駆
上空を見上げ阿蘭が舌打ちをする。
平穏な山が顔色を変える可能性も考えていなかったわけではない。
(よりによって、日中か。)
日中であれば楓や杏も楠の傍に居る筈だ。
暴走した楠を里に下ろさないだけではない。楓や杏も守らねばならない。
「阿蘭。」
社から飛び出した阿蘭の元へバサバサと羽音がする。
「白鴉さんか。すまんな、油断していたわけではないが…」
「この荒れ方は唐突過ぎる。予測出来るものではない。流風が霧雲に対処している。今以上に気が乱れることは無い筈だが…」
「楠を成らせるには充分だろう。」
狐狸路まで影響を受けて道が変わっている。人型の足では速度が足りないと判断したのか阿蘭の姿が山犬へと変わる。
「吽蓮はあの妖犬の元か?」
「おそらく。死んでも里に下ろすなとは言ってあるが…」
里なり、里の人間を意図的に傷付けた妖が居るとなれば被害の度合いによってはこの山の妖は掃討される可能性もある。どこまで理解したかはわからないが吽蓮も楠を里に下ろさないという約束はしっかり了解していた。そう簡単に里に被害は及ばないだろう。
「“死んでも”、か。なかなか重みある言葉でわからせたものだな。」
「その位言っておけば蓮にも響くだろ。それに…_」
ぐんと走る速度を増して聞こえは悪かったが白鴉にはちゃんと届いた。
「片割れ(相棒)は死なせない…か。頼んだぞ。阿蘭。」
走り去った山犬の背中に白鴉が頷いた。
阿蘭と同じく狐狸路に翻弄され、廃小屋に辿り着けない存在がもう一人居た。
楓だ。山に踏み入った途端にいつもと違う狐狸路が広がり、里からそう経たずに着ける道のりの廃小屋はその屋根すら見えない。
「杏!吽蓮!」
あらん限りの声で呼び掛けるが声は狐狸路に吸い込まれていくばかりで反応はない。
求めている誰かしらの気配を探れやしないかと飛燕を飛ばしたがそれすらも有効な一手ではなかった。
(焦っちゃいけない。)
闇雲に突き進むのを止め、一度足を止める。
耳を澄まし、周囲へ意識を張り巡らせ、散らばる情報を砂一粒も逃さないよう集中力を高める。
__……
自然の中にわずかに混じる異質な雑音。獣が暴れているような音を敏感に拾い、顔を上げる。その音が楠のものかどうかはわからない。ある意味賭けだ。
(いちかばちか…!)
自分の感覚を信じ、音のする方向へと進む向きを切り替え、駆け出した。




