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魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第一章 刹那の黒真珠 編
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27/33

027:魔法少女は突っ込まない

027:魔法少女は突っ込まない

SIDE アルカナ・フレア


 私は紅蓮の閃光となって更に加速をかける。

 魔人が瞬きをするその隙に、私はすでにその懐へと潜り込んでいた。


 魔人が反応するよりも速く、その懐に潜り込み、炎を纏った拳を叩き込む!

 バトルドレスのモーションアシストに導かれ、私の拳は確実にがら空きの魔人の脇腹を打ち抜くはずだった。


 だけど、次の瞬間、世界がまるで水飴の中に沈んだかのように重くなる。

 魔人の奇麗な顔が、歓喜に歪む、それは罠にかかった獲物に向ける愉悦に満ちた笑顔だった。


「――遅いですわ」

 次の瞬間、世界から「速度」という概念が消失した。

 (え……?)

 鼓膜を震わせていた爆音や風切り音が、突如として唸るような超低音へと引き延ばされる。

 自分の心臓の音さえも「ドクン……ドクン……」と、深く、重い地鳴りのように響き、思考のテンポすら狂わされそうになる。

 空気の密度が激変した、まるで水あめの中に入ったみたいだ。


 視界の端で、私の踏み込みで舞い上がったはずの土埃が、まるでダイヤモンドダストのようにキラキラと輝きながら、空中でゆっくり動いているのが見えた。

 そこを無理に進もうとする私の肌に、舞い上げられた土埃はまるで研磨剤のようにザリザリと嫌な感触を残していく。

 飛び散る汗の一滴までもが、水晶玉のように空中に留まり、ゆっくり、あまりにもゆっくりと形を変えていく。

 まるで世界そのものが、高密度の透明な樹脂に閉じ込められてしまったみたい。


 思考だけはクリアなのに、体だけが琥珀の中の虫のように縫い止められている。

 焦る視線の先で、魔人だけが優雅に、常人と同じ速度で微笑んでいた。

 背筋がゾッとした。


 魔人は嘲笑うかのように、私に向かってゆっくりと、死を宣告するように手の平を突き出してきた。

 その掌から放たれたのは、不可視の衝撃波。


 ……いや、それはもはや「不可視」ですらなかった。

 凝固した空気の層を無理やり押し潰し、空間そのものを歪ませながら迫る透明な暴力。


 弾丸のような速度のはずの一撃が、この領域内では「大気を削り取る巨大な透明の壁」となって、唸るような超低音を響かせながらジリジリと私に迫ってくる。


 逃げられない。

 回避どころか、指一本動かすことすら、この重い時間の中では叶わない。


 (……っ、来る……!!)

 死を覚悟したその瞬間。バトルドレスの自動防御機能が、持ち主である私の危機に反応してオーバーヒート寸前の紅蓮に発光した。


 本来なら一瞬で展開し、敵の攻撃を弾き飛ばす光の壁――シールド。

 だが、この停滞した世界では、その「形成プロセス」までもが剥き出しにされていた。


 胸元の演算核から溢れ出した魔力が、空中に幾何学模様を描き、一枚のパネルを構成していく。

 まだ六角形のハニカム構造が半分も埋まっていない、透け透けの「未完成な結界の雛形」。

 普段なら目にも留まらない、結界が実体化する直前の脆弱な光の骨組み。


 その「未完成の盾」に、魔人の衝撃波が真正面から激突した。

 「ギギギギィッ……ッ!!」

 空間そのものが悲鳴を上げ、金属同士を高速で擦り合わせたような不快な音が遅れて鼓膜に突き刺さる。


 停滞しようとする「時間の檻」の力と、それを強引に押し通ろうとする「衝撃波」の圧力。

 その二つの矛盾したエネルギーが、私の鼻先数センチの結界表面で激しく衝突した。


 凄まじい摩擦熱が発生し、未完成の結界が白熱化していく。

 せめぎ合う境界線からは、行き場を失った火花が青白く弾け飛び、スローモーションの中で線を描いて周囲の空気を焼き焦がした。


 「あ……ッ……あつ……ッ!!」

 不完全な盾では衝撃を完全に殺しきれない。

 熱を帯びた衝撃の九割が横へと逸らされたものの、残りの一割が私の身体を情け容赦なく叩き潰した。


「きゃん!!」

 瓦礫に叩きつけられた衝撃で、一瞬息が詰まる。

 でも、吹き飛ばされたおかげなのか、さっきの不思議な現象から逃れることが出来たようだった。

 すぐに体勢を立て直し、魔人を睨みつけた。


「どうしたの?もう終わりかしら?」

 魔人は優雅に微笑みながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 私はあえて突っ込まず、距離を取った。

 さっき拳に纏わせた炎が、まだグローブの上で静かに燃えている。


 バトルドレスのこのグローブには、ある程度炎を操る力があるみたい。

 私はその炎を右手に集め、ぎゅっと握りしめて凝縮させる。

 そして、大きく振りかぶって、その灼熱の塊を魔人に向かって投げつけた!


 放たれた炎の弾丸は、空気を切り裂きながら魔人へと迫る。

 しかし、魔人の数メートル手前で、光弾の速度が急激に落ちた。

 まるで濃いゼリーの中を進むみたいに、ゆっくり、ゆっくりと。

 魔人はそれを嘲笑うかのように、指先で弾いて消し去った。


(嘘……でしょ?)

 私の全力投球が、蝋燭の火を吹き消すよりもあっけなくかき消された。

 理解できない。

 理解したくない。

 本能が警鐘を鳴らす。


 あそこだけ、この世界の物理法則ルールが通用しない。

 得体の知れない深淵を覗き込んだような底冷えする恐怖が、足元から這い上がってきて、私の膝をガクガクと震わせた。


「無駄よ。わたくしの領域に入ったものは、全てが等しく鈍くなる」

 魔人が一歩踏み出すと、その領域がじわりと広がった気がした。

 まずい、このままじゃジリ貧だ。


「フレア!!今、応急だけどドレスに時間遅延対策の結界式を組み込んだよ!これでさっきよりは動けるはずだ!!」

 肩のフェニックスが、空間ディスプレイをいじりながら叫ぶ。

 さっきから静かだと思っていたけど、フェニックスはフェニックスで戦っていたんだね。

 確かに、バトルドレスの装飾の発光パターンがいつもと違うように変化している。


 私は再び拳に炎を纏わせ、フェニックスを信じて地面を蹴り、領域の境界線を突破した。

 途端に全身に絡みつくような圧迫感。

 だけど、今度はさっきよりも動ける!

 バトルドレスが必死に抵抗してくれているんだ。


「……小賢しい真似を」

 私が領域内でも動けているのを見て、魔人の瞳に剣呑な光が宿った。

 それは、優雅なティータイムの最中に、紅茶の中にハエが落ちたのを見た時のような、底冷えする嫌悪感に満ちた表情だった。


「わたくしのテリトリーで、許しもなく勝手に動くなど……しつけがなっていなくてよ!」

 彼女のこめかみに青筋が浮かび、余裕の笑みが剥がれ落ちる。


 魔人の都合なんて知ったこっちゃない!

 私の方こそ、学校の生徒たちを襲われて怒り心頭なのだ!

 私は重たい空気の中を突き進み、怒りと炎を纏わせた拳を魔人の顔面に叩き込もうとした。


「愚かね」

 魔人は私の拳をひらりとかわすと、私の腕を掴んだ。

 その瞬間、掴まれた腕の時間の流れだけが、さらに遅延させられる。

 まるで腕だけが石になったみたいに動かない!

 これが彼女の能力の本当の使い方…!


 腕を掴まれたままじゃ、何もできない!

 掴まれた魔人の手から凄い勢いで私に流れている時間の熱が吸い取られているのを感じる!

 私はとっさに体を捻り、自由な方の足を振り上げた。

 魔人はそれを単純な蹴りだと判断し、最小限の動き、簡単なスウェイだけでそれをひらりとかわす。


 でも、それでいい。

 私の狙いはそこじゃない!

 足の動きに一瞬遅れて、同時に蹴り上げていた腰の飾り尾リボンが、鞭のようにしなって魔人の顔面を襲う!

 先端の硬い飾りが時間差で叩き込まれる、これが本命!


「!?」

 さすがにこの奇襲じみた攻撃は予測していなかったみたい。

 魔人は驚いて、思わず私の腕を離してしまった。


 その隙を私は見逃さない!

 すぐさま連続でバク転を繰り返し、一気に距離を取った。


「落ち着けリーナ!奴の能力は時間そのものを操る厄介な代物だ!だが分かった事が二つある!やつは時間を遅くする事は出来ても停止や加速させる事は出来ない!そして、その能力の発動には作用範囲がある!」

 肩のフェニックスの指示が耳元に飛んでくる。

 バク転の時、フェニックス大丈夫かな?と思ったけど、結構余裕みたいだ、良かった。


 私はフェニックスの言葉を頼りに、必死に魔人の動きに集中した。

 確かに近づかなければ、時間遅延は起きないけど、こっちの攻撃も届かないじゃない!


 私は足元に転がっていた手ごろな大きさの瓦礫を掴むと、バトルドレスの筋力アシストに任せて、思いっきり振りかぶった。


「うおりゃぁぁぁっ!!!!」

 指先から放たれた瓦礫は、空気を引き裂く音を立てて、魔人の顔面めがけて一直線に飛んでいく。


 しかし!

 魔人の周囲、数メートルの空間に差し掛かった瞬間、あれほどの勢いだった瓦礫が、急激にブレーキがかかったように失速した。

 まるで、そこだけ空気が泥に変わったみたいだ。

 魔人は一歩も動かない。

 私の全力投球は、彼女の目の前でふわふわと漂う無害な石ころに変わり、優雅に傾けた首の横を、あくびが出るほどゆっくりと通り過ぎていった。


 むしろ、魔人は不可視の衝撃を的確に私に打ち込んでくる。

 昨日の廃工場での立場が逆転した形だ。

 魔人の勝ち誇った表情が、私の焦りを加速させる。


「フレア!これを使うんだ!」

 フェニックスが新たなスキルカードを提示する。

 私は魔人から目を逸らさないままフェニックスからカードを受け取り、そのままデバイスにセットした!




Liner Notes

 ■Track 27:アイテム紹介(Item Introduction)

【分類 / Category】

[11:変身・武装]


【名称 / Name】

 腰の飾り尾リボン / 別名:タクティカル・リボン


【詳細分類 / Sub-Category】

 魔導熱交換ユニット


【概要 / Overview】

 魔法少女のバトルドレスの腰背部に配置された深紅のリボン。

 フェニックス自身の飾り尾を素材として提供しており、ドレス全体の魔力循環を安定させる「スタビライザー」の役割を果たす。


【特性 / Properties】

 〇熱電変換蓄電

 バトルドレスの放つ高出力魔法の余剰熱や、周囲の魔力負荷をエネルギーに再変換してリボン内に蓄える機能。

 激しい戦闘を行えば行うほど、使用可能なスペア魔力が蓄積されていく。


 〇イルミネーション機能

 貯蔵エネルギーを色付きの光の粒子として放出する演出機能。凄まじく燃費が悪いが、「闇夜を切り裂く紅蓮の熾道しどう」を演出したいがために、フェニックスが心血を注いで開発した。


【特記事項 / Secret Note】

 〇フェニックスの矜持

 魔王フェニックスの飾り尾は、鳥形態時の彼にとって最大のオシャレポイントであり、プライドの要である。その大事な尾羽をあえて切り離し、アルカナ・フレアの武装として捧げている事実は、彼の魔法少女に対する並々ならぬ「本気度」の表れである。


 〇メンテナンスの悲喜劇

 そのため、バトルドレスのリボンが汚れたり傷ついたりすると、フェニックスは自分の身を削られたかのようにショックを受け、一晩中泣きながらお手入れ(メンテナンス)をするという。


Tags: #時間遅延 #深紅のリボン #紅蓮の織道 #一晩中泣きながらお手入れ確定 #フェニックス魔球第一号



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