繋
「妖にも色々居るのね。」
「ん?」
「もっと、嫌な感じのヤツばっかりだと思ってた。」
手に持った撫子の花を見つめながら楓が漏らす。
どこかに植えるつもりだったのか、はたまた道具がなかったのか、根が付いたままだ。
傘狸が不器用な手先で花を摘む姿が容易に想像出来た。
「妖は鏡みたいなものなのさ。」
「鏡?」
「悪意を持って接すると、それがそのまま返ってくるのさ。妖は人の感情に敏感だからね。普通の心で接すれば何の問題もない。だが…」
話しながら小さな小川を軽々と飛び越え、流風がふと足を止める。
「気を付けた方が良い。歳月を経て感情や知恵を持った妖は、良い妖だけとは限らない。逆に、腹の底に悪意を隠して人間に近付いてくる者も少なくないのだよ。」
「…あなたみたいに?」
正体のわからない青年に、少し鎌を掛けたつもりだった。
その不安を掻き立てるように、ザァッと音を立てて風が吹く。
「僕が、妖?」
背を向けたままの流風の表情はわからない。妙に距離を感じた。
事実、流風からは俗世間に居る人とは違う雰囲気が漂っている。
彼が人間じゃないと告げられたとしても驚かないかもしれない。
だがそれも、彼が悪意を持っていない妖だと仮定した上での話だ。
「だってあなた、あんまり人間臭くないんだもの。」
自分の中にうっすら湧き上がってきた不安を隠すように、楓は笑顔を作った。
小さな川を隔てた距離が、異常に遠く感じられる。
「面白い発想だ。残念ながら僕は妖ではないよ。確かに、妖の知り合いは多いけれどね。」
楓を振り返った流風は、今までと何ら変わりない笑顔だった。
そう意識して見ているせいか、真意の読めない仮面のようにも見えてしまう。
「安心したまえ。君に危害を加える気など更々無いよ。」
そう言って流風は手を伸ばしてきた。
小川を越えるのを手助けしてくれようとしているのだと理解する。
一瞬躊躇して、楓は差し出された流風の手を握った。
握り締めた手は楓と同じ温かみを持っていて、楓を安心させるのに充分だった。
「一、二の三で跳ぶのだよ?」
「…うん。」
傘狸にもらった撫子を片手に、流風の手をもう片方で握り締め、楓は少し弾みを付けて小川を飛び越えた。
小川を越えてからしばらく。
周りの雰囲気が少し変わった。
今までごろごろ転がっていた石の塊や祠は少しずつ姿を消し、楓のよく知る山の顔に戻ってきた。
「あ…。」
まだ距離は少しあるものの、木々の間から見覚えのある櫓が見え、楓は思わず声を漏らす。
「近道だと言っただろう?」
詳しくはわからないが、白鴉を追って急ぎ走ったはずの行きに掛かった時間より、今こうしてのんびり歩いて戻った時間の方が明らかに短い。
驚く楓に、さも当然のことだと言わんばかりに、流風は澄ました顔をしている。
「さて、“近道”はここまでだけど、この後の先達は必要かい?」
楓は、考える間もなく首を振った。
この場所からなら一人でも帰れる。
それに万が一、里の人間に彼と一緒にいるところを見られ、知らないことだらけの流風の事を聞かれたとして、上手く答えられる自信もない。
「そうか。ならこの辺りで解散としよう。傘狸もまだ話をしたそうだった。気が向いたらまた会って話でもしてやると良い。きっと喜ぶよ。」
「でも、どこに行ったら会えるか…」
先ほど会ったのも、お互いが偶然あの道を通ったからに過ぎない。
会いに行こうにも、手段がわからない。
「強く望めばすぐ叶うさ。君と僕が再び会えたようにね。」
「私は別に会いたいだなんて…」
心の中を言い当てられたようでドキリとした。
しかし“会いたい”と思っていたなどと素直に口に出来ず、そっぽを向く。
「僕は、会いたいと思っていたよ。もう一度、君と会って話をしてみたいと思っていた。だから会えて嬉しい。」
「……あっそ。」
恥ずかしげもなくさらりとそう言ってのける流風を、少し羨ましく思う。
同時に、どこまでも素直ではない自分が疎ましくも感じられた。
「今回は白鴉の怪我の功名だったけれど、またいずれ会えると更に嬉しい。」
「なら、あなたが会いに来れば良いじゃない。」
売り言葉に買い言葉だ。楓は言ってから後悔した。
「君の生活は壊したくないからね。」
流風の一言に、内心ホッとする。
里長の孫娘を訪ねて、どこの馬の骨か知らない男が来たなどという話は、さして大きくもない里ではあっという間に広まってしまうだろう。
好奇の目に晒されるのは目に見えている。
母や祖父、周りの人間の反応も容易に想像がつき、自然と溜め息が出た。
そんな彼女の様子を見てか、くすくすと笑いながら流風が楓の背中をそっと押す。
「そろそろ戻った方が良い。あまり立ち話していては、折角の近道も意味をなくしてしまうよ?」
流風の言う通りだ。日の高さを見ても、そろそろ里の中が活動的になる時間だ。
誰にも告げず出てきた手前、口うるさい人に見つかる前に戻りたいのは確かである。
「うん。…じゃあ…」
「じゃあ?」
「…じゃあ……また。」
口籠りながらも、どうにか紡ぎ出した楓の言葉に、流風は満足げににこりと笑い、一歩離れて手を振った。




