原作世界 湊の記憶
高笑いすることねの声が、生徒会長室に響く中、湊は意識を昔に戻していたーー
湊が思い出すのは、あの日。 ことねに悪霊が取り憑いた日でした。
幼いあの日。 湊はことねの家の中で、二人でお留守番をしていました。
その時、ことねが、湊に向けてこう言いました。
「湊! これからお出掛けしましょう!」
「駄目だよ、いつも勝手に出歩いて怒られているだろ?」
「⋯⋯父様も母様も私に過保護すぎるよ!」
ことねは、この地において「神子」と呼ばれる、重要な存在だったのです。
「当たり前だろ! ことねは、大事な存在なんだから……」
「⋯⋯大事。 それって私のこと自身が? それとも存在が?」
「え? そ、それは⋯⋯」
「⋯⋯湊。 答えてくれないんだ⋯⋯」
ーーあの時、なんで俺は答えなかったんだろう。 そしてなぜ今、あの時のことを思い出しているのだろう。
湊の脳裏に後悔の念が浮かびます。 そして、記憶は夜中の山中へ。
「ことね! どこに行ったんだ! ことね!」
真夜中に、一人の少女を呼ぶ湊の声が、響きました。
ことねは、湊が親の元へ帰った後、姿を消したのです。
すぐに捜査が始まりました。 湊も懸命にことねを探します。 心当たりを探しても見つからず、諦めて俯いたその時に、湊はことねの私物を発見しました。
「ことねが、いつも履いてる靴! ⋯⋯この山道は!」
湊は山へ駆け出しました。 冷静であれば、大人たちと一緒に向かうべきでしたが、それどころではありませんでした。 この山頂には祠があり、そこには、悪霊が取り憑いているというーー
ことねは、自分の存在を否定したかったのでしょうか? それとも、一人のただの少女として、みんなに見てもらいたかったのでしょうか?
湊は、今日の彼女の問いかけに、答えられなかった自分を恨みました。
「ことね! ⋯⋯! ことね!」
湊は川端ことねを発見しました。 場所は山頂の祠の前でした。
目の前には、禍々しい雰囲気が漂っており、彼女の手には破れた札がありました。
「ことね! まさか⋯⋯」
「湊⋯⋯これでもう私は、ただの一人の女の子だよ。 だから⋯⋯」
『この気配は。 ⋯⋯お前が今代の川端の神子か⋯⋯』
「え? 本当に悪霊がいたんだ……」
「ことね! 危ない!」
聞こえた声に呆然とすることねを、湊は後ろへ庇います。
「なにあれ。⋯⋯もしかして、私はとんでもないことをしたの?」
『ハハハ! 神子様は自分のやったこともわかっていないようだ!」
「私はただ、一人の女の子として湊に見てもらいたかっただけなのに⋯⋯」
「ことね! 悪霊の言葉に耳を傾けてるな!」
湊は悪霊と対峙します。 しかし、体がいうことを聞きません。
『所詮、ガキか⋯⋯その絶望! 心ごと喰らい尽くしてやろう!』
「駄目! 湊に手を出さないで!」
「ことね! なにを言って……」
今度は、ことねが湊の前に飛び出しました。
『ハハハ! 面白い! なら、俺の理想のために生きるのだな! お前の好きなコイツのために!』
「はい、かしこまりました。 身も心もすべて貴方のために、捧げます⋯⋯」
ことねは、前に立ち霊を迎え入れるように手を広げます。
そして、悪霊がことねの体に、吸い込まれるように消えていきました。
「ことね! しっかりしろ! 大丈夫か!」
湊は、ことねを抱きしめようと手を伸ばしました。 しかしーー
「⋯⋯ことね? 私は川端家の神子よ! これからはお嬢様と呼びなさい。 ⋯⋯感じるお前の絶望が⋯⋯私に力をくれるわ!」
ことねはそういうと一人、山を降りていきました。
◇◇◇
悪霊は彼女の周りをまるで蝕むように、孤立させていきました。 それでも、湊だけはことねから離れませんでした。
ーーいいえ。 離れないのではなく、繋がれていたのです。 ことねは、湊の絶望を糧に動いていたのですからーー
真実に気づき、心が沈みそうになった湊。 しかしそんな時、浮かんできたのは桐原彩乃の顔でした。
彼女とは長い間、一緒に居たわけではありません。 しかし、彼女の目に宿る光に何故かいつも吸い寄せられた。 気づけば、ことねの指示ではなく、自分自身で彼女の元に向かっていた。 彩乃の頑張る姿を見るのが、湊の心の支えになっていたのです。
湊は、ただ思いました。 桐原彩乃。 君に会いたいよーー
その時、ドアが蹴破られる様に開きました。 中に入って来たのは、彩乃でした。
部屋の主であることねは、それを迎え入れました。
「桐原彩乃⋯⋯貴方、本当にここまで来るとは思わなかったわ」
「川端ことね! 貴方の独裁はもう終わりです!」
「終わり? ⋯⋯ふふ、面白いことを言うのね。 桐原さん。 どんな手を使おうと、無駄よ! この学校は、私の掌の上にあるのだから……」
ことねの声は氷のように冷たく、部屋は静まりきっていました。
その時、桐原彩乃の視線が、部屋の隅にいる、湊に向かいました。 そこには、廃人の様にぐったりと座り込む、湊の姿がありました。
彩乃は急いで湊に駆け寄りました。 その様子に、ことねは眉をひそめます。
「⋯⋯ふん、何しているの? コイツは、私の駒のひとつにすぎないのに」
「会長のことなんて気にしないでいい! 私と一緒に、もう一度立ち上がろう湊」
「⋯⋯彩乃、ありがとう」
彩乃は湊の手を握る。 湊は目を開きました。 心と体が少しずつ温まるのを感じました。 彩乃の暖かい言葉と手の感触が、絶望の闇に光を灯すのでした。
その様子を見たことねは一歩下がり、冷たい瞳で二人を見つめました。
「⋯⋯なるほど。貴方のやり方で、この私に抗うつもりなのね⋯⋯いいわ。 全校生徒の前で、私と貴方たちで最後の勝負をする覚悟はあるかしら?」
「もう、怖くない。 湊、私たち一緒なら絶対に負けない」
「うん、彩乃⋯⋯君と一緒なら、俺はなんだってできる!」
「この学校は私の王国。 私の理想に逆らう者は……粛清する」
ついに、三人の学校をかけた闘いが始まろうとしていました。




