第11話 町内会議
町内会館の蛍光灯は半分だけ点いていて、古い長机の上に白い光を落としていた。
入口のガラスにはひびが入り、外側から貼られた養生テープが風で少し浮いている。
昨日の夜、人間に襲われた時についた傷らしい。
誰かが、そう教えてくれた。
今日は町内会の集まりがあるからと父に止められて、悠真を探しに行けなかった。
早く二人を救済したいのに。
私たちがつくと集会場にはすでに二十人ほどの人が集まり議論を開始していた。
首筋に黒い痣のようなものがある以外、みんな普通の人間に見えた。
「アイツらはもう話も聞かず襲いかかってくる!アイツらにとっては俺たちは単なる化け物だ、実際にゾンビなんて呼ばれてる!こちらも武器を持たなきゃ一方的にやられるだけだってのになんで分かんない!」
優しくて子どもたちに人気だったおもちゃ屋の主人がそう怒鳴ると、周りの人たちも同意する。
「同じ人間じゃないか、話せば分かる。いまはただ怯えてるだけだ。私たちは傷も治るし、耐えて説得しよう。」
今度は自治会長がそう返すと、その周囲の人たちが同意する。
どうやらふたつの意見で対立しているようだった。
私はどっちだろう?
悠真は鉄パイプで殴ってきた。
莉緒は木の棒を構えて怯えていた。
バットを持った男の人に追いかけられた。
女の人には包丁を向けて脅された。
悠真と莉緒は怯えてるだけ、話せば分かると信じてる。
でも、他の人は?
そう考えたところで、男がこちらを見る。
「牧村さんの娘さんだって、彼氏にやられて酷い傷を負ったじゃないか!幸い無事治ったからいいものの、酷すぎる怪我をしたやつの中には、まともに治らなくて動けなくなったやつだっているんだぞ!」
私は、その言葉で近所のコンビニの店員さんを思い出した。
頭をひどく壊されたあとも動いていて、最初は同じ言葉を繰り返すだけだった。
今では少しは話せるようになったものの、やっぱりどこかが変だった。
私もどこか変になったんだろうか?
「お父さん、私なにか変になってるのかな?」
「そうだな、二人を救えなくて焦ってるのか、ほんのちょっとだけ怒りっぽくなってるな」
「うん、それは自覚ある……、悠真も莉緒も全然話聞いてくれないんだもん」
「大丈夫、きっと分かってくれるさ」
お父さんはそう言って、優しく私を撫でてくれる。
たくさんの人に見られてる中で恥ずかしいと思いながらも、少しだけ心が軽くなった気がする。
「牧村さんはどう思う?」
「私はまだ襲われていないのでなんとも言えませんが……、澪、お前はどう思う?」
父が私に回答を丸投げする。
大事な時に役に立たないっていうのは、お母さんの口癖だったけど、こんな時くらいは役に立って欲しい。
「そうですね……、私は大切な人を傷つけたくないです……、でも、みんな集団で向かってくるから、一人で行くのは危険かなって思い始めてます」
人間たちは武装して集団で出歩くようになった。
こちらを見かけると大勢で追いかけてくる。
そのせいで昨日は悠真たちを説得することができなかった。
「ほら、澪さんでさえこう思ってるんだ。争わないようになんて無理なんだよ!」
「まずは、1度接触を控えよう。みんな興奮してるだけで、時間が経てば落ち着くはずだ。」
落ち着くだろうか?
私にはどうしても落ち着いて話し合いができるようには思えなかった。
でも、大人がそういうのならそうなのかもしれない。
時間を開けたら悠真たちも話聞いてくれるのかな?
「あんたは家族全員救済されてるからいいよな。外にだってほとんど出てないんだろ?俺はな、息子に殴り倒されたんだ、いや俺はまぁいい、あいつは自分の妻まで殺そうとしたんだぞ」
今度はお弁当屋のおじさんが声を上げる。
息子さんだけまだ救済ができてない。
「それだって、時間が経てば治るんだ、今は我慢するしかない」
「治る治らないんじゃないんだよ。息子から化け物を見るような目で見られて。化け物にあったかのように泣き叫ばれながら石で殴られ続けた。あんな経験したら、時間が解決してくれるなんて思えないんだよ」
似たような経験した人も多いんだろう。
目を伏せ、涙を流す人がたくさんいた。
私も悠真に鉄パイプで殴られたことを思い出し涙が零れる。
「そんなに言うのであれば、あんたが一人で説得に行ってこいよ。」
「安全な場所で一人だけ無傷なままじゃ説得力ないよな」
「そこまで言うなら、見せてもらおうぜ」
周りからはそんな不穏な言葉が漏れ始める。
私も口には出せないものの同じ気持ちを捨てきれずにいた。
「おい、人間が攻めてきたぞ!」
見張りをしていた男が駆け込んでくる。
「あちらから攻めてきたけど、どうするんだ?俺は戦うに1票だ。少なくとも子どもが逃げる時間くらいは稼がないとな」
おもちゃ屋さんは壁に立てかけてあったバットを手に取りながら、こちらに視線を向ける。
時間を稼ぐから逃げろ、そう視線が語っていた。
「待て!まずは話し合いを!」
「そんなこと言ってる場合じゃないのが分からないのか!自殺したいなら一人でしろ!俺たちを巻き込むな!」
戦うしかないというのは私でさえ分かっているのに、プライドからなのか自治会長は話し合うようにと勧めてくる。
「分かった、まずは私が話し合ってくる」
自分の意思からではないのだろう、悔しそうな顔をしながら外へ向かっていく。
プライド、周りの視線そういったものが合わさって、引くに引けない状態になったから仕方なく、そんな雰囲気だった。
自治会長が外に出て人間に近づいていくのをみんなで見守る。
10メートルほどの距離を開けて立ち止まり集団に向けて何かを話しかけている。
集団はその声を聞く気がないのか、足を止めることなく進み続ける。
8メートル
7メートル
6メートル
自治会長は背を向けて逃げ出したが、既に遅かった。
集団に取り込まれた後はどうなったのか分からないけど、集団は足を止めることなく近づいてくる。
「だから言ったんだ!」
悔しそうな顔で、おもちゃ屋さんが叫ぶ。
優しい人だから、あんなことを言いつつも心配してたんだろうな。
「裏にはまだ集まっていないみたいです。牧村さんたち子どもがいる人は裏から逃げてください。私たちは時間を稼いでから逃げます。」
そう言って武器を持った人達が外に出ていく。
「澪!逃げるぞ!」
お父さんに手を引かれて裏口へ向かう。
外に出ると既に日は沈み、大きな月が出ていた。
――今夜は月が綺麗ですね。
知ったばかりの言葉を使いたかったんだろう。
真面目な顔で告げてきた悠真のことを思い出して、こんな時なのに笑ってしまいそうになる。
あの日もこんな満月だったな。
そんなことを考えながらしばらく走ったところで突然後ろが明るくなった。
振り返ると、先ほどまでいた町内会館の窓の奥で、赤い光が揺れていた。
誰かの叫び声と、何かが割れる音が重なって、夜の住宅街に広がっていく。
お父さんは私の手を強く引いた。
私はその光を見ながら、さっきまであの場所で話していた人たちの顔を思い出していた。
*
SIDE:駆除隊
「おい、自治会長だ」
「損害はなさそうだけど、話すか?」
「いや……、話しても意味ないことは分かってる。仕方がないが、他と同じように処理しよう」
駆除隊のリーダーがそう言った。
これまであいつらの言葉に耳を傾けて、何人もの仲間がやられてきた。
母親の声で呼ばれて近づいた男が噛まれた。
恋人に名前を呼ばれて泣いた女が噛まれた。
助けてくれと言われて外に出たやつは、そのまま帰ってこなかった。
だから、もう会話の余地はない。
まともに見えるやつほど、たちが悪い。
自治会長の処理を数人のメンバーに託しさらに進んでいく。
会館の前は小さな公園になっている。
いまはそこに武装したゾンビたちが群れをなしていた。
頭の凹みが黒い何かで補修されたおもちゃ屋の主人は、何を言っているのか分からない呻き声を上げている。
惣菜屋の親父は、自分が救済に失敗して殺した息子のことを忘れたかのように息子のことを呼び続けている。
まともに会話ができるゾンビは一人もいない。
「その方がやりやすくていい」
自分に言い聞かせるように言って、俺は用意してきた火炎瓶に火をつけた。
*
あとがき
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