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魔族少女の人生譚  作者: 月餅
第一章 すべての始まり
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第七話 出会う

 先生のその反応を見た瞬間、自分でも不思議なくらい胸の奥が静かになっていくのを感じた。


 昨日までの私は、ただ混乱していた。

 何が起きているのか分からず、怖くて、逃げたくて、それでも頭のどこかでは全部夢であってほしいと思っていた。


 けれど今は違う。


 分からないままでも、前へ進かなきゃいけない。

 そんな感覚だけが、不思議なほどはっきりしていた。


 先生は椅子へ腰掛けたまま、じっとこちらを見ている。その視線には呆れも混じっていたが、それ以上に、何かを測るような静けさがあった。


「……昨日あんなことがあった直後だぞ」


「分かってます」


「軍部はお前を危険視している」


「それも分かってます」


「下手をすれば、お前自身がまた制御を失う可能性もある」


 そこまで言われると、流石に言葉が詰まった。


 否定できなかった。

 実際、昨日の私は自分を止められなかったのだから。


 けれど。


「それでも出たいんです」


 声は思ったより落ち着いていた。


「……逃げたくない」


 その言葉を聞いた瞬間、先生の目がほんの少しだけ細められた。


 窓の外では、朝の光がゆっくりと強くなり始めていた。訓練場の方からは木剣のぶつかり合う音が聞こえる。きっともう、自主練を始めている生徒たちがいるのだろう。


 いつも通りの朝だった。


 昨日、あれだけの騒ぎがあったのに、それでも世界は止まらない。

 学園は動き続ける。

 人も、時間も、何事もなかったみたいに。


 だからこそ、ここで自分だけ立ち止まってしまったら、本当に置いていかれる気がした。


 先生は長く息を吐いたあと、ゆっくり立ち上がった。


「……学園長には伝えておく」


「!」


「ただし条件付きだ」


 私は反射的に背筋を伸ばす。


「今日一日は単独行動禁止。基本誰かの監視がついていると思え」


「子供扱い……」


「昨日訓練棟を吹き飛ばしかけた奴が何を言う」


「うっ」


「あと、少しでも異常を感じたらすぐ申告しろ。頭痛でも、耳鳴りでも、魔力の違和感でも何でもだ。隠すな」


 その声音には、有無を言わせない強さがあった。

 私は小さく頷く。


「……はい」


「よし」


 先生はそこでようやく少しだけ表情を緩めた。


 けれど、その直後だった。


 こんこん、と。


 再び扉が叩かれる。


 今度は静かなノックだった。

 けれど不思議と、部屋の空気が一瞬で張り詰める。


 先生の表情が変わった。


「……来たか」


 低く呟かれた声。

 私は無意識に息を止める。


 先生は数秒だけ扉を見つめ、それから小さく舌打ちした。


「入れ」


 扉が開く。


 最初に見えたのは、深い翠色だった。


 艶のある長衣。

 そこへ繊細な銀糸の刺繍が走っている。派手ではない。だが、一目で分かるほど質が違った。

 静かな足音と共に部屋へ入ってきた女は、朝の光を背負うみたいにそこへ立つ。


 長く整えられ、水のように流れる青い髪。

 陶器のような白い肌。

 そして、宝石みたいな翠の瞳。


 若く見える。

 けれど同時に、妙に年齢不詳な空気がある。


 部屋へ入った瞬間、空気そのものが静まった気がした。


「朝からごめんなさい、先生」


 柔らかな声だった。

 耳に心地いいのに、不思議と印象に残る声。


 女――エリヌ・フォン・スルナは、にこりと微笑んだ。


「学園長との話が長引いてしまって」


「……お前が来ると毎回面倒事になるな」


「あら酷い」


 そう言いながらも、エリヌはまったく気分を害した様子を見せない。

 むしろ少し楽しそうですらあった。


 私は思わずその姿を見つめていた。


 四天王。

 魔王軍最高戦力。


 もっと威圧感のある存在を想像していた。

 近づくだけで震え上がるような、そんな怪物じみた何かを。


 けれど目の前にいる女から感じるのは、むしろ静けさだった。


 静かで。

 穏やかで。

 だからこそ、逆に底が見えない。


 エリヌの視線が、ゆっくりこちらへ向く。


 その瞬間、胸の奥が、どくり、と脈打った。


 理由は分からない。

 威圧された訳でもない。

 殺気を向けられた訳でもない。


 なのに、本能みたいな何かが小さく警鐘を鳴らした。


 ――この人は危険だ、と。


 エリヌはそんな私を見つめたあと、ふ、と柔らかく笑った。


「初めまして、ウィディナさん」


 その声は、驚くほど優しかった。


「お話は色々聞いていますよ」


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