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その日一日、楓はことある毎に杏の様子を窺った。

話してみて妙な言動は無く、試しに杏と楓しか知らない思い出話をしてみたが、きちんと覚えていた。

杏は普段ぼんやりとしている。その為うっかり見過ごしそうではあるが、疑って見てみると、やはりいつもと様子が違うような気もする。

(流風に言ってみた方が良いかも…)

確信が持てずに様子見を続けようとしていた楓の意見を変えたのは柾の一言だった。

夕方、簡単な任務を終えて家路に着いた楓に、柾が神妙な面持ちで話をしに来た。

「なぁ楓、杏…何かあったのか?」

「え?知らないけど、何で?」

何も思わないわけではなかったが、敢えて惚けて返す。

「いや、よくわかんねぇんだけど…あいつさ、山見て泣いてたんだ。」

「……。」

柾の言葉にざわざわと胸騒ぎを覚え、楓は流風の元へ、明朝行くことを決めた。


ーーー


朝霧の立つ狐狸路を歩く。

涼水と杏について色々考えてしまってあまり眠れなかったが、習慣になった早起きはいつも通りに楓の目を覚まさせた。

実際、杏が涼水と心を通わせたのかどうかもわからない。普通といえば普通だし、楓や柾が見た杏の変化も偶然なのかもしれない。だがやはり何処か拭いきれない不安を解消しに楓は流風を訪ねた。

「…?」

いつも流風が居る古木の元に、その姿は無かった。白鴉の姿も見られない。

「もう、こういう時に限って…」

こうも毎日流風の元へ通うことは今までしたことがない。彼が居ないことに何ら不思議はなかったが、思わず小言が漏れた。

それでも流風がやって来ないかと期待をして古木の元へ座ってみた。この木の下はどんなに周りの風が強くても、反対に周りが静まりかえっていてもこの場所には心地の良い風が吹いている。流風が風に当たりにくる気持ちがよくわかる。

しばらく待ってみたが、誰かが来る気配はない。

“君が知らないだけで山に住んでいる人間は意外と居るものだよ?”

いつか流風が言っていた。

わざわざ風に当たる為に狐狸路を駆使して来るとも思えない。遠くない場所に住んでいるのだろう。

この辺りに住んでいるのであれば、探せば見付かるのではないか。いっそ探してみようかとも考える。

“涼水の一件があった当時、流風はまだいない。”

次の行動を思案する楓の頭に白鴉の顔が思い浮かんだ。

(…となると、話を聞くのは白鴉の方が詳しいかしら。)

隙有らば楓を小馬鹿にするような態度を取って楓をからかう白鴉に伺いを立てるのはどうにも気が進まない。

行き詰まる楓だったが、ふとある事を思い出して立ち上がった。

(この狐狸路…確かこの先に…)

自身の記憶の中の地図を辿って歩き始める。

狐の嫁入りのあった日、流風の後についてこの道を歩いた。道順に間違いがなければこの先に雨宿りをしたあの神社がある筈なのだ。そしてその神社には、今は亡き涼水の社を守る阿蘭と吽蓮がいる。

「あった…!」

木々の隙間から目的の場所が見え、感嘆の声をあげたのも束の間、狛犬が鎮座している筈の台座は二つとも空だった。

「なに?みんなしてどこか行ってるわけ?」

誰にというわけでなく楓がぼやく。

「何か用か。」

「…ぅわっ!!」

誰も居ないと思った本殿から声がした。板戸が乱暴に開かれ、中から阿蘭が不機嫌そうな顔を出した。

「驚かさないでよ…。」

「お前が勝手に驚いただけだろ。」

この間の銅鏡の一件で吽蓮とは少し打ち解けた気はしていたが、阿蘭とは相変わらず距離を感じる。

「吽蓮は?」

そのまま相手にされないかと思ったが、意外にも本殿から境内に出てきてくれた阿蘭。不機嫌そうに見えるだけで彼もまたこれが普通な態度のようだ。

「知らないな。あいつに何の用だ?」

「えっと…涼水さんの事を聞いたら気になって…。」

一瞬躊躇したが、涼水が杏に憑いているという確信はない。杏の事は話さないでおこうとして、自分で言っても苦しい理由になってしまった。予想通り阿蘭は怪訝な顔をする。

「涼の事聞いて何になるんだ?」

“涼”。それが涼水の事だと理解するまで少し時間を要してしまう。

「…涼水さんの事、涼って呼ぶんだ?」

「何だって良いだろ。」

話を少し反らそうと、思ったことを口にしてみた。

片や神、片や狛犬の化身だ。主従の関係かと思っていたが、そうでもないらしい。

「恭しくされるの好きではないからな、あいつ。」

答える阿蘭の目にほんのり暖かさが籠る。大切に想っていたのだろう。そう思いつつ、ふと、吽蓮が言った言葉を思い出した。

“ここの主はそんなんで怒んないから、気にしないで大丈夫”

神でありながら、人に近いのかもしれない。

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