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主の名を涼と略して呼ぶ阿蘭に納得しつつ、別の疑問が浮かぶ。

「でも、吽蓮は涼水って呼んでない?」

「あいつは俺より自我が確立するのが遅かったから涼が物事を教え育てられた。あいつにとっては母親みたいなものだ。」

確かに、母親代わりを愛称では呼びにくい。

「涼の事、聞いてどうするつもりだ?」

間髪入れず、阿蘭が同じ質問をぶつける。

「あの、ほら、未練が残ってるなら…___」

「無駄な世話焼きはいらない。」

“それを解明して断ち切ってあげた方が良いのではないか。”

そう言おうとした楓の言葉は途中で切られた。

「でも…」

「いらないものはいらないんだ!」

突如として声を荒げた阿蘭に目を丸くする。そんな楓に気付いて彼は小さく“悪い”と謝りそのまま背を向けてしまった。

居心地の悪さからか、それとも何か隠すためにも見える。

「あなた、何か知ってるの?」

「…これは俺たちの問題だ。銅鏡を探し出してくれたのは礼を言う。だがお節介はここまでだ。」

頑なに背中を見せ続ける阿蘭からはこれ以上何か聞き出せそうにない。楓は諦めてその場を後にしたのだった。

消化不良な気分のまま、山を下りる。

流風と会わなかった分、いつもより時間を持て余した楓は考えを巡らせながらのんびりと山道を歩いた。

元々神社へは、少し距離の近くなった感覚のある吽蓮を頼りに訪ねたが、思えば彼には人間に壊された当時の記憶が無いと言っていた。


という事は涼水を繋ぎ止める未練についても心当たりどころか記憶も無い可能性が高い。そう考えると、阿蘭に会えた方が幸運だった。

「何か…知ってそうなんだよね…」

“いらないものはいらないんだ!”

結果的に何も聞けなかったが、あれは人間の介入を嫌ったわけでも、涼水の気配が無くなったことへの焦りや怒りでもなかった気がする。

再び通りかかった古木の元にやはり人影は無く、そのまま素通りした。

話に聞く限り、涼水は素敵な人柄だ。憑いたところで悪さをするとは思えない。

心配なのは、杏の異変に気付いた里の人間がどう動くかだ。狐憑きと勘違いして山の狐を手当たり次第に狩ったり、妖に魅入ったと勘繰って杏を里から追い出すかもしれない。

「やっぱり…人間の方が問題じゃないの。」

いつしか朱鷺に戒められた言葉が溢れた。

今のところ、里の中で杏の変化に気付いている者が居るとして柾くらいだろう。大事になる前に自分が何とかしなければ。

楓は心に決めて里へ向かった。


ーーー


古木を見下ろす高台に、人影がある。

流風だ。その傍らには白鴉の姿もいる。

「……出ていってやらないで良かったのか?」

山を下っていく楓の背を見送りながら、白鴉が問う。

「このまま彼女に活躍してもらおうじゃないか。僕らが出しゃばるより、ずっと円滑だろう?」

「お前は人間を買いかぶり過ぎだ」

やはり人間嫌いを隠そうともしない白鴉だが、流風は動じない。

「そんなことはないさ。きっと上手く立ち回ってくれる」

どこか自信の宿った横顔を、白鴉は無言で見つめる。

「これからの為にも、彼女には頑張ってもらわねばならないのだよ」

「……」

そこで話は途切れ、流風は頭上に広がる青空を見上げた。

それ以上、流風は何も語らず、白鴉もまた、詳しく聞こうとはしなかった。

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