新たなターゲット
倉石瑞稀。 奴は駄目だ! 他のターゲットにしようーー
放課後。 校舎裏の壁際に、櫻井美羽が一人で立っていた。
金髪に白いヘアバンド。 制服は寸分の乱れもなく、両手は体の横にきちんと下ろされて、視線だけがどこか遠くを見ている。 その面は、表情というものが抜け落ちていた。
アタイは手前で足を止めた。 深く息を吸う。 覚悟決めるぜ!
「はわわ。 こんな所に櫻井さんです!」
「吉澤さんですか……」
声をかけながら駆け寄ると、美羽の睫毛がほんの少しだけ動いた。こっちを見る。 ーーけれど、反応はそれだけだった。
「えっと。 こんなところで、どうしたんですかぁ?」
「……別に」
胸の前で両手を握り合わせて、上目遣いをするアタイ。
しかし、対する美羽はアタイのことなんか、眼中にないようだ。
アタイは内心で舌打ちしながら、笑顔をキープする。
「何かお悩みですか? ⋯⋯私で良ければ、お話、聞きますよぉ?」
「⋯⋯吉澤さん」
ようやく美羽の唇が動いた。 低い、無機質な声だった。
「私のことは、ほっといてくれますか?」
「え? どうしてですか?」
美羽は視線を落とした。 アタイの作り笑顔が、ほんの一瞬、固まった。
「⋯⋯はい、わかりました……」
アタイは、そう答えることしかできなかった。
ーーこいつ、本気で何か抱えてやがる。 去り際、美羽の横顔を盗み見る。 何の感情も乗っていない表情。
ーーアタイが、美羽の素顔を暴いてやる!
◇◇◇
桐原家の玄関が見える電柱の陰で、アタイは粘っていた。 全ては、美羽の弱みを掴むためだ。
櫻井美羽は現在、この家に住んでやがる。 世話係って奴か?
夜の十時を過ぎた頃、玄関のドアが開いた。 なぜかメイド服姿の美羽が出てきた。 予想外すぎて、アタイは思わず身を縮めた。
美羽は、桐原家から五十メートルも歩かないうちに、古びたベンチに座り込んだ。 両手を膝の上で組んで俯いて。 街灯の光が、頬を伝う雫を照らしていた。
「……私は何のために生きているのかしら……」
小さく呟く彼女の声が、アタイの耳に微かに聞こえた。 話しかけるべきだ。 この瞬間を逃したら、こんなチャンスは二度とない。 でも、足が動かなかった。 なんでだろう。 胸の奥がじくっと痛い。
今日は、やめておこう。 ーーそっと踵を返した、その瞬間だった。
「吉澤さん?」
「……舞香さん」
振り返らなくても、わかる。 聞いたことのある声。 あの家の住人。 桐原舞香が、アタイのすぐ後ろに、立っていた。
アタイは舞香に連れられて、桐原家に入った。 姉である、桐原彩乃がいねぇようだがーー
「お姉ちゃんは、湊さんの所へ行っているの……」
「……」
ーー高坂湊。
かつて、神子様の召使いだ。 神子様のことを忘れ、その仇である彩乃と付き合っている事実に、アタイは内心舌打ちをする。
ーー堪えろ、吉澤ひとみ! 今はそれどころじゃねえだろ!
「櫻井さんはどうして……」
「……美羽さんはもともと、川端ことねの側近になるために育てられたそうです。 でもあの文化祭の日。 彼女の存在は消失しました。 ……美羽さんの生きる理由と共に」
「……」
それはつまり、櫻井美羽ーー 彼女も、アタイと同じって訳だな。 そうか、そうか。 だったらちょうどいい。
私は、舞香に向けてこういった。
「あわわ。 私におまかせください、舞香さん!」
「……本当に? お願いね、吉澤さん」
仕方ネェ。 同族のよしみだ。 一丁やるか!




