表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族少女の人生譚  作者: 月餅
第一章 すべての始まり
10/11

第九話 対話

 部屋の中へ、短い沈黙が落ちた。


 窓の外では、朝の風が梢を揺らしている。遠くから聞こえる訓練場の喧騒は変わらず賑やかなのに、この部屋だけ時間の流れが少し違うみたいだった。


 エリヌはそんな静寂の中で、私の返答を聞いたあともしばらく何も言わなかった。

 ただ静かにこちらを見ている。

 その翠の瞳には、探るような色も、試すような色も浮かんでいない。

 なのに落ち着かなかった。


 見透かされている。


 そんな感覚だけが、じわじわと胸の奥へ沈んでいく。


「……そうですか」


 やがてエリヌは小さく微笑んだ。


「なら安心しました」


「安心……?」


「ええ」


 彼女は穏やかな口調のまま続ける。


「力というものは、持っただけでは意味がありませんから。恐れて閉じ込める人もいれば、振り回されて壊れる人もいる。けれど、自分から前へ進こうとする人は案外少ないのです」


 静かな声だった。

 説教じみてもいない。

 ただ事実を話しているだけみたいな声音。


 なのに、その言葉は妙に胸へ残った。


 私は無意識に視線を落とす。

 右手。

 昨日、暴走した魔力を放った手。


 今は静かだ。

 信じられないくらいに。


 けれど、だからこそ怖かった。

 本当に落ち着いたのか、それともただ眠っているだけなのか、自分でも分からない。


「……お前」


 低い声が割り込む。


「それ以上はやめておけ」


 部屋の空気が僅かに張る。

 エリヌは振り返り、少しだけ困ったように笑った。


「先生、警戒しすぎですよ」


「お前相手なら足りんくらいだ」


「酷い言われようですねぇ」


 軽いやり取り。

 けれど先生の目は笑っていなかった。


 エリヌも、それを理解しているのだろう。

 彼女は小さく肩を竦めると、それ以上踏み込むのをやめた。


 代わりに、ふと窓の外へ視線を向ける。


「……今日、訓練場を使う予定はありますか?」


「序列戦の調整中だ。未定だな」


「そうですか」


 エリヌは静かに頷いたあと、再びこちらを見る。


「なら、少しだけ安心ですね」


「……何がですか」


 思わず聞き返すと、エリヌはくすりと笑う。


「今の貴女を、大勢の前へ立たせるのは少し早い気がしましたから」


 その瞬間、胸の奥が僅かにざわついた。


 今の私。


 その言い方が妙に引っかかる。

 まるで、これから何か変わっていく前提みたいだった。


 私は思わず眉を寄せる。

 だがエリヌはそれ以上説明する気はないらしく、自然な動作で部屋の中を見回した。

 その視線が、机の上で開いたままになっていた教本へ止まる。


「風属性なのですね」


「……はい」


「珍しい」


 ぽつりと落ちた言葉に、私は少しだけ目を瞬かせた。


 確かに風属性は数が少ない。

 火、水、土に並んで基本四属性であるのに、その数は他三つに比べかなり希少だ。

 だからこそ軍部からの期待値も高いし、序列戦でも自然と注目される。


 エリヌは教本を眺めながら、どこか懐かしそうに目を細めた。


「風は難しい属性です」


「難しい?」


「形がないでしょう?」


 私は少し考える。


「……まあ」


「火なら燃える。氷なら凍る。雷なら撃ち落とす。けれど風は違う。掴めないし、留まらない。だから制御する人間の性質が、他属性より強く出やすいのです」


 その言葉に、私は昨日の感覚を思い出す。


 暴走した風。

 刃みたいに吹き荒れた魔力。

 自分の感情と連動するみたいに膨れ上がった力。


「特に強い風ほど、意志へ引っ張られる」


 エリヌの声が静かに響く。


「だから風使いは、自分自身を理解していないと壊れやすい」


 私は言葉を失った。


 それはまるで。

 昨日の私そのものを説明されているみたいだったからだ。


 先生が僅かに眉を寄せる。


「……お前、最初からそれを言いに来たのか?」


「半分くらいは」


「残り半分は?」


 するとエリヌは、少しだけ楽しそうに笑った。


「勧誘です」


 空気が止まる。

 私は目を見開き、カロナ先生は露骨に嫌そうな顔をした。


「やはりそれか」


「だって優秀な人材は欲しいじゃないですか」


「学生だぞ」


「でも才能があります」


 エリヌはさらりと言った。


「それも、とても」


 その言葉に、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。


 才能。


 昔から言われ続けてきた言葉だった。

 先生にも。

 周囲にも。


 けれど昨日の出来事を経たあとでは、その言葉が急に別の意味を持ち始めている気がした。


 才能。

 あるいは危険性。

 その境界が、急速に曖昧になっていく。


 エリヌはそんな私を見つめながら、穏やかに続けた。


「もちろん今すぐ答えを出せ、なんて言いませんよ」


 その声は本当に優しかった。


「ただ、覚えておいてください」


 翠の瞳が静かに細められる。


「もし貴女が、自分の力を知りたいと思った時」


 そして、


「もし、今いる場所では辿り着けないと感じた時は――私はいつでも歓迎します」


 その瞬間。胸の奥で、何かが脈打った。


 昨日の暴走とは違う。

 もっと静かな感覚。


 けれど確かに、自分の中の“何か”が、その言葉へ反応したのを感じた。


 私は思わず息を呑む。


 するとエリヌは、それを見ていたみたいに静かに微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ