凡
「御名答。彼は炎の精霊さ。」
いつの間にか、流風が来ていた。
「…いつから居たの?」
「今さっき来たばかりさ。君たちは彼に夢中で気付いてなかったようだが…」
いつもと変わらない笑顔で近付いた流風の視線が杏と柾へ向いた。
「こんにちは、はじめまして。」
「こ、…こんにちは!」
「…ども。」
杏も柾も、流風を何者かと警戒する様子はない。
(相変わらず人の警戒心削ぐ笑い方しとるわ。)
喜助は黙って流風を横目に窺う。
「僕の顔に何かついているかな?」
「!…何も。」
視線に気付いていたらしい。声を掛けられ少し焦る。
(ユルユルに見える割に鋭いトコあって…やっぱ苦手や。)
杏たちと流風が簡単に自己紹介を交わすのを背中で聞きながら、木の上を見る。
流風の元から離れた白鴉が金色の瞳を細めて全員を見下ろしていた。
「焰翔をここまで連れてきてくれてどうもありがとう。彼が来ていたのはわかっていたのだけれど、気配を見失ってしまっていてね。」
古木の元に寝かされているその“精霊”はどうやら焰翔という名前らしい。
「なぁ…この人、いや…精霊だっけ?ちゃんと起きるのか?」
「ここは風と木の気が強いから、じきに目は覚ます筈さ。」
自分たちの知らない知識を、流風は数多く持っているようだ。
「精霊って…こんなに私たちと姿が同じ…なんですね…」
おずおずと杏が口を開く。
「な。もっと神々しいっつうか、想像も付かない姿かと思ってたけど…普通だな。」
精霊…焰翔は見れば見るほど人間にしか見えない。流風から話こそ聞いていたものの、楓自身、実際に精霊を目の当たりにするのは初めてだ。楓も杏に同調するように頷いた。
「力を持った妖が人の形を取れるようになるのと一緒で、精霊も年月を経て人の形に行き着くのさ。人という形は、それだけ完成された器なのだよ。」
「……完成?」
楓が首を傾げる。
「手があり、足があり、言葉を交わせる。力を扱うにも、知識を積むにも、この姿が最も都合が良い。だから妖も、精霊も…長い年月を経て、自然とこの姿へ辿り着く。」
「でも私たち、精霊の知識なんて全く無いのに何でこうしてちゃんと人に見えるの?もしかして違う風に見えてるの?」
和磨に見えた飛燕が燕の形をしていなかったように、楓たちにも焰翔が人間の姿には見えているだけで、流風に見えている焰翔とは違う形で見えているのだろうか。そんな疑問が湧いた。
柾たちは質問の内容に追いつけずに眉をひそめるが、流風が感心したように目を丸くした。
「良い着眼点だね。焰翔は篝火から生まれた精霊なのだよ。人間の文化の中で生まれたから人間への理解が深い。きっと君から見える焰翔と僕が見る焰翔に違いはない筈さ。」
その言葉をどこまで理解出来たのか、杏が曖昧な面持ちで眠る青年を見つめた。
「精霊って、本当に居たんですね……。」
「当然だ。」
木の上から静かな声が落ちる。白鴉だ。
「本来ならば、お前たちが会う存在ではない。」
「え?」
楓たちが揃って顔を上げた。
流風が静かに続ける。
「人には人の、妖には妖の世界がある。そして精霊にもまた、彼らの世界がある。互いに境界によって隔てられているからね。だから本来なら、こうして顔を合わせること自体が無い。」
その場が静まり返った。言葉を噛み砕こうとしているのか、それとも意味はわかったが納得できないのか。曖昧な表情が並ぶ中、柾がぽつりと呟く。
「……じゃあ、何でこの人はここに居るんだ?」
流風の笑みが少しだけ消えた。
「それこそが、今起きている異変だからさ。僕らは住んでいる土台は同じだが、世界は隔てられている。それが__」
話し出そうとした流風が何かに気付いて言葉を切った。視線を辿ると“精霊”の瞼が僅かに動いた。




