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「うー、…ん…」

小さく呻くような声に一同が息を潜めて見守った。

やがて、眩しそうに眉間へ皺を寄せ、焰翔が薄っすらと目を開けた。静かに辺りを見渡し、流風の姿に視線を止める。

「こ れ…随分と、久しい…ですね。」

ぼんやりと口にした名は掠れていたが聞き馴染みの無い響きだ。

「小暮?兄ちゃんの苗字なん?」

喜助が聞こえたままを口にし、疑問をぶつけると、流風は苦笑いを返して焰翔に向き直った。

「流風。今はそう呼んでもらおうか。皆が混乱してしまう。」

流風の言葉に目を何度か瞬かせ、のそのそと焰翔が起き上がる。

「貴方はいくつ名前を持つ気ですか?その内自分でも本当の名前がわからなくなりますよ。」

話し方からするに、流風と焰翔はただの知り合い以上の間柄らしい。

「流風って本当の名前じゃなかったの?」

「あだ名みたいなものさ。今はこの方が認知されているがね。…焰翔、わかる範囲で良い。そちらの境界はもう霞んでしまったのかい?」

楓の問いに軽く答え、焰翔に尋ねる流風の横顔は真剣で、流風個人のことについてなど聞ける雰囲気ではなかった。口を閉ざして二人を見守る。

「結論を述べると、そうなりますね。こちらに渡らないように止めはしていましたが、喰い止められず出てしまったのが一人…彼女はずっと機を窺っていた。もう少し警戒すべきでした。」

そう話す焰翔は人離れした雰囲気を纏っており、燃え盛る炎を奥に閉じ込めたような、静かな赤の瞳に吸い寄せられるように思わず見入ってしまう。

(やっぱり…人間じゃないんだ…)

楓はしげしげと焰翔を眺め、ひとり納得した。その視線に気付いたのか、焰翔が視線を流してきた。

「!」

「彼らは?」

「破魔の里の人たちさ。君をここまで運んでくれたのだよ。」

流風の言葉にぼそりと“人間”と呟くと、焰翔は襟元を正しながら座り直した。

「人の子らよ、そなた達の善き働き…朕は深く感じ入った。」

………

一瞬より少し長い間、沈黙が流れる。

「精霊って、帝?貴族?みたいな感じなん?」

沈黙を破ったのは喜助だ。向けようとした人差し指を引っ込め、困惑した表情を流風へ向ける。

「いとをかし。」

「…焰翔。彼らにとって君が唯一接触した精霊なのだから、妙な誤解をさせてはいけないよ。」

焰翔を窘める流風は呆れたような、それでいて少し楽しんでいるような笑顔だ。流風の言葉に焰翔はぱちくりと瞬きをして、肩の力を抜いた。

「人間はああいう…高貴?古風?そんな話し方をする者を神聖視するのでしょう?人が寝ているのを良いことに“普通だ”などとがっかりされていたようなのでご期待に添えようと思っただけじゃないですか。」

「君のその知識がどこから来たものかは知らないが、彼らの顔を見たまえ。困惑しか呼んでいないよ。」

「ふむ…確かに。」

見渡しても楓たちが誰ひとり目を合わせないので、焰翔は納得したように焰翔が何度か小さく頷いた。

「混乱を招いてしまったようですみません。もうそこのこ…流風から聞いているかと思いますが、焰翔といいます。以後お見知りおきを。」

「はぁ…」

戸惑いとも呆然ともつかない反応を見せる楓たちを置き去りにして、焰翔は流風と七尾に話し掛ける。

「それにしても…七尾さんはまだ目立った脅威は無いと言っていましたが、貴方達は悠長に物事を見過ぎていませんか?こちらの世界は想像以上に危険に満ち溢れていますよ。」

(危険な何かが…居るの?)

「落ち着いて聞いてください。」

焰翔の真剣な眼差しに楓たちも固唾を呑んで続きを待つ。

「私を、躊躇いもなく池に突き落とすような暴漢が居る…!」

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