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学校が終わると俺はいつも島の船溜まりに行く。
その船溜まりの中でもひときわ小さい全長2メートルほどの古いミニボートには俺の釣り道具が積んである。
いつも通り船外機のチェックを済ませ、お古のライフジャケットに袖を通せば海釣りの時間だ。
日没まであと2時間弱、夕まづめと呼ばれる釣りのチャンスタイムだ。
島の沖合10メートルほどのところに船を浮かべると、海はオレンジ色に染まり始めている。
「海は綺麗なんだよな、海は」
そんな事をぼやきつつも釣竿を海に垂らし、ぼうっと春の潮風を浴びてみる。
このミニボートに初めて乗ったのは今ぐらいの時期だっただろうか?
グループホームに入りたての頃、俺を一等可愛がってくれた先輩がいた。名前を桐原誠という。
その先輩が高校に入って初めてのバイトで得たお金で購入したのがこの小さなミニボートで、先輩は俺に海釣りの方法やボートの動かし方を教えてくれた。
この小さな船で横並びになりながら魚や海の事はもちろん、この小さな島で生きていくための作法も教えてくれた。
そんな先輩が俺は大好きだった。
『魚も人間もこの世界の未来に命をつなぐために生きている、俺のエゴでその繋がりを断つわけにはいかない』
そう言って小さい魚や卵を抱えた魚は必ず海に返し、釣れた魚はみんなで余すことなく食べた。
先輩はいい人だった。間違いなく善人だった。だからこそ耐えられなかった。
いま、先輩はこの瀬戸内の海のどこかで一人静かに眠っている。
遺された先輩の日記にはこんな風に書かれていた。
『俺たちは次へ命をつなぐために生きているのに、無精子症の俺は次に繋ぐことが出来ない。みんなはその義務を果たしているのに、俺だけがその義務を果たせない』
そうしてひとり海の底に沈むことを選んだ先輩から、俺はボートと海釣りの道具を引き継いだ。
先輩から引き継がれた釣りの技術と道具を共に今日もこの海に小船を浮かべている。
「お、来たか?」
持っていた釣竿に手ごたえが出てきた。気づかれぬよう慎重に糸を手繰り寄せると、水面の向こうに大きめの魚が見えた。
たぶんこれはメバルだ。大きさも良いし、今の時期が旬の魚でもある。
こいつは塩焼きで美味しく頂こう。きっとグループホームのメンバーも喜んでくれるだろう。
(先輩の家に行って焼いてもらっても良かったな)
クーラーボックスを開けながらふとそんなことを思う。
桜乃も呼んで3人で釣りたてのメバルを食べる夕食をふいに夢想してみる。
「……ま、夢は夢なんだけどな」
島の外を教えてくれた桜乃と、島の事を教えてくれた先輩。
在りもしない2人の出会いを夢見るぐらいは許されたかった。




