狐
流風たちを訪ねて向かった古木の元には見慣れない人物が立っていた。
「え、と…」
「こんにちは。」
短い髪を揺らし、親しみを込めた笑顔を向けてくる彼女にはフサフサした尻尾が生えている。
「妖狐か…」
後ろで柾が小さく呟くのが聞こえた。
「流風様達をお訪ねですね。もう間もなく戻られるはずなので、少しお待ちいただけますか?」
「はぁ…あの…」
「挨拶が遅れました、七尾と申します。」
ぺこりとお辞儀をする七尾につられてお辞儀を返す。七尾の所作が完璧過ぎて、自分の所作が急に拙く思えた。
「寛いで…というにはあまり相応しい場所はありませんが、楽になさって下さい。すみません、えぇと…柾さん。その方をこちらへ。」
「あれ?何で俺の名前知ってんだ?」
柾の純粋な疑問に七尾はにこりと笑う。
「この山を見守るのが私の義務なので。皆さんの事は知っていますよ。楓さん、喜助さん、杏さん…それに楠も。」
「俺、それなりにこの山入るけどあんたの気配感じたこと無いんやけど?」
まず喜助が口を開いた。言葉の端々に疑いの気持ちが見える。
「お恥ずかしながら、私はまだ未熟でして…里の方に気付かれて付き纏う悪い妖だと誤解を受けないようにとても遠くから見ていたので…」
微笑む七尾の手は、袖で隠れているが古い火傷の痕が見える。もしかすると里の誰かに対峙して火炎符を使われるような過去があったのかもしれない。
「吽蓮、貴方もそんな遠くへ居ないでこちらへ。…いつも三尾と遊んで下さってありがとうございます。」
「別に遊んでない。あいつらが絡んでくるだけ。」
「貴方に会った日はずっと貴方の話ばかりしていますよ。あと少し、生傷の少ない遊び方をするよう相手してもらえると、姉として安心なのですが…」
どうやら七尾には吽蓮と仲の良い弟がいるらしい。話半分に聞き流しながら、楓達が柾が下ろした人でも妖でもないというその人物を観察する。
「寝てる…のかな?」
「ほんまに人…ちゃうん?」
「フツーにそこらに居そうだけどな。」
思い思いに言葉を漏らす仲間達の隣で、楓は流風の言葉を思い出していた。
“妖も精霊も、力を得ていけば最終的には人間の姿へ近付いていくのだよ。”
「精霊…」
「それ。」
「え?」
楓の呟きに思い出したように吽蓮が反応した。
「そいつ。」
「この人が、何?」
「蘭が言ってた。」
「だから、何のこと?」
端的でわかりにくい言葉に理解が追いつかず、戸惑う楓に吽蓮はフンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「蘭さん、この人の事、何か知ってたの?」
吽蓮の態度に苛つく楓を見かねて、すかさず間に杏が入る。
「そう。」
「蘭さんは何て言ってたの?」
「水の気が満ちてて、そいつに良くないから流風の居る所に連れてけって。」
(水の気…?)
吽蓮と阿蘭、二人の居る社は元々、涼水という水の精霊から神になった存在を祀っている神社だ。
「え…なら、この人は精霊で、水があんまり良くないってことは水と相性が悪い何かの精霊ってこと?」
吽蓮も詳しくは知らないらしい。首を傾げている。
「水と相性が良くないっつうのは…火、とか?」
パチパチ…
“精霊”を観察して考えを練る楓たちの後ろから拍手が聞こえてきた。
「…あ。」
そこには肩に白鴉を乗せた流風が立っていた。




