三度は熟読する」という鉄の掟を自らに課すこととなった。
【シークレットノート / Secret Note】
フェニックスの感想
「実はここだけの話、彼女が鳥籠から脱出する時に使ったあのスキル……本当はもっと物語の終盤、僕とフレアの心が完璧に共鳴した時に初めて解放される『究極の合体技』だったんだよね!
それをまさか、最序盤に、しかも一人で強引に発動させちゃうなんて……僕の計算外もいいところだよ!
でもさ、だからこそ彼女は面白い。
僕の想像を軽々と越えていく、最高に輝く原石なのさ。これからの『プロデュース』も、楽しみにしてくれていいよ!」
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