↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第1章 七つの秘石(刹那の黒真珠)編
PR
35/43

035:魔法少女はお花畑に旅立ちたい

035:魔法少女はお花畑に旅立ちたい

SIDE イザベラ


 小娘が黒いカードを使うと、世界が闇に飲まれ、そこに美しい不死鳥が顕現した。


 深々と刻まれた傷のせいで逃げることはできなかった。

 いや、傷が無くても逃げなかったかもしれない。

 それほど、その鳥は美しかった。


 終焉の炎がわたくしの体を焼いていく。

 だけれども、全身を激しく焼かれているにも関わらず、肉体の痛みよりも鮮烈に、忘れ去っていたはずの記憶が脳裏を駆け巡っていた。

 それは鮮烈な走馬灯。


 ああ、そうだった。

 かつて、ただ一人の心優しい男性を愛した日々があった。

 けれど、若さと美しさは時に人を傲慢にする。


「君の美しさは特別だ」。

 そんな男たちの口車に乗せられ、わたくしはきらびやかな社交界へと躍り出た。

 差し出された彼の実直な手を振り払い、その悲しい瞳から目を背けるように。


 社交界の中心で咲き誇り、すべてが思いのままだった。

 けれど、どれほど贅沢を尽くし、幾人の男に身を預けても、私の心は底の抜けた器のように決して満たされることはなかった。


 やがて、鏡に映る皺が一つ増えるごとに、愛を囁いていた男たちは波が引くように去っていった。

 代わりに居座ったのは、胸を焼くような孤独と、刻一刻と迫りくる老いへの焦燥。


 ……ああ、恐ろしかった。

 光の中にいた分だけ、忍び寄る「影」が、自分を忘却の彼方へと連れ去ろうとする沈黙が、耐え難いほどに。


 何もかもを失い、真っ暗な部屋で独り、鏡の中の「醜い老女」を呪っていたあの日。

 そんなわたくしの前に、その黒い真珠は現れた。


 それが救済ではなく、永遠に満たされることのない呪いだと分かっていても、わたくしは、震える手でそれを抱きしめるしかなかったのだ。


 ……けれど、この白銀の炎に焼かれて、わたくしは初めて気がついた。

 今まで奪い、魂にこびりつかせてきた他人の『時間』が、どれほど冷たく私を凍えさせていたか。

 若さを保つために飲み込んだ無数の命。

 それは渇きを癒すどころか、内側からわたくしを冷徹に蝕み、孤独の氷壁を厚くしていくだけの呪いだったのだ。


「あ……ああ、あつい……。けれど、なんて……」


 燃え盛る炎の中、消えゆく意識が、一筋の幻影を見る。

 炎の向こうから、あの紅蓮の少女が、静かに手を差し伸べていた。

 その光に透ける指先の輪郭が、かつて自分が無慈悲に振り払った、あの人の実直で優しい手と重なる。


(……ああ。そうだわ。わたくし、知っていたはずですのに)


 脳裏に蘇ったのは、社交界の冷たい宝石の輝きではない。

 かつて彼の手を握った時に伝わってきた、ささやかで、けれど確かな体温。


 魔人になってからどれほど時間を奪っても得られなかった「真実の温もり」を、わたくしはあの日、既に持っていたのだ。


 一瞬、救いを求めるようにその手を握り返そうとして――わたくしは、自分の手を止めた。


『……今のわたくしには、その優しい手を取る資格なんてない……ですわ……』


 美しさに狂い、愛を捨て、魔人にまで堕ちたこの醜い魂で、その清らかな温もりに触れることなど許されない。

 けれど、もう悔いはなかった。

 この浄化の炎が、魂にこびりついた「時間の氷」をすべて溶かし、わたくしをあの温かな記憶の中へと還してくれるのだから。


『……ありがとう……そして、ごめんなさい……』


 わたくしはそっと手を引き、静かに目を閉じる。

 最後に頬を伝った涙さえも、炎は慈悲深く、優しく飲み込んでいった。


 消えゆく最後の瞬間、誰かに手を取られた気がした……



SIDE アルカナ・フレア


 目を開く。

 全てを焼き尽くさんばかりに吹き荒れていた白銀の炎は、その役目を終えたかのように、今はもう静かな余韻となって消え失せていた。


 視界を埋め尽くしていたのは、朝日に溶け込むような、キラキラとした無数の光の粒子。

 呪縛を解かれた『時間』は、美しい蛍の群れのように、あるいは重力を忘れた慈雨じうのように、ゆっくりと夜明けの空へと舞い上がっていく。

 光の粒子は意志を持つように、倒れていた生徒たちや、何故だか裸で気絶している警備隊員の元へと、柔らかな軌跡を描いて吸い込まれていった。


(……ああ。なんて、素晴らしい光景なんだろう)


 あまりの尊さに、私の心は洗われ、深い満足感に包まれる。

 私がフェニックスに祈ったのは、理不尽に奪われた魂の救済と、目の前の邪悪の打破。


 目の前で空に還っていく美しい光は「救済」が成された証であり、魔人の気配が完全に消えたこの静寂は「打破」が完遂された証拠だ。


 魔法少女として、これ以上ないほど完璧に、私は自分の義務を果たしたのだ。


 私は聖母のような穏やかな微笑みを浮かべ、全力を出し切った自分を誇らしく思いながら、ゆっくりとあたりを見回した。


「…………え?」


 思わず、変な声が漏れる。 私の目の前に広がっていたのは、見渡す限りの焼け野原だった。


 校舎だったものは見る影もなく、地面は不自然なほど滑らかなクレーター状にえぐれ、あちこちで灰色の煙が上がっている。

 視線をどこまで動かしても、私の知っている「王都立中央学校」の建物が、柱一本すら見当たらない。


 ……確かに「邪悪」は打破された。

 打破されたのだけれども!

 え?

 邪悪が立っていた校舎も、土台ごと、跡形もなく「打破」されているじゃん!


「あれ……? ここって、学校……だったよね……?」


 あまりの破壊規模に、私の思考回路がショートを起こす。

「やりすぎた」なんて可愛いレベルじゃない。地形が変わってる。

 地図の書き直しが必要なレベルだ。


 脳裏に「損害賠償」「一家離散」「借金地獄」という不吉な四字熟語が次々と浮かび上がり、背筋にゾッと得体のしれない悪寒が駆け上る。


 さっきまでの聖母の微笑みはどこへやら、私の精神は猛烈な勢いでお花畑に旅立とうとしていた。


「フレア! あそこだ!」

 フェニックスの声に、ハッと意識を現実に引き戻される。

 いつの間にか肩に戻っていたフェニックスが、その小さな羽でビシッとグランドの中心を指し示す。

 そこには、ぽつんと一つだけ、『刹那の黒真珠』が妖しい光を放って転がっていた。


「よ、よかった…!」

 私はふらつきながらもそれを回収し、胸をなでおろす。

 これが今回の元凶!

 ここまでして、これを回収出来なかったら目も当てられない。

 と思っていた、その時だった。


 瓦礫の向こうから、満身創痍でボロボロのユリウスさんが、こちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。

「待ってくれ! 君は一体…!」


「まずい! 正体がバレる! ここは退くぞ! これを使うんだ!」

 フェニックスが叫び、私の目の前に一枚のカードを提示する。

 ウイングモードのカードだ。


「えええ!?」

 良いの?

 学校を更地にして?

 無責任に逃げちゃって良いの??


「いいから早く!」

 フェニックスの力強い声に押され、私は慌ててカードを受け取る!

 そうだよね、ここでリーナってバレたら、やばいよね!!


 私はパニックになりながらカードをデバイスにセットし、ユリウスさんの声がすぐそこまで迫る中、空へと舞い上がった。


 上空でチラッと振り返って地上を見てみた。

 舞い上がる私を、ユリウスさんは目を細めながらずっと私を見つめている。


 上空からだからわかる、すごい範囲が更地になってて、全被害者達が、それこそ、吸血されていた子供たちまで、黙って私を見上げているじゃないですか!

 ごめんなさい! ごめんなさい!! ユリウスさん!!

 ごめんなさい!ごめんなさい!みんな!


 私はいたたまれなくなり、思わずこの場を全力で離脱した!

 高く!とにかく高く!みんなの視線が届かぬように!!


「やったなアルカナ・フレア!! 文句なしの大勝利だ!!」

 上空でフェニックスが大喜びする。

 雲海を抜けたどり着いた先は、どこまでも広がる蒼穹。

 昇り始めたばかりの太陽が、世界を祝福するようにキラキラと輝いている。

 フェニックスはその光を全身に浴びて、「これぞ勝利の瞬間にふさわしい、最高の舞台じゃないか!」と大興奮だ。


 でも、私の心はちっとも晴れなかった。

 さっきまでの爆音と熱風、更地になった学校、そして呆然としていたユリウスさん。

 それと、みんなの瞳。


 あまりにも目まぐるしい展開に、頭の中がぐちゃぐちゃで、ただただ美しいだけの空が、なんだかとても遠いものに感じられた。

 でも、彼が歓喜の声を上げきった、まさにその瞬間だった。

 カシュン、という寂しい音と共に、背中のモルフォウイングが完全に光を失い、沈黙した。


『Critical activity limit reached. Good luck.』

(活動限界に達しました。……ご武運を。)


「「え?」」


 私とフェニックスの声が、見事にハモる。

 次の瞬間、ふわっとした浮遊感がなくなり、私の体は重力に従って、真っ逆さまに落ち始めた。


「「ぎゃあああああああああ!!」」


 風が、音の壁になって耳元で轟音を立てる。

 さっきまで美しい点景だった雲の海が、一瞬で私を飲み込み、そして置き去りにしていく。


 眼下に広がる街並みが、恐ろしい速さで迫ってくるのが見えた。

 髪は激しく逆立ち、バトルドレスの裾が暴風に煽られて、まるで引きちぎれんばかりにバタついた。


「うぉぉぉ、まにあえぇぇぇぇぇ!!」

 フェニックスが叫びながら、目の前に空中ディスプレイを展開し、すさまじい勢いで計算式を打ち込み始める。

「フレア、今からバトルドレスの結界を強制展開させて衝撃に備える! 君は何としてでも安全な場所に落下するように姿勢を制御するんだ!!」

「できるかぁぁぁぁ!!!!」


 私たちの悲鳴は、空に尾を引く一筋の光!

 隕石のように、昨日戦ったばかりの廃工場へと吸い込まれていった。


 ズガァァァァン!!


 けたたましい破壊音の後、静寂が訪れる。


 工場の屋根に大きな人型の穴を開けて瓦礫の中に埋もれた私は、満身創痍のまま、ぽっかりと空いた穴から見える青空を見上げて、静かにつぶやいた。


「……もう、魔法少女なんかに、絶対ならない」



■ Liner Notes

【分類】

 [[2]:登場人物紹介] > [[24]:敵対勢力・怪人]


【日本語名称 / English Name】

 イザベラ・フォン・クライス / Isabella von Kreis


【概要 / Overview】

 数十年前、その美貌によって王都の社交界に君臨した伝説の貴婦人 。

 数多の男を虜にし、ありとあらゆる享楽にその身を浸した。

 だが、その心は満たされることなく、ただひたすらに心を満たす何かを探し続けていた。 そして、その身から若さと美しさが失われたとき、彼女に残ったのは、老いと孤独への恐怖だけだった。

 その心の隙を『刹那の黒真珠』に付け込まれ、時間を奪う魔人へと変貌することになった。


【特性・スペック / Properties & Data】

 ・能力の起源

 寄生した『刹那の黒真珠パール・オブ・エフェメラル』が、宿主であるイザベラの願いを元に具現化させたもの 。


 ・主な能力

『時を穿つ吸血クロノス・ヴァンピリズム

 他者の肉体から「時間」と「生命力」を直接奪い取る能力。

 奪われた対象は急激な老化現象に見舞われ、逆にイザベラは全盛期の美しさを一時的に取り戻す。


『時間遅延刹那の遅滞エフェメラル・ディレイ

 自身の視界に入っている対象の「時間の流れ」を極限まで鈍化させる。

 周囲が静止したかのように見える中、彼女だけが優雅に獲物を仕留めることが可能。

 恐怖と屈辱を与える為、対象者の思考速度は遅滞現象から外すことが出来る。


『這い寄る黒髪(Creeping Black Hair)』

 ある程度自立行動をする変幻自在の髪を生み出し操る能力。

 このまま成長すれば、他人に寄生してゾンビのように操ることが出来る能力にも目覚めた。


『????』

 瀕死の傷を受け、発現しかけた能力。

 傷口から魔眼が生まれかけていた。


【特記事項 / Secret Note】

 魔人と化して時間を奪えるようになっても、彼女の心が真に満たされることはなかった 。

 彼女が真に求めていた物は、時間や美しさでは無かったのかもしれない。


 Tags: #イザベラの走馬灯 #地図から消えた母校 #活動限界は突然に #魔法少女引退宣言(1回目) #いつもの廃工場


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。