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「……大丈夫?」
夏の日差しで体を乾かす俺に声をかけて来たのは大きな往診鞄を下げた30半ばくらいの白衣の女性だった。
黒髪をお団子状に纏めて、大きな眼鏡の向こうから俺の状態を観察している。
(本物の女性だ)
18年生きて来て初めて出会った本物の女性だ(桜乃は女性だけど体の一部は男性だからノーカンとする)
「一応、大丈夫です」
「見かけない顔だけど、どこの子?」
「海で遊んでたら落ちちゃって。なんとかここに漂着したんです」
この辺りの言い訳は事前に考えていたのでスラスラと嘘が口から流れてくる。
「なるほどね、ここにずっといると脱水になるからとりあえずうち来てくれる?動けないなら車椅子取ってくるけど」
「大丈夫です、歩けます」
そう言って俺は彼女について行くことにした。
連れてこられたのは古い木造の建物で、看板には角南診療所という看板が掲げられている。
その建物の裏手にある小さな平屋建ての一軒家の引き戸を開けると「ただいまー」と家の中に声をかける。
「いまタオル持ってくるから少し待ってて」
彼女が小走りで家の中へ入って行き、俺は玄関を軽く観察してみる。
小さめの女性ものの靴は島で見ることがない珍しいものだが、その隣には大きめのスニーカーがひとつ置かれている。もしかしたら誰か一緒に住んでる人がいるのかもしれない。男性と女性が分かれて生活するようになった現代において、同性の伴侶と一緒に生活することは珍しいことではない。
タオルを受け取って足元や体を軽く拭うと「着替えは貸してあげるから、これ飲んでシャワー浴びておいて」と声をかけられる。
ボトル入りの経口補水液を一口飲むと、塩分と水分が体にじんわりと染み渡る。どうやらずっと漂流してたせいで体の水分が抜けて脱水気味だったみたいだ。
その後、着ていた衣類を洗濯しつつ潮でベタベタになった体をシャワーで洗い流す。
しかし俺の頭の中にあるのはこの後の予定だった。
(保護された遭難者として警察呼ばれる前に、着替えだけ確保して逃げ出さないと)
彼女は今の俺を漂着者として保護してるから普通に考えれば警察を呼ぶだろう、そうなれば男とバレて島に逆戻りだ。それだけは避けたい。
となれば、わざわざ警察を呼ばなくても自力で帰れると主張するのが妥当だろう。明らかに不審な俺を助けてくれるくらいなので、拝み倒せば帰りの電車賃も貸してくれるかもしれない。
あとはそれを受け入れてくれるかだが、無理なら無理で警察に保護される前に出ていけばいい。
当座の目的地は大都市である大阪。その人混みに紛れてしばらく日銭を稼ぐ予定だった。
シャワールームを出ると、着替えとして大きな白いジャージが置いてあった。彼女には大きすぎる男物のMサイズは、明らかに本人のものではない。
(男物のジャージなんて島外だとあんまり売ってないって聞いたんだけどな?)
男性人口が減少する現代において、男性が着用する大きな服は需要・供給共に少ない。そんなものがこの家からポンと出てくるのが実に奇妙だった。
とりあえずこのジャージは有り難く借りさせてもらおう。少なくともずぶ濡れよりはマシだ。
「シャワー終わった?」
扉越しに彼女が俺に声をかけてくる。
あんまりシャワールームにずっと篭ってるのも悪いので、とりあえずこのくらいにしておこう。




