031:魔法少女は一人じゃない
031:魔法少女は一人じゃない
SIDE アルカナ・フレア
独立した意志を持つ「蟲」へと変貌した黒い髪は、バリアの内側という絶対安全なはずの聖域で、ずっと私の隙を伺っていた。
ドロリとした粘液を滴らせながら、それは私の太ももを「餌」と定めて食らいついている。
髪の表面から無数の細い棘が逆立ち、牙のように私の柔らかな肌を噛みちぎり、その奥にある熱い血を求めて、じりじりと肉の裏側へ潜り込もうとしていた。
「いや……っ! 離れて、離れなさいよぉぉぉっ!!」
髪蟲の表面から染み出す、糸を引くような不快な粘液がドレスの繊維を濡らし、ヌルつく音を立てて太ももを蹂躙していく。
一房、一房が黒いイソギンチャクのように蠢く髪は、私の肌を捉えると、そこから目に見えないほど細い無数の棘を逆立たせ、毛穴の一つひとつを無理やり抉り広げて肉
の裏側へと潜り込もうとしていた。
「いや……っ、やめて、入ってこないで……っ!!」
まるで飢えた寄生虫が血管を求めて肉を割るように、じりじりと私の熱を吸い上げ、脂汗を啜りながら内側へと侵食しようと蠢いている。
爪が割れるのも構わず、私は肌に食い込むその「絶望」を必死に掻きむしった。
指先に伝わるのは、髪とは思えないナマモノのような脈動と、ヌルつく粘液の感触だけ。
とっさに蠢く髪蟲をグローブの炎で焼いて地面に叩きつけた。
叩きつけられたソレは、ネズミの断末魔のような悲鳴をあげて、自らを焦がす炎を消そうと地面をのたうち回る。
閉ざされた結界の中に、髪が焦げる悪臭と、それに混じる魔人の甘ったるい香水の匂いが立ち込め、充満していく。
吐き気と共に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「フェニックス……! 助けて、フェニックス……っ!!」
声にならない悲鳴が、ドロリとした静寂の中に虚しく消えていった。
喉が千切れるほどに叫んでも、返ってくるのは不気味な髪の蠢く音と、自分の荒い呼吸音だけ。
火花を散らすバーニアを無理やり逆噴射させても、縮まっていく檻は一ミリも動かない。
むしろ、抗えば抗うほど、黒い蛇たちは私の恐怖を喜ぶように、その密度をぎちぎちと増していく。
(……あ、もう、だめかも)
弱気な心が、ひび割れた隙間から顔を出す。
やっぱり、私一人じゃ何もできない。
フェニックスがいなきゃ、私はただの無力な14歳の子供だ。
私は膝を抱え、小さく身を丸めた。
震えるまぶたを強く閉じ、迫りくる死の恐怖から逃げるように。
パキィィィッ……メキメキ……ッ!
無情な音が響く。
バトルドレスの結界には、もう無数のひび割れが走っている。
完全に砕け散るまで、あと数秒もないだろう。
生まれた亀裂の隙間から、獲物を待ちわびていた黒い濁流が、毒蛇のように舌を伸ばして私の肌を狙っている。
「ごめんね、フェニックス。私……もう……」
諦めの言葉が、白く濁った吐息と共にこぼれ落ちそうになった、その時だった。
――ドクン!!
「っ……!?」
暗く沈んでいく意識の底で、右腕のガントレットから、心臓を直接掴まれたような激しい「熱」が脈打った。
それは、魔人が私を侵食する冷たく暗い闇の中で、荒波に打たれても決して消えない灯台の灯火のように、私の震える魂に活を入れる、力強い鼓動だった。
驚いたのは、私だけじゃない。
亀裂から侵入し、私を内側から喰らい尽くそうとしていた無数の黒髪が、まるで未知の天敵に睨まれたかのように、一斉にひるんで動きを止めたのだ。
今まさになだれ込もうとしていた髪達が、何かに怯えるようにガタガタと震え、わずかに後退する。
「え……あ……っ?」
涙でべそべそになった顔を上げ、私は自分の右手を見つめた。
視界がにじんでよく見えないけれど、たしかに伝わってくる。
トクン、トクンと。 私の心臓よりずっと速くて、ずっと力強い、自分のものではない別の鼓動。
それはまるで、言葉にならない声で私を叱咤しているようだった。
『諦めるな』 『顔を上げろ』 『まだ、終わらせてたまるか』
……そんな、不器用で真っ直ぐなメッセージが、ガントレットを通じて直接心に流れ込んでくる。
不思議と、あんなに怖かった闇が少しだけ晴れた気がした。
温かい。
ううん、火傷しそうなほどに熱い。
この熱を知っている。 この、狂おしいほど力強い、折れない心の正体を知っている。
……あぁ、そうだ。
こんなところでしおらしく諦めて「ごめんね」で終わるなんて、あの魔法少女オタクが許してくれるはずはない!
私の脳裏に、あのノイズ混じりの通信音声の向こう側で、必死に何かを叫び、懸命に手を動かしていたあいつの姿が浮かんできた。
まだだ、まだあのひよこは、何一つ諦めていなかったじゃないか!
そうなのだ。
フェニックスの魔法少女にかける情熱は、本物だ。
フェニックスは、魔法少女の活躍を観るために、ひよこにまで身をやつし、さらに次元まで飛び越えて、この世界にやってきたのだ。
その執念は、ある意味で魔王の力よりも恐ろしくて、そして誰よりも頼もしい。
魔法少女の活躍を見る為ならば、あのひよこは魔王というプライドも平気でドブに投げ捨てて、笑顔でその泥水を飲み干すに違いない。
あのヒヨコは、魔法少女に関しては最高にかっこ悪くて、最高にカッコいい奴なのだ。
なら、
そのパートナーである私が、ここで悲劇のヒロインぶってしおらしく終わってなんてあげるもんか!
そんなの、あいつに顔向けできないじゃない。
「……っ、ふぅ、……あぁ、もう! べそべそ泣くのは、ここまでよ!」
私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、震える腕で乱暴に拭った。
やせ我慢だって構わない。
無様に、泥臭く、不恰好でいい。
あがいて、あがきまくって、地べたを這いずり回ってでも生き残ってやる。
たとえ、どうしても死ぬしかない運命なんだとしても……私はあのひよこみたいに最後まで最高にかっこ悪くあがきまくって、その果てに、最高にかっこよく死んでやるんだから!
……あ。
電流が走ったように、記憶がフラッシュバックする。
さっきの途切れ途切れの通信……
わかった!!!
今、フェニックスがいるのはあの場所だ!
あの場所で、私たちが主役になるための、最高の大逆転劇を用意して待っているんだ!
フェニックスが諦めてないのに、パートナーである私が諦めて良いわけがない!
今、私がやるべきはメソメソ泣きながら魔人に食べられる事じゃない!
フェニックスの元に駆けつけて、二人で勝利を掴む事なんだ!
私の決意に呼応するように、右手のグローブが「待ってました」と言わんばかりに、鋭く、高く、澄んだ音を立てて共鳴した。
さっきまでの微かな予兆じゃない。
私の泥臭い覚悟を認め、その意志を全力で肯定する、重厚な機械仕掛けの『咆哮』だ。
指先から伝わってくるのは、あいつの執念そのもの。
まるで、姿は見えなくても、あいつが私の手を下から力強く握り返してくれたような――そんな、心強い「重み」がガントレットに宿っていく。
『君に渡した魔法少女グッズは、文字通り僕の血と涙とプライドを犠牲にして出来た僕の半身なんだぞ!』
あいつの……フェニックスの言葉が脳裏に蘇る。
そうだった。
このバトルドレスは、ただの服じゃない。
彼が命を削って作った、彼の魂そのものだ。
「……ふふっ」
自然と笑みがこぼれた。
「……そっか。なんだ、一人じゃなかったんだ」
そう気づいた瞬間、恐怖は消え去り、代わりに体の芯から熱いものがこみ上げてきた。
私は目を開いて、目の前の絶望に目を向けた。
なけなしの魔力で両手の拳に炎を宿すと、それにこたえるようにバトルドレスが再び結界の再構築を始めた。
『っ!何ですの?何か嫌な感じがしますわ!無駄な抵抗は止めて、早く私の糧になりなさい!!』
外側から魔人の苛立った声が響き、檻の圧力がさらに一段階増した。
怯んでいた髪の毛が、魔人の魔力によって無理やり意志を上書きされ、再び牙を剥いて私に殺到する。
私は、腕に宿った炎で襲ってくる髪を焼き切った!
そうだ!
私が言うべきセリフは「ごめんなさい」じゃ無い!
「絶対行くから!……待っててね、フェニックス!」
不意に、私のつぶやきに応えるように、冷徹だったシステムボイスが、どこか熱を帯びた声色を発しはじめた。
[Critical Danger to Wearer: Confirmed.]
(装着者の生命危機:確認)
[Initiating Emergency Override: Attempting A.R.C.A.N.A
System Restriction Release.]
(緊急オーバーライド開始:アルカナシステム制限解除を試行)
Liner notes
■Track 030:
【分類】
[[1]:【アイテム紹介】(Item Introduction)] > [[11]:[変身・武装]]
【日本語名称 / English Name】
A.R.C.A.N.A. System
(自律反応型戦闘及び秘術ネットワーク構築システム / Autonomous Reactive Combat & Arcane Network Architecture System)
【概要 / Overview】
戦闘能力を持たないか弱い少女を、「安全・安心・快適」に神話級の戦場へ送り出し、無傷で帰還させることを目的とした、魔王フェニックスの執念の結晶。
キャッチコピーは「放課後は、神を殴りに出かけよう。」
【特性・スペック / Properties & Data】
A:Autonomous(自律的)
意志追従型自律制御。複雑な操作を不要とし、少女の想いに呼応して各機能が高度に連携する究極のユーザーフレンドリー機能。
R:Reactive(反応的)
リアルタイム情動・環境検知。装着者の感情や周囲の戦況をミリ秒単位で解析し、システム出力を動的に最適化・反映させる。
C:Combat(戦闘)
モーションアシスト演算。膨大な数の「達人」から機械学習させた動作データを元に、少女の動きを熟達の機動へと変換・強化する。
A:Arcane(秘術的)
狂気の出力機関。フェニックス秘蔵の秘宝や高度な儀式、魔術的演算を高速実行し、想いを燃料に因果律さえ書き換えるブラックボックス。
N:Network(連携網)
超次元通信基盤。異次元に秘匿された膨大なデータセンター群を結ぶ超高速ネットワーク。天文学的規模のクラスタが連携し、システムの膨大な演算負荷を次元を超えて完全に肩代わりする。
A:Architecture(構築)
統合設計思想。上記の過激な機能を矛盾なく「魔法少女」の一形態にパッケージングし、安定稼働させるためのドレスの基礎構造。
以上の頭文字をとってA.R.C.A.N.A. Systemとなっている。
【特記事項 / Secret Note】
・「バクロニム」への執念と、魔王の巡礼
フェニックスの魔法少女への情熱が才能と衝突し、超新星爆発を起こして生まれたシステム。
「ARCANA」というバクロニム(後付けの略称)を成立させるため、フェニックスは 「C(Combat)」 のデータ収集に心血を注いだ。
フェニックスはデータ収集する際、礼を尽くすため、高名な剣聖やあらゆるの武術の達人だけでなく、勤続50年の掃除のおばちゃんや、寂れた漁村に残る荒海の投網名人にいたるまで、あらゆるエキスパートの元を自ら一人ずつ訪ね歩いた。
・地上げ屋を蹴散らした「小さな紳士」
かつて、悪質な地上げ屋に目を付けられ、廃業寸前まで追い込まれていた老舗の和菓子屋があった。
店主の老人と孫娘が絶望に暮れる中、ふらりと現れたのが、子供の姿に身をやつしたフェニックスである。
彼は店主の誇りと真摯な態度を気に入り、「達人訪問」の際の手土産として、その店の和菓子を指名した。
それは決して派手な甘さではないが、口にすれば誰もが「……あぁ」と一息つくような、魂を安らわせる静かな味。
フェニックスはその菓子を携え、何千、何万という達人の門を叩き続けた。
現在、その店はフェニックスの部下である大悪魔たちすらたまにお菓子を買いに来る、裏社会では有名な【絶対不可侵の聖域】となっている。
そんな事はつゆ知らず、当の店主と孫娘は、今日も変わらぬ「ほっとする味」を丁寧に作り続けている。
Tags: #反撃開始 #やせ我慢 #ARCANASystem #バクロニム #魔法少女は一人じゃない




