喪
「呼ぶ?誰が?」
喜助の言葉を理解出来ずに和磨が首を傾げる。
「妖に決まっとるやろ!」
「なんで?」
「知るか!」
妖の気配に気が立つ喜助に対して和磨はのんびりしている。
「でも…悪そうな気配じゃないし、そんなに警戒しなくても…」
改めて辺りの気配を辿り、そう判断する楓にも喜助は首を振る。
「そんなん隠せる妖やってゴロゴロ居る。」
「父さん食べて美味しかったからおかわり来たのかな?」
「アホ!」
和磨の呑気な声に喜助が苛立ちを募らせる。
「……和磨くん…何か、あった?」
昨日出会ったばかりの和磨だが、昨日と今日とでほんの少し違和感を覚えて楓が尋ねる。
「んー?…うーん。」
和磨は歯切れの悪い反応をして畑の雑草を抜いている。
「昨日、村に帰ったらさ叔母さんにだけにしか話してないのにもう村中が父さんが死んだこと知っててさ__」
いつもどことなく閉ざした印象のある村が、少しだけ空気が柔らかくなっていた。
「これで…魅染を排出した村という肩書が消える…」
近付くと声を潜めてしまうから全てはわからなかったけれど、誰かがそんな事を話していた。声にこそ出さなかったものの、唯一の家族である叔母でさえ安堵の表情が見て取れた。
遺体が無くなった不安より、魅染の兄が亡くなった事への安心の方が大きかったのだろう。その安心感が口を軽くさせ、穂高村全体に和泉の死が知れ渡ったのだ。
「みんな怖かったんだろうね。今は魅染って認識された当人だけが叩かれるだけだけど、周りの人間も悪い!って言われたら生きていけないから。」
「「……。」」
楓も喜助も、自分達の里の外の事情はあまりわからない。返せる言葉もなく黙って和磨を見つめるしか出来なかった。
「その魅染は村を追い出しましたーって噂とか好奇の目は摘んでたけど…」
和磨は自らの言葉の補足をするように葉を揺らす野菜の葉をぷちぷちと摘んでは下に落としている。
「父さんが生きてる限り、新しい枝葉は育っちゃう。だから…」
話しながら、おもむろに殆ど葉を落とした茎を掴む。
「あ…ちょっと…!」
楓の制止も間に合わず、茎は和磨により根こそぎ抜き取られてしまった。
「当人が居なくなれば、村の外かチクチク言われる事も減っていって、みんな安心だよね。あとはこれが枯れるみたいに、“金森和泉”って名前が忘れ去られたら、元の鞘ってやつ?」
自分が引き抜いた野菜の一部を土に放る和磨。している事は乱暴だが、顔は穏やかだ。そのちぐはぐさに、楓はほんの少し寒気を覚えた。
「でも…和磨くんは、忘れない…でしょ?」
__“死”というものは肉体の消滅ではない。残された人々から忘れ去られた時が“死”なのだよ。それまでは記憶の中で、その人と共に生きているのさ。
会ったばかりの流風に言われ、楓自身も納得した言葉。
村人たちに切り離されても、せめて和磨の記憶に和泉が生きていて欲しいとは思った。
「まぁ、父親でもあるけど師匠だからね。刀打ってたら嫌でも思い出す時はあるよね。」
良くも悪くも取れる曖昧な返事。
「刀鍛冶もいつまで続けるかわかんないけど。」
自分と和泉にある最も濃いであろう繋がりを棄てるような言葉に楓は強く拳を握り締めた。
「そんな…」
「父さんは気にせずあの世で母さんと仲良く過ごしてるかもしれないけどさ。打つたびに“これ教えてくれたの、死んでも誰一人哀しんでくれる人がいないような人かー”って思い出すわけでしょ?やっぱモヤッとするし、そのモヤモヤ抱えてたらそれが刀に映るじゃん。」
「でも…__!」
言い返そうとした楓の肩を、喜助が軽く掴んで止めた。
「ちょい静かに。」
声量を落とした喜助に何事かと口を噤む。
(…あ。)
何かが聞こえる。意図を理解した楓が喜助を見ると、頷いて応えた。
遠くにいるのか、力が弱い妖なのか、小さく聞こえるその声に集中して耳を澄ます。
_いで、…_
聞こえてきたのは。
おいで、うまいやつ




