体育大会? そんなイベントあったっけ?
夜の部屋の中に、明かりをつけずに立つこの部屋の主、川端ことねがいました。 彼女は鏡をひたすらじっと見つめていました。 そこへよろよろした足取りで高坂湊が来ました。
「⋯⋯お嬢様、⋯⋯現在も桐原彩乃は意識不明のままです⋯⋯」
「それはお気の毒さまですね⋯⋯しかし、とても良い口実が出来ましたわね」
「⋯⋯口実?⋯⋯」
「ええ、素晴らしい口実ね! 『私達』にとってね」
彼女は、視線は鏡のままでした。 ーーその様子は、まるで鏡の中にいるナニカに話しかけているようでした。
「伝統の行事がなくなる絶望。 お前の望みよね『理想』の使徒さん」
その日の朝、体育館に全校生徒が集まることになった。 理由は不明。 生徒達の大半はこの時間の無意味を訴えていた。 倉石瑞稀もその一人でした。
「もう! こんな時間があるなら体育大会の練習をしたいのに!」
「そうだそうだ! まったく、時間の無駄だぜ!」
この場にいるほとんどの生徒が学校のイベント『体育大会』を楽しみにしていました。
この時期に開催するのは、一年生たちに団結して行事をこなすことで、学校やクラスメイトたちと仲良くなって欲しいーー そういう意識が込められているのです。
それは彼女、倉石瑞稀も同じでした。 彼女は、黒髪に伊達メガネ姿の、おとなしめの容姿です。
倉石瑞稀もこの行事の後にある、生徒会選挙の前の息抜きとして、楽しみにしていたのです。
ーー瑞稀は観る専としてですね。
やがて、校長先生が高台へ立ちました。 しかし近くにいる人は、校長先生の様子が変であることに気づいていました。
「⋯⋯今回、開催予定だった、体育大会は中止いたします⋯⋯」
その校長から出た発言に全校生徒は驚愕しました。 ある者は耳を疑い、またある者は野次を飛ばすなど、体育館は一瞬で修羅場と化しました。
倉石瑞稀は突然の発言にボーッとしていましたが、同時に心当たりを思い出しました。
それは先日のこと、クラスメイトの桐原彩乃が怪我をした。 別のクラスの男子生徒が投げたボールに彼女が接触した。 彼女はまだ、帰って来ていないが、それが関係しているの?
そのとき、「静かに」と女性の声が響いた。 あんなに騒がしかった、体育館が静まり返ります。 それは明らかに異様なことでした。
まるで不思議な力で、発言を禁止されたような錯覚を覚えます。
「当然です。 負傷者が出たんですものね。 桐原彩乃は数日経った今も、意識が戻っていないわ。 怪我人が出たのだから、行事を中止にすることは当然。 そうよね?」
体育館に彼女ーー川端ことねの歩く足音だけが響きます。
そして彼女は、校長のいた場所に立つと発言を続けました。
「負傷者は、桐原彩乃一年。 ⋯⋯クラスメイトでした。 原因は加害者の怠慢ね。 ⋯⋯彼は今頃なにをしているのかしら? ⋯⋯ね、みなさん?」
川端ことねの発言は、加害者を処罰したという事実を伝えています。 そして言外に、川端ことねに逆らうと、こうなると言われているようでした。
◇◇◇
授業終わりのホームルーム。 教室の黒板の前には一人の女子生徒がいます。
「さて、それでは迫ってきた、体育大会に向けての練習を今日から始めよう!」
クラス委員長の倉石瑞稀が代表で、体育大会の人員決めが行われていました。
それをことねは、ハテナマークを浮かべながら聞いていた。
「体育大会? そんなイベントあったっけ?」
「ことね、この学校の伝統行事だぞ! 創立からどんなことがあっても中止したことがないんだ!」
「へ〜 すごいね~」
「凄いねじゃなくて、ことねにはとても関係ある話なんだぞ!」
湊が難しいことを言っていますが、ことねにはよくわかりませんでした。 理解したのは、一日かけた体育の授業がある。 だから今日からその練習をしよう! ということでした。
一方彩乃は、ぶつぶつとなにかを呟きます。
「⋯⋯私が怪我をしなかったから、ストーリーが変わったの⋯⋯」
「あ! たしかあの時謝罪してた男子が、体育大会の練習とか言ってたよね!」
「私、体育大会当日は休むわ⋯⋯」
「駄目だよ、彩乃ちゃん! 一緒に頑張ろ!」
ことねは運動が好きなのでした。 毎日、ジョギングをしたり筋トレをしている、ぐらいには。
でもそれより好きなのは、湊のようですが。
「運動した後の湊のご飯は、美味しいんだよ! 運動の疲れも湊の笑顔を見れば消えてなくなるよ!」
「はいはい、それはよかったですね」
「もう、そんな態度じゃ、湊は落とせないよ! 彩乃ちゃん!」
「⋯⋯はあ、もう別にどうでもいいかなぁ」
「⋯⋯それはどういうことかしら」
その言葉に、ことねは衝撃を受けました。
恋のライバルが突然辞退した、ということは? このまま、一人勝ち? ことねは勝利の笑みを浮かべたのでした。
そんなことねの様子を彩乃は訝しみました。
「なによ、ニヤニヤして」
「⋯⋯別に! 勝利の笑みを浮かべていただけだよ!」
三者三様の状況を見せる三人。 教壇にいる倉石瑞稀はこう思いました。
コイツら全然私の話を聞いてねぇ、と。
「⋯⋯そんなつもりなんだ。 だったらいいよね⋯⋯」
瑞稀は悪ガキのような笑みを浮かべ、黒板に勢いよく、文字を書くのです。
「これで完成! ⋯⋯私は、観る専決定だね!」
その後、半ば強引に三人を説得した瑞稀。 ニコニコしながら、帰ってしまいました。
ーー瑞稀! クラス練習があるのに、帰るのですか?
朝方の住宅街をカバンを持って走る女子高生がいました。 そんなに焦って、彼女はどこへ行こうとしているのでしょうか? もう彼女の居場所なんて、どこにも存在しないのにーー




