034:魔法少女は祈りたい
魔法少女は祈りたい
SIDE アルカナフレア
空中に黄金の軌跡を残し、魔人の体を斜めに両断する、完璧なまでの袈裟斬りが決まった。
刻まれた黄金の残光が、夜明けの冷たい空気を両断したまま数秒間もそこに留まり続ける。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!!」
剣を振り抜いた姿勢のまま、私は激しく肩を上下させ、肺が焼けるような熱い息を吐き出す。
全身の細胞が悲鳴を上げ、バトルドレスの各所から「オーバーロード」の余熱による白い蒸気が吹き出していた。
校舎の影から差し込み始めた鋭い朝光が、切り裂かれた空間から溢れ出す火花をキラキラと反射し、残酷なほど美しい光景を作り出していた。
酸欠で視界の端がチカチカと明滅し、頭の芯がひどく痺れている。
実際、どうやって剣を振るったのか、どうやってあの魔人の結界を上回ったのか、今の私にはさっぱり分からない。
フェニックスが戻ってきたテンションで駆け抜けた結果が、目の前の光景だ。
もう一度同じことをしろなんて言われても、絶対に無理。
冷静に考えてみると、かなり危ない事をやってしまったのではないだろうか?
正気じゃできないことをさせてしまうんだから。
……テンションって、本当に怖い。
「……ぁ……あが、っ……」
魔人の胸元に刻まれた、修復不可能な一文字の傷跡。
そこにある『刹那の黒真珠』は、主を守りきれなかった「屈辱」に震えるように激しく明滅していた。
「ぐっ…!この小娘が…!お前!この目くらましを受け取るためにわざと!校舎の方へ吹き飛んだな!!」
頭脳戦で完全に負けたことを悟った魔人が、口からドス黒い血を吐き出しながら、私を射殺さんばかりの凄まじい視線を放ってくる。
怖っ!
この作戦考えたのフェニックスなんです!
恨むならこっちにして!
「お前の能力の弱点、それは『視認』だ!視界内でないと時間遅滞現象を起こせない!!目覚めたばかりでお前の能力をお前自身が完璧に把握できていないのが敗因だったな!」
私の肩のフェニックスが得意げに解説する。
……せこい。
こっちは死ぬ気で剣を振るって肺まで焼けてるっていうのに
致命傷を受け、動くことすらままならない魔人に対し、安全圏から「正論のナイフ」で鼻っ柱を無慈悲に斬り刻んでいくなんて。
これがこのひよこの本性か。
慇懃無礼な態度で相手の揚げ足をすくい、理論による完全解体で悦にいっている!
ドン引きだ。
悠久を生きる不死鳥のクセに、なんて、大人気ない奴だ。
あまりの性格のせこさに、パートナーである私の方が恥ずかしくなる。
……なのに、どうしてだろう。
彼の傲慢なまでの自信(毒舌)を聞いていると、あれほど激しかった心臓のバクバクが、不思議と静まっていく。
悔しいけれど、この最悪な性格のひよこが肩にいるだけで、今の私には何よりも心強かった。
だけど、その毒舌ひよこのドヤ顔口撃が、魔人のプライドにクリティカルなダメージを与えてしまったみたい。
魔人の口から漏れ出したのは、激情が限界まで煮え詰まったヒステリックな笑い声。
魔人は自らの白い首筋を爪で狂暴に掻きむしり、呪詛を吐き散らしながら漆黒の髪をボサボサに振り乱す。
その姿は病的で、どこか官能的なほどに壮絶だった。
胸元の傷口をじりじりと焼く黄金の炎を、彼女はあえて自らの素手でグチャリと抉り、恍惚とした悶絶のなかに絶叫する。
「認めない……認めないわ!ゴミみたいな毛玉の、ゴミみたいな理屈で、わたくしが終わるなんて……!!」
その怨嗟の声に呼応して、『刹那の黒真珠』が不吉に、ドクン、ドクンと拍動を早め、全身の魔紋が寄生虫のように悍ましく肌の表面をうねり始める。
肉の隙間からドロドロと溢れ出した底なしの闇が、傷口を焼き留めていた黄金の火を力ずくで飲み込み、彼女の肉体を「次の段階」へと冒涜的に作り変えていく。
「ちょ、ちょちょちょっと! フェニックス! 何これ、絶対ヤバいって! 大丈夫なの、これ!?」
目の前の魔人は、肉体を作り変えるすさまじい劇痛と、私に向ける純粋な憎悪を燃料にして、その身を煮え滾らせている。
血の涙をボロボロと流しながら、射殺さんばかりの怨念でこちらを睨みつけるその姿は、もはや理性の通じる相手じゃない。
……その時、漆黒に染まった胸の傷口の奥に、不気味な紅い光が宿った。
あれは……目!?
嘘でしょ、引き裂かれた傷口の中から、人間じゃない「別の何か」が爛々とこっちを見てる!!
怖っ!! なんか絶対ヤバいって、あれ!!
「……ちょっと煽りすぎたかも!でも大丈夫!僕に任せて!!アルカナ・フレア!このカードが勝利の鍵だ!!この物語の結末は君が決めるんだ!」
私の肩で、さっきまでドヤ顔だったフェニックスが、不意にその瞳の光を真剣な物に切り替える。
彼が提示したのは、周囲の光を吸い込むような、禍々しくも神々しい漆黒のカード。
差し出されたそのカードからは、震える魂を強引に鎮めさせるような、圧倒的な「格」の高さが伝わってくる、私は無意識に生唾を飲んでカードを受け取った。
指先から心臓へと、冷徹なまでの静寂が伝播していく。
あんなにうるさかった肺の痛みも、魔人への恐怖も、このカードが放つ圧倒的な何かのせいで、どこか遠い所の出来事のように感じてしまう。
私は最後の力を振り絞って立ち上がり、そのカードをデバイスに厳かにセットした。
禍々しいカードがデバイスに吸い込まれると、世界から……音が消えた。
『Final Skill, Set.Protocol Alpha Omega, Activate!』
(ファイナルスキル、セット。プロトコル・アルファオメガ、起動!)
『Emergency: Time limit exceeded.Bypassing limits.Overdrive, engaged.』
(緊急警告:制限時間を超過中。リミッター解除。オーバードライブ、エンゲージ)
昨日、不発に終わったあのシステムボイスが、今度は神の宣告のように響き渡る。
背中のモルフォウイングが水晶の共鳴みたいな音と共に分解され、無数の深紅のパーツとなって宙へ弾けた。
それらは私の周囲に規則正しく展開し、光の線で結ばれ、神域を思わせる荘厳な立体魔法陣を構築しはじめる。
同時に、私のバトルドレスもまた白銀の炎に包まれ、その「定義」を書き換えていった。
吹き上がる熱風がポニーテールを縛っていたリボンを焼き切り、解き放たれた髪は魔力の奔流に乗ってシルクのように美しく広がる。
朝日に透けた毛先が、黄金の火花を静かに散らした。
腰にたなびいていた長大な飾り尾のリボンが、意志を持つように私の背後へと跳ね上がる。
それは空中で完璧な正円を描くと、激しく燃える黄金の神聖な光輪へと定着し、私のシルエットを神々しい太陽の巫女へと変貌させた。
吹き荒れる白銀の浄化炎が、バトルドレスの装甲を洗い流すように包み込む。
重厚なスカートは炎の中でほどけ、光を透かすほどに軽やかで、一点の曇りもない純白の羽衣ドレスへと織り直された。
煌びやかだった金の金属装飾は、熱量に呼応してドロリと脈打ち、魔を灼き祓う『朱色の組紐』や『神聖な飾り帯』へとその形を変えて、今や命の拍動を宿した鮮烈なヴァーミリオンの輝きを放ちはじめる。
私はその燃え盛る両腕を、胸の前で静かに、けれど強くうち合わせた。
祈りを捧げる手のひらを、ゆっくりと引き離す。
両手の間に現れたのは、重厚な二重螺旋の軸を持つ、荘厳な儀礼杖。
その先端には、黄金の太陽を模した優美な装飾が結晶化し、その中心に一個の「紅」が煌々と赤い光を放っている。
完成した儀礼杖は、重力を無視して私の目の前でひとりでに浮上した。
儀礼杖に宿る「赤」が、魔人の闇を射抜くように鋭く、そして残酷なまでに美しく拍動している。
私がそっと手をかざすと、浮遊していた儀礼杖は吸い込まれるように、目前の「虚空」へと突き立てられた。
先端が何もないはずの空間に沈み込んでいく。
まるでそこに、目に見えない「世界の鍵穴」が存在するかのようだ。
――カチリ、と。
完全に無音だった世界に、理がガチリと噛み合う厳かな震動が響き渡り、大気を、そして世界そのものを大きく揺らす。
その瞬間――頭上の太陽が、急速にその光を失っていく。
何者かが天空に巨大な「穴」を空けたかのように、太陽は真っ黒な深淵へと変わり、不吉で神々しい【皆既日食】が空を完全に支配した。
さっきまで雲一つなかった青空が、まるで薄皮を剥ぎ取られたように真っ黒に染まり、日食の赤い太陽のリングが、世界を恐ろしい「赤い夜」へと塗り替える。
突き刺さった杖を起点に、黄金の幾何学紋様が回路を走る電流のように全方位へと爆発的に伝播する。
平面を、そして立体を侵食していく黄金のライン。
それは私を中心とした巨大な球体を形成し、神域を思わせる荘厳な立体魔法陣が完成した。
日食の黒、魔法陣の金、そして私のドレスを洗う白銀の炎。
三つの色が混ざり合う神域の中心、私の背後の空間に生まれた輝きが、ついに臨界点を超えた。
ひと際強い熱と光が一点に収束し 、それは地上に出現した、極小の太陽へと結実し周囲を黄金色に照らし始めた。
溢れ出す黄金の熱量は、もはや光という概念を超え、周囲の空間そのものをドロリと溶解させ始める。
溶け出した世界は、黄金の渦となって激しく回転しながら収束し、私の背後で巨大な『陽炎の門』を形作った。
陽炎が揺らめくその門の奥から、心臓の鼓動のような重低音が響き、現実世界が恐怖に悲鳴を上げるよう軋みだす。
天と地を繋ぐ立体魔法陣の中心で、私は世界の理を書き換えるための祝詞を紡ぎ始める。
初めてのはずの儀式。
でも、その作法も、唱えるべき言霊も、全てが分かる。
あの時、死の淵でフェニックスと結んだ魂の繋がりが、彼の知識を、彼の力を、私の魂に直接流し込んでくれているんだ。
私の意志が、この世界の法則をこじ開ける。
「契約に従い、汝の真の姿を此岸に招く!終焉を司り、創生を担う、偉大なる不死鳥よ!」
私の声は、もうただの少女の声じゃなかった。
それは召喚主としての命令。
絶対の言霊。
校庭の中心、儀式の核となった私の背後で門に亀裂が生まれ二つの世界が繋がった。
裂け目から現れたのは、ひよこでも人でもない。
天を覆い尽くすほど巨大な、炎の不死鳥。
その翼は太陽の光を凝縮したように輝き、その瞳は世界の真理を見通すかのように厳かで、荘厳だった。
彼がこの地に降臨しただけで、空気が震え、大地が悲鳴を上げる。
これが、フェニックスの本当の姿…!
「これが私の答え!!行ってフェニックス!!」
私の魂を振り絞った願いが、天を覆う黄金の不死鳥へと吸い込まれていく。
その瞬間、フェニックスの瞳が眩い白光を放ち、世界を震撼させる咆哮が轟いた。
呼応するように、静謐で重厚なシステムボイスが神の宣告として響き渡る。
『Prayer Synchronized. Manifesting Miracle: Genesis Flare.』
(祈りを同期。奇跡:ジェネシス・フレアを具現します)
私の願い「ジェネシス・フレア」が発動した。
フェニックスが、その雄大な翼を天いっぱいに広げ、金属を擦り合わせるような甲高い嘶きを上げた。
その声は、世界の終わりを告げるラッパのよう。
翼からこぼれ落ちた一粒の火の粉が、地面に触れた瞬間、それは静かに、だが急速に燃え広がりはじめる。
最初は地面を這う穏やかな光の絨毯のようだった炎は、次の瞬間には天を衝く巨大な炎の竜巻へとその姿を変える。
フェニックス自身がその身を炎へと変じ、破壊の奔流そのものとなったのだ。
灼熱の津波が、大地を舐め、校舎を飲み込み、鉄骨を飴のように溶かしていく。
空気が焦げ、空間が歪み、視界にあるもの全てが、その絶対的な熱量の前に塵へと還っていく。
それは、ただ燃やすだけの炎じゃない。
存在そのものを、この世界から消し去るための、終焉の炎だった。
Liner Notes
■Track 034
【分類】
[[1]:アイテム紹介] > [[11]:変身・武装]
【日本語名称 / English Name】
鳳凰の儀礼礼装 / Phoenix Vestment
【概要 / Overview】
最終術式「プロトコル・アルファオメガ」を起動することで顕現するアルカナ・フレアのもう一つの形態。
この状態のアルカナフレアは、戦士から「創世の太陽巫女」へと変生を遂げ、フェニックスへの祝詞を紡ぐ「器」となる。
【特性・スペック / Properties & Data】
・『陽光の羽衣』
バトルドレスが、白銀の炎に洗われ昇華した一点の曇りもない純白のロングドレス。
布地は炎に近い素材で出来ていて、裾は重力を無視して陽炎のように揺らめく性質を持つ。
背後で輝く光輪の光りで程よく透けて、良い感じに体の輪郭のシルエットが浮かび上がるよう計算されている。
・『翼袖のシルエット』
二の腕から手首までを覆う、地面に届くほど長い透き通った大袖。
広げた姿は伝説の瑞獣、鳳凰が翼を広げたシルエットそのものであり、袖の縁は角度によって七色に色を変える。
・『朱の魔除け(カルトゥーシュ・バインド)』
胸元と腰回りに展開された、朱色の帯と組紐。
古来より「朱」は、昇る太陽と命の躍動を象徴する色であり、不浄を焼き祓う最強の魔除けであると同時に、神域と人界を繋ぐ「結界」の色とされてきた。
この装飾に刻まれた複雑な幾何学的紋様は、フェニックスをこの世界に招き入れる為の術式の一部として機能する。
・『双界の儀礼杖』
杖の柄を構成するのは、二条の白銀炎が互いを求め合うように絡み合った二重螺旋構造。
太陽を模した先端の宝石はリグレットオブルシフェル。
この杖は敵を打撃するための武器ではなく、フェニックスが力を行使するための「ポインタ」である。
この杖を使えばアルカナ・フレアはフェニックスを通して魔法を使うことが出来る。
【特記事項 / Secret Note】
・次元干渉の論理破綻と『プロトコル・アルファオメガ』
本来、異世界(この世界)に対して外部から高エネルギー体や高次存在を直接持ち込むことは、世界の保存則によって不可能とされている。
神や悪魔といった超越者が干渉を試みる場合、次元の亀裂から漏れ出す微細な力を数百年かけて集積し、現地で「分霊」を再構築するプロセスが不可欠となる。
・「支配」によるルールのハック(詭弁)
フェニックスは、この世界の住人であるリーナに自身を「完全に支配(統属)」させることで、この物理法則をバイパスすることに成功した。
すなわち、「外来の神が力を行使している」のではなく、「世界の正当な居住者が、その所有物を介して内側から力を出力している」という論理的詭弁を世界に認めさせたのである。
・30秒間の「創世権限」
この「主従関係の偽装」は次元の検閲を一時的に欺くものであり、維持限界はわずか30秒。
しかし、この刹那に限っては「異世界からの干渉」ではなく「世界の自己定義」として処理されるため、フェニックスは十全の権限を振るうことが可能となるのである。
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