進
翌朝。
まだ空気の冷たい時間帯に、楓と喜助は穂高村へ向かう山道を歩いていた。
朝露を含んだ草を踏む音だけがしばらく続く。
「晴れてよかったな、穂高村まで行くのに降られたらかなわん。」
「うん。」
約束した時間より更に早い時間に二人して里を出発する。
喜助には道中、妖を見ても無闇に刺激しない、和磨の前や村で“魅染”という単語を使わない、村の人間には破魔の里から来たことを言わない、などそこ多さに喜助が戸惑うくらい“お願い”をした。
それがどれだけ効力を発揮するかはわからないが、柾や杏と比べてしまうと、喜助は妖と対峙させるには危うい。そう思ってしまう。
「楓ちゃん。こっちのが近道やし、こっちから行こ。」
「あ…ちょっと…」
(“私より先に行かないで”ってて言ったのに…!)
喜助からすれば良かれと思っての行動だと理解して言葉を飲み込むものの、やはり“お願い”の効き目はないのかもしれない。
鳥たちも行動を始めたのだろうか、バサバサと羽音を背に聞き流しながら喜助の後を追う。
「息子の目の前で遺体掻っ攫うとか…許せへんわ。」
和泉の鍛冶場へ向かう道中で大体の事情を説明すると、喜助は見るからに不愉快を表情に出した。
故郷を妖に壊された過去を持つ喜助には妖は危険な存在でしかない。
楓も妖に父親を殺されている。以前の楓なら、喜助と同じように怒っていたはずだ。
けれど今は、和磨の話を聞いた時、何か事情があるのかもしれないと思ってしまった。
良くも悪くも妖が一筋縄ではいかない存在と理解しているからだ。
「見付けたらとっちめて取り返したらんとな。」
喜助は火車が悪意を持って事に及んだとしか考えていないようだ。
その考えに別の角度から切り込むのも、切り込ませるのも出来ない。そんな気持ちが楓に反論させてくれなかった。
「あ、来たんだ。…あれ?応援頼んだの?」
和泉の鍛冶場に着くと、和磨は小さな畑の手入れをしていた。
「うん。同じ里の喜助くん。貸してくれた刀見たら来たいって…喜助くん、彼が話した和磨くん。」
「こんにちは、魅染の金森和泉の息子だよ。」
にこにこと悪びれもなく自己紹介する和磨に喜助も一瞬驚いた顔をした。
「わざわざそんな言い方せんでも…」
「ん?あとあと驚かれるよりは良いかな〜って。」
特に気にする様子もない和磨。彼なりの処世術なのかもしれない。
「え、と…何か収穫でもしてたの?」
少しの気まずさを覚え、楓が話題を逸らす。
「いや、気分転換?中で片付けしてたら火使ってもないのに煙?線香?みたいな匂いがしてきたり、そんなん無いのにお鈴の音が聞こえた気がしたりさ。何か疲れてるのかもーって庭に出たとこ。」
「!」
和磨の話を聞き、目の色を変えた喜助が鍛冶場に駆け寄り引き戸を開けた。
「うわ、何?そんな血相変えて。」
「喜助くん?」
険しい目付きで鍛冶場の中を見回し、喜助が再び戸を締める。
「あんた、気ぃ付けた方が良いかもしれん。」
「え?俺?」
「呼ばれとる。」




