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第17話 奪う妹

目を覚ますともう日は高くなっていた。

4時間ほど眠っただろうか?

まだ眠りたいという誘惑に抗うように瞼を擦る。


「おはよ、よく眠れた?」

「あぁ、だいぶ楽になったよ」


目の前に莉緒の顔があった。

近い……


「俺が寝てる間何かあったか?」

「ううん、大丈夫何も来なかった」

「なら、良かった」


あのあと、正直限界に近かったので、莉緒の言葉に甘えて少し眠ることにした。

莉緒を休ませたかったものの、固辞されてしまい根負けした形だ。


「莉緒も少し休め。寝てないだろ?」

「うん、さすがに少し疲れた。何かあったら、一人でやろうとしないで起こすこと。約束だからね」

「分かったよ。だからゆっくり眠れ」


莉緒はすぐに眠りについた。

正直、いま莉緒とどう向き合っていいかが分からない。

素直に眠ってくれて助かったと考えてしまうことに嫌悪感が湧いてくる。


気持ちを切り替えて辺りを見回す。

幸い飲み物も食料も沢山ある、暫くはここに籠っているのもありだろう。

適当に物色して賞味期限が切れた弁当を選んで封を開ける。

賞味期限が切れてるから。

そんな免罪符を抱えて罪悪感を少し軽くしていると自覚して情けなくなる。


眠る莉緒を見ながら、昨日のことを思い出す。

莉緒の思いを受け取る可能性はあるんだろうか。


――澪は死んだ


そう言ったのは俺だ。なのに、その俺が今も澪に縛られている。

どうしても莉緒を通して澪を見てしまう。


「澪は死んだんだ」


言葉に出してみても、それは実感の伴わないまま虚空に消えていく。

たとえ澪でも襲ってくるなら殴る。

その決意はできてるはずなのに、澪はまだ生きていると思っている自分もいる。

この矛盾に押しつぶされそうになりながらも、頭の片隅にはいつも澪がいる。


答えの出ない思考を放り出し、別のことを考え始める。

どうすればこの事態は終わるのだろうか?

頭を潰しても気づくと治って追いかけてくる。

足を折っても1時間もすれば治っている。

閉じ込める?

壊れたゾンビならできるんだろうけど、壊れてないゾンビを閉じ込めるのは難しい気もする。


――燃やせばいい


誰かがそう言ってるのをどこかで聞いた。

逃げる最中に黒焦げで動かなくなった人のような何かを見た。


澪を燃やす。


そう考えた途端、胃から何かがせり上がってきて慌ててトイレへ駆け込む。

だめだ、できる気がしない。

でも、澪だけは人に任せたくはなかった。

いつか、その覚悟をしないといけないんだろう。


気がつくと、日は落ち始め昼から夜へと時間は変わるところだった。


――逢魔が時


そんな言葉が浮かんだのは何かを感じたからなのだろうか。



SIDE:莉緒


「り……お……」


夕日に照らされながら、お姉ちゃんが駐車場に入ってきた。

顔の片側には黒い補修痕が残っていて、首筋にも細い筋が浮いている。

右腕の動きは少し遅れていて、歩くたびに肩が不自然に揺れた。


でも、私を見つけた時の目だけは、お姉ちゃんだった。


怒っているようにも、泣いているようにも見える。

それでも、その奥には確かに、私を心配している時のお姉ちゃんの顔があった。


「お姉ちゃん」


呼んだだけで、喉が苦しくなった。

お姉ちゃんは私を覚えている。

私を探してくれている。

私の名前を呼んでくれる。


だったら、これはお姉ちゃんじゃないなんて言えない。

そんな迷いも生まれてしまう。


「お姉ちゃんが私を嫌いじゃないの、分かってる。

私のこと覚えててくれるのも、心配してくれるのも分かってる。でも、私はまだそっちに行きたくない。まだ生きたいの」


祈るように言葉を紡ぐ。

分かって欲しい。

最初の日のように分かったって言って欲しい。

そんな希望を求めて語りかける。


お姉ちゃんの口元が動いた。


「りお……。ゆま……と…いた……い……?」


息が止まりそうになった。

違う。

そう言いたかった。


でも、違わない。


悠真が好き。

悠真といたい。

お姉ちゃんの妹でいたいのに、悠真の隣にもいたい。

その矛盾から、もう逃げられない。


悠真が前に出ようとした。

私は片手でそれを止めた。

手は震えていた。

でも、止めなければいけなかった。


ここで悠真に庇われたら、また同じになる。

お姉ちゃんは、私を悠真の後ろにいる妹としてしか見てくれない。

私は自分で言わなければいけなかった。


「違う。でも、違わない。私、悠真のことが好き。お姉ちゃんに嫌われても、もう知らないふりはしたくない」


お姉ちゃんの顔が歪んだ。

傷つけたと、そう思った。


お姉ちゃんは私の姉で、悠真の恋人だった。

そのお姉ちゃんに向かって、私は悠真が好きだと言った。

許されるわけがない。

それでも、もう取り消したくなかった。


「澪、聞いてくれ。莉緒はお前を裏切ろうとしてるわけじゃない。俺だってお前のことが大事なんだ」

「ゆま……だめ……」


お姉ちゃんの声が、悠真を遮った。

弱くて、崩れていて、それでもはっきり悠真に向いていた。


「ゆま……わたし……の……」

「りお……いもうと……」

「いもうと……だから……そこ……ちがう……」


胸の奥がきしんだ。

妹だから。

妹なのに。

お姉ちゃんは同じ言葉だけを繰り返す。

本当のお姉ちゃんだったら、拗ねたような顔をして、その後申し訳なさそうな顔をしながらごめんねって言ってくるだろう。

少なくともこんな否定はしてこないはずだ。


「お姉ちゃん」


私が呼ぶと、お姉ちゃんは私を見た。

その目に、一瞬だけ優しさが戻った。

でも、本当に一瞬だった。


お姉ちゃんは両手を広げるように、少しだけ上げた。

右腕の動きはぎこちない。

黒い筋が関節の近くで浮き、腕の形を無理に支えているように見えた。

それでも、その動きは抱きしめようとするものに見えた。


小さい頃、雷が鳴った夜に、私が部屋へ行くと、お姉ちゃんはいつもそうやって腕を広げた。

怖くないよ。

大丈夫だよ。

そう言って、布団の中に入れてくれた。

その記憶をなぞるように、腕を広げて私を待っていた。


「りお……こっち……。あぶ……ない……から。ゆま……と……いると……。りお……いたく……なる……」


その声は優しかった。

優しいから、余計に怖かった。


お姉ちゃんの声で。

お姉ちゃんの顔で。

お姉ちゃんの笑顔で。


語りかけてくる人が、お姉ちゃんと思えなくなっていた。

だから、これはもういないお姉ちゃんへの懺悔でしかなかった。


「痛くてもいい」


小さな声だった。

お姉ちゃんが首を傾ける。


「痛くても、怖くても、私はここにいる。お姉ちゃんのところに行ったら、きっと楽なのかもしれない。でも、それは今の私が選ぶことじゃない」

「りお……わから……ない……。どう……して……。わたし……おねえ……ちゃんなのに……」


お姉ちゃんの声が揺れた。

泣きそうだった。

違うと分かっていても、私も泣きそうだった。


お姉ちゃんなのに。

その言葉だけで、全部が崩れそうになる。


そうだよ。

お姉ちゃんなのに。

私のお姉ちゃんなのに。

どうして私は、その目は私の首筋を見てるんだろう。


「分かんないよね。ごめんね、私も分かんない。お姉ちゃんの妹でいたいのに、悠真の隣にもいたい。こんなの、お姉ちゃんに言っていいことじゃないのに。でも、言わないまま逃げるのはもう嫌なの」


私は一歩前に出た。

悠真が後ろで動いた気配がした。

止めようとしたのだと思う。

でも、止めなかった。


お姉ちゃんも一歩近づいた。


近づけば近づくほど、お姉ちゃんの傷が見える。

黒い筋。

歪んだ口元。

うまく動いていない右腕。

それから、私を見る目。


そこには、怒りもあった。

痛みもあった。

でも、優しさもあった。

優しさだけなら私は逃げたかもしれない。

でも、全部がお姉ちゃんの中にあるから、逃げられなかった。


「りお……。だい……じょうぶ……。おねえ……ちゃんが……きゅう……さい……」


お姉ちゃんの手が、私に伸びた。

優しく私の肩を抱く。

正面から向き合う。

私を慰める時にお姉ちゃんがよくする仕草だった。

ここで終わってくれたら良かったのに、お姉ちゃんはそのまま口を開けた。


あぁ、やっぱりもうダメなんだ。


「ごめんね、でも私が救うから」


私はお姉ちゃんを突き飛ばした。

その体は呆気なく地面を転がる。


もう戻れない。

そう思いながら、私は手に持った棒を振り下ろした。



SIDE:澪


莉緒がいた。


夕日の中に、莉緒が立っていた。

怖そうな顔をしている。泣きそうな顔をしている。

でも、逃げなかった。


よかった。やっと見つけた。今度こそ、ちゃんと話せる。

そう思ったのに、莉緒の隣には悠真がいた。

莉緒が悠真の近くにいる。


――ずっとずっと前から悠真のことが好きだった


その言葉を聞く前なら、何もおかしくない景色だった。

莉緒は私の妹で、悠真は私の恋人で、三人でいることは普通だった。


でも、今は違う。


莉緒が悠真を見る。

悠真が莉緒を庇う。

二人の間に、私が入れない。


そこは違う。

莉緒は妹なのに。

悠真は私の恋人なのに。


どうしてもそんな考えが浮かんでくる。

考えようとすると、頭の奥で何かが引っかかった。

言葉がうまく繋がらない。

でも、嫌だという気持ちだけははっきりしていた。


「莉緒」


名前を呼ぶと、莉緒が私を見た。

ちゃんと私を見てくれた。

そのことに安心して、胸の奥が少しだけ温かくなった。


でも、莉緒はすぐに言った。


まだ、そっちに行きたくない。

まだ、生きたい。


どうして?こっちなら怖くないし痛くもないのに。

お父さんもお母さんもいる。私もいる。悠真だって、来ればいい。

莉緒だけ残る必要なんてない。


なのに、莉緒はこっちへ来ないと言う。


「莉緒は悠真といたいの?」


言葉が出た。

自分で言ってから、胸の奥がざらついた。

違うことを聞きたかった気もする。

どうして怖がるの。

どうしてお姉ちゃんのところへ来ないの。

そう聞きたかったはずなのに、出てきたのはそれだった。


莉緒が傷ついた顔をした。

私も傷ついた。


悠真が前へ出ようとする。

莉緒がそれを止める。

その手が、悠真に向けられている。

その動きが、妙に目に残った。


莉緒は言った。


悠真のことが好き。

お姉ちゃんに嫌われても、知らないふりはしたくない。


頭の中が白くなった。

でも、莉緒が泣きそうな顔をしているのは分かった。

私を傷つけたことを分かっている顔だった。

それなのに、言った。


悠真が何かを言うけど、上手く聞き取れない。


そうじゃない。

そうじゃないのに。

悠真はどうして莉緒を見るの。

どうして莉緒の方に立つの。


「悠真ダメ」


声が出た。悠真を止めたかった。

これ以上、莉緒の方へ行ってほしくなかった。


だめだよ、悠真は私の彼氏だから莉緒にはあげられないよ。

笑いながらそう言おうと思ったのに、出てきた言葉は違った。


「悠真は私のだから、莉緒は妹でしょ、妹だからそこにいたらダメ」


出てきた言葉は思った言葉じゃなくて、それでも自分の本心だってわかるのが痛かった。


「お姉ちゃん」


莉緒が呼んだ。


その声で、少しだけ頭の中の熱が引いた。

莉緒だ。

私の妹だ。

でも、その隣には悠真が寄り添ってる。

悠真は心配そうに莉緒を見つめてる。


いつものように抱きしめてあげよう。

そして、ちゃんと話をしよう。

莉緒はちゃんと莉緒の好きな人を見つけなさいって。

その後で、悠真にも距離を注意しないとね。

また、莉緒が勘違いしないように気をつけてって。


私は両手を上げて莉緒を呼ぶ。


「莉緒こっちおいで。危ないから。悠真といると、莉緒は痛くなるよ」


莉緒は痛そうな顔をしている。

悠真を好きになったからだ、妹のままだったらそんな痛そうな顔しなくてよかったのに。

だから、私が救済してあげないと、そうしたらきっとこれまで通りの姉妹に戻れる。


なのに、莉緒は言った。


痛くてもいい。

怖くても、ここにいる。

それは今の私が選ぶことじゃない。


選ぶ。

莉緒が、自分で選ぶと言った。


どうして。

お姉ちゃんなのに。

私が大丈夫だと言っているのに。

莉緒を怖い場所に置いておきたくないだけなのに。


「莉緒分からないよ。どうしてそんなわがまま言うの?私お姉ちゃんなのにどうすればいいの?」


本当に分からなかった。

莉緒は泣きそうな顔で、私に謝った。

お姉ちゃんの妹でいたい。

悠真の隣にもいたい。

言わないまま逃げるのは嫌だ。


その言葉が、何も理解できない。

莉緒は私の可愛い妹で、悠真にとっても可愛い妹だったはずなのに。

悠真のことが好きで、ずっとそばで守られていて。

二人で、いつも私から逃げている。


私は莉緒へ近づいた。

莉緒も一歩前へ出た。


救済すれば大丈夫、元に戻れるよね?

そうすれば、莉緒はもう泣かなくていい。

莉緒の首筋を眺めながらそんなことを考える。


「莉緒。大丈夫だよ。お姉ちゃんが救済してあげるから。」


安心させるように、莉緒の肩を抱いて顔を覗き込む。

泣きそうなら頭を撫でてあげよう。背中をさすってあげよう。

そうして落ち着いたら救済しよう。


莉緒の顔が変わった。

泣きそうで、苦しそうで、でもどこか決めたような顔だった。


「ごめんね、でも私が救うから」


その言葉の意味を考える前に、莉緒の手が動いた。

突き飛ばされて地面に転がる。

膝を擦りむいたかもしれない。

膝を確認しようとしたところで、鈍い音がした。


頭が揺れた。

体が傾いた。

夕日の赤が、ぐちゃりと滲む。

何が起きたのか分からなかった。


痛い。


遅れて、それだけが来た。

痛い。莉緒が、私を叩いた。


地面が近い。

アスファルトの匂いがする。

頬に硬いものが当たっている。

体を起こそうとしても、右腕がうまく動かない。


「ごめん!ごめん!ごめん!」


何度も何度も莉緒が叩いてくる。

どうして?なんで叩くの?

悠真助けて。


視線を向けると、悠真は私じゃなくて莉緒を見ていた。

なんで、莉緒を見てるの?


ようやく叩くのが終わった。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!ごめんなさい!ごめんなさい」


私に寄り添って、莉緒が泣いてる。

なんで叩いた莉緒が泣いてるの?

泣いてる莉緒を悠真が離れたところから見つめてる。


なんで?


頭がはっきりしないのに、2人の姿だけはしっかりと見えている。


考えてもすぐによく分からなくなる。

言葉が上手く繋がらない


莉緒が泣いている。

悠真が莉緒を抱きしめてる。

悠真は莉緒を選んだ。

私を叩いたのに。

私を拒んだのに。

妹なのに。


痛い。

怖い。

悲しい。

悔しい。

嫌だ。


莉緒がかわいい。

莉緒が邪魔。


違う。莉緒が大事。

莉緒は妹。

悠真が莉緒を見てる。

莉緒がいるから悠真が遠い。

莉緒がいるから、悠真が私を見ない。

莉緒が私を叩いた。

莉緒が私を壊した。


「お姉ちゃん!おねぇちゃんおねぇちゃん、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」


うるさい。

泣かないで。

泣くなら、どうして叩いたの。

どうして悠真の隣にいるの。

どうして私を選ばないの。


体が動いた。

動けるようになった。


私は体を起こした。

視界が歪んでいる。

莉緒がぼやけて見える。

悠真もいる。

悠真が莉緒を見ている。

私ではなく、莉緒を見ている。


やっぱり、莉緒が邪魔だ。


足元に棒があった。

莉緒が落とした棒だった。


手が伸びる。

指がうまく曲がらない。

それでも掴めた。


「澪!」


悠真の声がした。

怒っているのか、怯えているのか、分からなかった。

でも、悠真は私を見た。

やっと私を見た。


なのに、その声は私を止める声だった。


どうして。

莉緒は私を叩いたのに。

莉緒は悠真を取ったのに。

莉緒は妹なのに。


私は棒を振り上げた。

莉緒が顔を上げる。

泣いている。

かわいい妹の顔だった。

私を見て、お姉ちゃんと呼ぼうとしている顔だった。


でも、その奥に、悠真の隣に立つ莉緒が見えた。

私を拒んだ莉緒が見えた。

私を叩いた莉緒が見えた。


いらない。


そう思った。


私は棒を振り下ろした。



あとがき

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

読後に何か残るものがありましたら、♡やコメントで反応をいただけると励みになります。



あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きも読んでいただけたら嬉しいです。


読後に何か残るものがありましたら、リアクションやコメントで反応をいただけると励みになります。

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