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シャワールームを出ると、彼女の横には車椅子のお爺さんが座っていた。
酸素吸入の管を繋げられてもなお鋭い眼差しのお爺さんに対し彼女は「急かしてごめんね」と穏やかに詫びた。
「男性?!」
島外にいるはずのないその姿に思わず声がひっくり返る。
「この人は私の祖母の兄で、終末期特例でここに住んでるんだよ」
終末期特例とは男性が島を出て暮らす特例のうちのひとつで、余命宣告を受けた終末期の患者が島ではなく生まれ故郷で死にたいと希望した際に適用される。
つまり、この人は他に手の施しようもないほどの重い病気を抱えた状態でこの家に住んでいる。
「廊下の突き当たりが台所だから、そこの冷蔵庫の麦茶でも飲んで待っててくれる?食器自由に使ってくれていいから!」
そう言って彼女がお爺さんを風呂場に運び入れようとするので、俺はお風呂を出て麦茶を貰う。
台所兼食卓という感じの部屋の椅子に腰を下ろし、キョロキョロと視線を彷徨わせていると介護ベッドの置かれた和室があった。
多分あの部屋がお爺さんの部屋なのだろう。
機械や点滴が脇に置かれており、この部屋で最後の時を待っているのだろうと思うと奇妙に思えた。
10分ほどすると、角南先生とサッパリしたお爺さんが戻ってきた。
「……坊主、島から逃げて来たのか」
俺の目を見たお爺さんは、嗄れた小さな声でそう問いかけて来た。
(マズい、バレた?!)
その問いかけに返答できずにいると、お爺さんはなおも言葉を付け足す。
「爺ちゃん何言ってんの?男の子ならわざわざ島から脱出なんかする必要ないでしょうに」
彼女が呆れたようにそんなことを言う。
労働も納税もない楽園のような島を脱出する理由など、普通に考えれば無いだろう。ただ俺が普通になれなかっただけだ。
「あ、落ち着いたら警察呼んで保護してもらうから安心してね?」
「お前は男がわかってないな」
彼女の言葉にお爺さんは呆れたようにそう呟いたあと、俺を見てこう告げる。
「男なら冒険の一つや二つした方がいい、たとえ世界を敵にしてもな」
どこかニヒルな笑いを向けようとした老人を見て、この人は分かるのかと察してしまう。
「おい、この子に俺の金全部渡してやれ」
「いや何言ってんの?!遭難者なんだから警察呼んで保護してもらうのが先でしょうよ」
「坊主、俺の財布持ってけ。ベッド脇の1番上の引き出しに黄色いのがある」
「お爺ちゃん!」
そうしてしばらく散々揉めたあとお爺さんは「疲れた」と言い出し、最終的に寝かしつけられた。
「ごめんね、うちのお爺ちゃんが……」
「いえ、故郷で暮らせて嬉しいんだと思いますよ」
あの島は故郷と呼ぶにはあまりにも人工的な箱庭めいていて、俺に言わせてみれば故郷なんて人肌温度の響きは似合わない場所だ。
お爺さんにとってはここだけが自分の帰るべき場所だったんだろう、それはとても羨ましいことのように思える。
「ああそれで警察なんだけど、この辺は駐在さんとか居なくてね。少し待ってもらうことになるんだけど、良いかな?」
「大丈夫です」
警察がここに着く前に出れば良いのでそこは何の問題もない。
「そういうことなら平気かな、じゃあ電話してくるね」
そう言って彼女は電話をかけるからと席を外し、俺はお爺さんの寝室へと移る。
眠っているお爺さんの枕元にある棚を開けると確かにそこには黄色い財布があった。
中身は島外で流通する現金が10万とちょっと。大きいお札はあんまり無かったからありがたい。
(ありがたくいただいて行きます)
財布を懐に隠すと彼女が戻って来た。
「いま電話したんだけど、警察の人忙しいみたいで小一時間ぐらい来れないって」
「そうなんですね」
この酷暑の晴天なら小一時間もあれば8割がた服も乾いているはずだ。俺はお爺さんの推理通り逃げてきたので警察が来る前には出て行くことになるようだ。




