桐原彩乃の戸惑い
夜の住宅街の一軒家。 部屋の中、桐原彩乃がノートを見ながら、頭を抱えて悩んでいた。
彩乃は今日の一日の出来事を、信じられない気持ちで過ごしていました。
「どうして? ここまで、原作とまったく一緒だったじゃない! なんで今日は違うの!」
「お姉ちゃんどうしたの? ⋯⋯いつもブツブツうるさいけど、今日は一段と変だよ?」
隣の部屋から、心配した様子で妹の舞香がやってきました。
幼い頃に両親が死んだ彩乃にとって、たった一人の家族である妹の舞香。
でも、彩乃は彼女の相手をする気持ちにはならなかったようです。
今、動揺する気持ちが彼女の心を支配しています。 彼女の心にあるのは、未知への恐怖でした。
「こんなはず⋯⋯そうよこんなはずは⋯⋯だってこの世界は⋯⋯」
そう繰り返し言いながら、彼女は一心不乱にノートの文章を読み始めました。
それは、彼女が記憶を取り戻した時に、書いたノートでした。
前世に『理想学園』と言う題名の小説があったそうです。
なんと、彩乃には前世の記憶があり、その本を読んだ記憶があるそうです。
そして、何回も読み直し、その度に高坂湊の境遇に涙したらしいのです。
彼を、悪役生徒会長『川端ことね』の支配から救い出し、そして学校を救う『桐原彩乃』と言う女性に救われる展開に喜んでいたこともです。
小説では、学校は彼女によって支配され、生徒は川端ことねの『駒』という扱いを受けていた。 先生たちは校長も含め、何故か彼女に媚びる態度をとる程の権力者。 一部反抗する先生もいたが、次の日には居なくなってしまった。 代わりに別の何者かが当たり前の様にいたらしいです。
それはまるで、最初からその存在、その人がいなかったようにーー
次第に彼女に逆らう生徒は居なくなりました。 生徒たちは逆らうと次は、自分も消えてしまうと理解したようです。
そして、川端ことねを筆頭に、学校は支配されました。 すべては彼女の理想のためにーー
しかし、それに反抗する生徒が一人いました。 それが『桐原彩乃』です。
最終的に、全校生徒の前で川端ことねと桐原彩乃は激突。 見事に桐原彩乃が勝利を収めましたが、それは本当の『理想』の神との戦いの前哨戦に過ぎなかったようですね。
そんな彩乃は中学生のある日、突然記憶を思い出したそうです。 突然流れてくる前世記憶、ヒロインである宿命、これからの人生の恐怖などが、押し寄せて来たようです。 彼女はその恐怖にうずくまることしか出来なかったと。
嫌だ! なんで? 怖い! 嫌だ! どうしよう? 頭の中小説の展開が浮かび、離れないイメージが彩乃を襲います。
誰かに相談したい、でもそんなことを言ったところで、病院送りにされて、頭のおかしい奴扱いされるだけで、きっと事態は変わらないでしょう。
彼女は心の中で叫んだ「お願い誰か助けてよ⋯⋯」と。
ーー桐原彩乃の心中を悲しく思います。 どうか、彼女に理想あらんことを。
いつまで、俯いていたのかわからない。 気持ちはまったく落ち着いてはいなかった。 それでも気づけば、新品のノートに書き殴るように、思い出した小説の展開を書いていく。 涙で前が霞んでも書き続けたそうです。
やがて出来たノートを大事に抱え込み、気絶するのだった。 気がつくと部屋の布団の中にいたそうです。 いつの間にか家に戻っていたのかわかりませんが、手には書いたノートがあったそうです。
書いていた時の焦燥感がなくなっていて、しかもなぜか心が暖かいーー
彼女は不思議に思いながらも、頑張ろうと思ったそうです。
それからはノートを確認しながら、原作と同じ順序を辿っていきました。 すべて上手く行く、私は出来ると言い聞かせながらーー しかし今日、彼女の予想は裏切られました。
「川端ことね! ⋯⋯なによアイツのあの態度!」
彩乃が恐怖していた対象の川端ことねは、ことごとく原作と違う行為をしていました。
入学式の時、彼女を見つけた時、心臓が止まりそうになった。 彩乃の宿敵。 これからなんだ、私の学校生活は! と思っていたのにーー 彼女は高坂湊にべったりとくっつきながら歩き、席も隣に座っていました。 そして、入学式の間も居眠りする彼女。 原作の威厳はどこにもなかったようです。
そして一番衝撃だったのは、彼女が新入生代表ではなかったことでした。
原作では彼女は、あの場で全校生徒や先生たちに宣戦布告をしていたのに、出て来たのはまったく知らない女性の方。当の本人は「湊~スキ~!」とか言いながら高坂湊に寄りかかって眠りについていました。
その後のクラス分けでも、一緒のクラスになって一緒に喜んだりして。
これじゃまるで敵視する、彩乃が馬鹿みたいですね。 心中お察しします。
「こんなの、許すはずないわ! 川端ことね! ⋯⋯明日貴方の本性を暴いて見せる!」
「大丈夫? お姉ちゃん? 病院に行く?」
「⋯⋯舞香。 お姉ちゃん、頑張るから!」
「⋯⋯どうしよう。 ⋯⋯お姉ちゃんに相談しなきゃ!」
月明かりの空の下、街の夜は静かにふけて行くのでした。




