043:魔法少女は冷たい海を渡りたい
043:魔法少女は冷たい海を渡りたい
SIDE リーナ
私たちが降り立った東港は、表通りとは打って変わって、奇妙な静けさに包まれていた。
等間隔に並ぶガス灯が、磨き上げられた石畳を上品に照らし出し、停泊している船も手入れの行き届いたものばかりだ。
だが、人の気配がまるでない。
まるで、豪華な舞台セットの中に迷い込んでしまったかのようだった。
「……綺麗な場所、だけど」
この華やかな静寂こそが、裏社会の権威の証なのだろう。
この静けさの向こう側で、ミーシャさんたちが……。
「フェニックス、どの船が『黒鯨号』なの? ここからじゃ、見分けがつかないよ」
私は息を潜め、肩口で闇を見つめる相棒に尋ねた。
途方に暮れる私に、フェニックスが声をかける。
「ヤマさんの言葉を思い出して。奴らの目的は『闇の宴』。人目につく正規の停泊所は使わないはずだ。それに、いざという時にすぐ逃げられるよう、外洋に出やすいルートを確保しているはず。……そうなると、候補はあの三隻に絞られる」
フェニックスが指し示したのは、港の最も外れ、暗がりに停泊している大型の船だった。
「よし、それじゃあ早速!」
私が一番近くの船に向かって飛ぼうとした、その時。
「待つんだ、フレア! ヤマさんのアドバイスを忘れたのかい? 僕たちの最大の武器は、相手が僕たちの存在を知らないことだ。こんな派手な姿で上空から近づけば、格好の的だよ!」
「じゃあ、この邪魔な炎のオーラ、消せないの? スイッチどこ?」
「邪魔とはなんだ! この派手なだけで燃え広がらない炎のオーラを作るのにメチャクチャ苦労したんだからね! 魔法少女はいつだって輝いていなければならない! むしろ、もっと派手にする機能ならいくらでもあるよ!」
得意げに胸を張るこのひよこ、今すぐ海に叩き込んでやろうか。
「じゃあ、どうしろって言うのよ!」
「ふっふっふ。そんな君のために、これを用意した! スキルカード『ダイビングモード』さ!!」
目の前に現れたカードに、私は思わず声を上げた。
「お! あるんじゃない、こういうのでいいのよ!」
私がカードをユニットにセットすると、いつものシステムボイスが響き渡った。
<<Skill Card, Set. Diving Mode, Activate.>>
その声に応え、背中の翼の装甲がスライドし、内部の魔力回路が青白い光を放つ。
翼を構成していた複数のモルフォユニットが「ガシャコン!」という音を立てて分離し、それぞれが変形しながら背中を中心に再配置されていく。
パズルのピースが組み合わさるように、それらのユニットが寸分の狂いもなく連結し、全く新しい形を構築した。
鳥の翼を模したプレートは、水の抵抗を受け流すための滑らかな流線形の装甲へと変わり、ユニットの中央部には小型の酸素ボンベが形成される。
翼の先端だった部分は、まるで魚のヒレのようにしなやかな操舵フィンとなり、同時に私の目の前には水中での視界を確保するためのゴーグルが装着された。
最後に、ユニット下部から二基の推進ノズルが『ウィィン』という駆動音と共に静かに展開される。
それはもう空を飛ぶための翼ではなく、深海を切り裂いて進むための、紛れもない『潜行ユニット』だった。
うん、これなら完璧!
……あれ?
「ねえ、フェニックス。なんだか……寒くない?」
ふと見ると、いつの間にかフェニックスは、体にぴったりフィットした黒い潜水服に身を包んでいた。
「あ! そういえば、人間って体温調整の術式を自力じゃ組めないんだったね! ごめんごめん、次回のアップデートで水中での温度調整機能も組み込んでおくから、今回は我慢して!」
「おい! ずいぶん暖かくなったとはいえ、夜の海は冷たいんだよ!」
私がフェニックスを掴んでブンブン揺さぶると、彼は慌てて弁解する。
「だ、大丈夫! ドレスの生命維持機能が、何かあってもしっかりリカバリーしてくれるから! 人間の祖先は海から来たんだ、きっと順応できるよ! それに、ユーリと約束しただろう?」
その言葉に、私の動きがピタリと止まる。
脳裏に浮かぶのは、私の手を握りしめ、「魔法少女のお姉さんにお願いして」と、全てを託してきたユーリの真っ直ぐな瞳。
「……くっ!」
このひよこ、確実に私の弱い所を突いてきやがる!
私は意を決し、眼下に広がる、底も見えない漆黒の海を見下ろした。
「ユーリ……お姉ちゃん、頑張るからね!」
そう小さく呟くと、私は「女は度胸!」と意を決して、冷たい夜の海へとその身を投じたのだった。
◇
「冷たすぎるんだけど!」
これで三隻目よ!
フェニックスが「候補はこの三隻!(ドヤッ)」とか偉そうに言ったうちの二隻は、ただの無人の貨物船だった。
その度に冷たい海を泳がされ、私のイライラは最高潮に達していた。
もう体は芯まで冷え切り、手足の感覚が鈍い。
「まあまあ、フレア。三度目の正直って言うじゃないか!」
「うるさい! あんたは潜水服着てるからいいでしょうけどね!」
肩の上で暢気に言うフェニックスに怒鳴り返した、その時だった。
「ちょっ、うわっ!?」
足にぬるりと絡みつくワカメが、私の堪忍袋の緒をじわじわと締め上げる。
おまけに、どこからともなく現れた小魚が、ポニーテールにガブリガブリと噛みついてきた!
「いい加減にしなさいよっ!」
私はそれらを荒々しく手で払いながら、目の前にそびえ立つ最後の候補、『黒鯨号』の巨大な船体を見上げる。
もう失敗は許されない。
幸い、船体にはフジツボや装飾の凹凸がびっしりついていて、ロッククライミングにはもってこいだ。
頭に噛みついたまま離れない魚を忌々しいアクセサリー代わりに、私は怒りを込めて壁を登り始めた。
地獄の壁を登る亡者のように甲板を這い上がり、ようやく甲板の縁に手をかけて船の中へと侵入しようと顔を上げた。
その時だった。
「な、何だお前は!? どこから登ってきた!」
運悪く、見回りをしていたらしい下っ端風の男と、ばっちり目が合ってしまった。
男が何か叫ぼうと口を大きく開けた、その瞬間。
私は、頭にぶら下がっていた噛みつき魚をブチッと引き抜き、全力で男の口めがけて投げつけた。
「んぐっ!?」
見事命中。魚は男の口にすっぽりと収まり、その尾びれだけが虚しく震えている。
度重なるハズレと、体の芯まで蝕む海水の冷たさ、そしてワカメと噛みつき魚による執拗な嫌がらせで、私の堪忍袋の緒はとっくに切れていた。
今の私は正義の魔法少女じゃない。
ただの、理不尽にキレ散らかした『海の魔王』だ。
私はズンズンと男に近づいて、片手で無造作に男の首根っこを掴むと、男の体を船体の縁から真っ暗な海の上へと突き出した。
口から魚の尾びれを震わせる男は、手足をじたばたさせながら、必死に「んぐ!んぐ!」と涙目で無駄な抵抗をする。
「囚われた獣人の娘達が居るはずだ。私をそこまで案内しろ」
頭に絡みつくワカメの隙間から、男の目を覗き込み、私は地獄の底から響くようなドスの効いた声で命令する。
男は涙目で何度も首を横に振った。それは案内の拒否と言うよりは「海に落とさないで」と懇願する、彼に残された唯一のアクションのようだった。
「そうか。……なら、お前もこの冷たい海で泳いでみるか? 心臓が止まるかと思うほど冷たいんだ。さっき私が味わってきたばかりだから、よく知ってる」
その脅しが効いたのか、男は必死に何度も頷いて、震える足で船内を案内し始めた。
だが、一番奥の頑丈な扉の前まで来た時、男は一瞬の隙をついて駆け出し、「て、敵襲ーっ!」と大声で叫びながら角を曲がって消えていった。
すぐに、廊下の奥から二つの人影が現れる。
一人は、筋骨隆々の虎の獣人。もう一人は、不気味なほど細い目をした、暗器使いらしき男だ。
「ほう、噂の魔法少女か」
「飛んで火に入る夏の虫とは、お前のことだな」
嘲るような二人の言葉が言い終わるよりも早く、私は弾丸と化していた。
狭い船内を跳弾のように飛び回り、すれ違いざまに炎を宿した平手打ちを虎獣人の顔面に叩き込む。
衝撃で巨体がコマのように回転し、壁に激突してようやく、何が起きたかを理解したようだった。
相棒の巨体が吹き飛んだことに驚愕しながらも、暗器使いは、咄嗟の判断で袖口から三本の黒いクナイを投擲してきた。
風を切り、私の眉間、首筋、胸元へと同時に迫る無音の刃。
だが――遅い。
「ッ!?」
私は顔色一つ変えず、差し出した右手の指の間に、三本のクナイを「パパパンッ!」と完璧に挟み込んで受け止めていた。
自分の放った必殺の暗器が、玩具のようにあっさり捕獲されたことに、男の細い目がこれ以上ないほど見開かれる。
その驚愕が恐怖へと変わるより早く、私は残像を残して踏み込み、男の背後へと回り込んでいた。
「他愛なし」
首筋にピタリと手刀を寸止めすると、じわりと放たれる炎の熱だけで、彼の毛根と戦意を根こそぎ焼き切ってやる。
圧倒的な力の差に茫然としている二人に、とどめの一撃を加えるべく拳に力を込めた、その時だった。
「そこまでだ、魔法少女!」
先ほど逃げ出した下っ端が、檻から引きずり出してきたミーシャさんを人質に取って現れた。
「くっ……!」
手が出せない。私の動きが止まったのを見て、糸目の男がニヤリと笑いながら近づいてくる。
「手間かけさせやがって、このガキが……」
絶体絶命。
そう思った瞬間だった。
今までぐったりしていたはずのミーシャさんが、カッと目を見開き、下っ端の腕に牙を立てた!
「ぎゃあ!」
悲鳴を上げてミーシャさんを離した下っ端の手からナイフを奪い取ると、ミーシャさんはそのまま虎獣人へと躍りかかる。
その一瞬の隙を、フェニックスが見逃すはずがなかった。
「フレア、これを使え! スキルカード『フェザービット・モード』だ!!」
投げられたカードを、私は空中でパシッと掴み取り、デバイスにセットする。
<<Skill Activate. Bit Card, Feather Mode, Set.>>
背中のモルフォウイングが分解され、無数の羽――フェザービット――となって宙を舞った。
「ビットの制御は僕に任せて!」
私の肩の上で、フェニックスの瞳が鋭く光る。
彼の手元(翼)で青い魔力光が明滅すると同時に、無数のビットが彼の遠隔操作によって生き物のように展開された。
数枚のビットが暗器使いの退路を塞ぎ、数枚が虎獣人の視界を奪うように乱舞する。
そして残りの羽は群れをなして、他の獣人たちを人質に取ろうとしていた下っ端たちへ一直線に突き刺さっていった。
虎獣人に向かっていくミーシャさんだったが、さすがに相手の方が一枚上手だ。
体勢を崩され、虎の爪がその白い首筋に迫る。
「危ない!」
絶体絶命、そう思った瞬間、私の目に信じられない光景が映った。
ミーシャさんが体勢を崩したのは、ただの偶然じゃなかったのだ。
わざと落下する軌道を取りながら、虎獣人を牽制していた私のフェザービットの一つを的確に捉えていたんだ!
猫のようにしなやかな身のこなしで空中で体勢を立て直すと、彼女はビットを足場にして、予測不能な角度から虎獣人の懐へと再び飛びかかった。
意表を突かれた虎獣人の懐に、ミーシャさんのナイフが深く突き刺さる。
苦悶のうめきと共に虎獣人の巨体が地面に沈む。
ミーシャさんが蹲る虎獣人の頭を踏みつけつつ、肩で息をしながら、私に向かって親指を立ててきた。
その姿に、いつもパン屋で楽しそうに働く彼女ではない、かつて凄腕ハンターと呼ばれたもう一つの彼女が見えた気がした。
そうこうしているうちに、船の外から「突入!」という声が聞こえ、ユリウスさん率いる警備隊が船になだれ込んでくる音が聞こえてきた。
船のあちこちで悪党どもの阿鼻叫喚の声が聞こえはじめる。
きっとユリウスさんはユリウスさんで、この黒鯨号の秘密に自力で到達したに違いない。
ほどなくして、ユリウスさんが転がるように現場に到着した。
私はそれを確認すると、ミーシャさんに手を振ってその場を離れることにする。
ユリウスさんが私に何か話しかけようとしていたが、私はそれに答えず、ウイングモードで夜の闇へと飛び去ったのだった。
◇
後日。
店の前で、休養院から正式に戻ってきたミーシャさんと、ユーリが抱き合っていた。
その光景を、私は店の窓から、頭の上のフェニックスと一緒に眺めていた。
「なんやかんや言っても、やっぱりお母さんの前だと甘えん坊に戻っちゃうんだね、ユーリも」
「リーナ、人の一生は短い。その中で、親と話せる時間なんて、実はほんの僅かなんだ。甘えられる時間なんて、本当に一瞬の輝きなのさ」
肩の上のひよこの目には、悠久の時を生きた者だけが持つ、寂しさに似た優しい光が宿っていた。
いつもチャランポランなこの不死鳥も、きっと、数えきれないほどの人間の成長を見守り続けてきたのだろう。
「リーナ、君の未来には、これから嬉しいことも悲しいことも、たくさん訪れる。でも、覚えておいて。君が与える優しさは、嬉しいことを二倍に、君が受け取る優しさは悲しいことを半分にして、君の人生をずっと豊かにしてくれるんだ」
フェニックスが、柄にもなく真剣な瞳で私を見つめる。
「悠久を生きた僕が断言する。人と人とを繋ぐその温かい絆こそ、この世界のどんな宝石よりも、どんな魔法よりも、ずっと素晴らしい宝物なんだよ」
すっと、フェニックスの言葉が私の心に染み渡る。
きっと、フェニックスはすごく大切なことを伝えてくれたに違いない。
確かに、目の前でミーシャさんに抱きしめられているユーリが感じている温もりは、これから先、彼がもっと強くなるための力になってくれるはずだ。
私も、少しだけ両親に優しくしてあげようかな。
たまには良いこと言うじゃない、なんて、少しだけこのひよこを見直しそうになった、その時だった。
「……だからリーナ、君の優しさで、そろそろ僕を、君のクローゼットにご招待してくれても良い頃だと思うんだ」
……こいつ、やっぱり後で埋めよう。
私は固く、そう決心したのだった。
Liner Notes
■Track 043
【分類 / Category】
[2:装備・魔法] > [21:魔法少女アパレル・兵装]
【日本語名称 / English Name】
スキルカード(『ダイビングモード』&『フェザービットモード』)
/ Skill Cards (Diving Mode & Feather Bit Mode)
【概要 / Overview】
アルカナ・フレア専用兵装モルフォウイングのモードチェンジトリガーキーカード
【カード仕様・スペック / Card Details & Properties】
〇スキルカード『ダイビングモード』
レア度 / Rarity: スタンダード(Standard / STD)
外観・デザイン:
鈍く輝くヘアライン加工の銀カード。
中央には三叉の波紋と推進ノズルをモチーフにした幾何学シンボルが刻印されている。カード下部には意味ありげなナンバリング『SYS-02-AQ60』が刻まれ、右下に小さな『STD』のレリーフが施されている。
機能・スペック:
モルフォユニットを耐圧装甲・操舵フィン・推進ノズルへと再構築する水中潜行プログラム。
水中推進力: 巡航40ノット(約74km/h)、最大60ノット(約110km/h)以上の魚雷並みの爆速潜航が可能。
深海耐圧&ソナー: 水深500mまで耐える耐圧フィールドと、暗闇の水中を透過する魔力ソナービジョンを展開する。
致命的ポカ: 機能自体は完璧だが、開発者のフェニックスが「水中体温調節機能」をコードに組み込み忘れたため、極寒の夜の海では装着者に激しい寒冷ストレス(=海の魔王化)を与える破目になった。
〇スキルカード『フェザービットモード』
レア度 / Rarity: スタンダード(Standard / STD)
外観・デザイン:
重厚なシルバーメタルのカード。中央には全方向に展開する鳥の羽と精密照準を組み合わせた流線形のシンボルが彫り込まれている。カード下部には『SYS-03-FB80』というコード番号が刻印され、隅には同じく『STD』の文字が入っている。
機能・スペック:
背中の翼の8割を無数の光り輝く自律攻撃羽「フェザービット」として展開する演舞決戦プログラム。
美しさと派手さの追求: 舞い散る光の羽根と多方向からの同時攻撃という、フェニックスの「魔法少女の映え」を最優先して作られたロマン仕様。
欠陥スペック(飛べない・高燃費・激ムズ): 翼の8割を切り離すため使用中は飛行能力を完全に失い、接地戦を強制される。さらに激しい魔力消費と、無数のビットを同時に操る超高難度の制御を要求されるため、本来は「観賞用」に近い扱いづらいカードである。
フェニックスの超絶オペレーション: 人間には扱いきれないこの欠陥カードも、フェニックスが司令塔として全ビットの弾道計算・遠隔操作をリアルタイムで行うことで、敵の迎撃や「味方の足場(空中ステップ)の形成」すら可能にする絶対的戦術兵装へと化ける。
【特記事項 / Secret Note】
〇ダイビングモード開発秘話(旧スク水問題)
当初、『ダイビングモード』のカード召喚衣装は「旧スクール水着型(胸元に『ふれあ』と書かれた白い布名札付き)」で開発が進められていた。
しかし開発中、地球のアニメ界で新型スクール水着へのデザイン移行が進み、旧スク水モデルが時代遅れになりつつある事実をフェニックスが察知。一時期は、このまま開発を押し通そうとしたものの、「開発者の僕自身が旧スク水に異常な執着を持つマニアだと思われるのは耐えられない」と謎の世間体を気にして恥ずかしくなり、紆余曲折の末に現在のマリンスーツ型へと変更された経緯がある。
なお、フェニックスの残した『アルカナスーツ開発記録』の余白には、「未だにあの選択が正しかったのか分からない……」という重々しい苦悩の独白が書き残されている。
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