表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/88

「妖にも色々居るのね。」

「ん?」

「もっと、嫌な感じのヤツばっかりだと思ってた。」

手に持った撫子の花を見つめながら楓が漏らす。

どこかに植えるつもりだったのか、はたまた道具がなかったのか、根が付いたままだ。

傘狸が不器用な手先で花を摘む姿が容易に想像出来た。

「妖は鏡みたいなものなのさ。」

「鏡?」

「悪意を持って接すると、それがそのまま返ってくるのさ。妖は人の感情に敏感だからね。普通の心で接すれば何の問題もない。だが…」

話しながら小さな小川を軽々と飛び越え、流風がふと足を止める。

「気を付けた方が良い。歳月を経て感情や知恵を持った妖は、良い妖だけとは限らない。逆に、腹の底に悪意を隠して人間に近付いてくる者も少なくないのだよ。」


「…あなたみたいに?」

正体のわからない青年に、少し鎌を掛けたつもりだった。

その不安を掻き立てるように、ザァッと音を立てて風が吹く。

「僕が、妖?」

背を向けたままの流風の表情はわからない。妙に距離を感じた。

事実、流風からは俗世間に居る人とは違う雰囲気が漂っている。

彼が人間じゃないと告げられたとしても驚かないかもしれない。

だがそれも、彼が悪意を持っていない妖だと仮定した上での話だ。

「だってあなた、あんまり人間臭くないんだもの。」

自分の中にうっすら湧き上がってきた不安を隠すように、楓は笑顔を作った。

小さな川を隔てた距離が、異常に遠く感じられる。

「面白い発想だ。残念ながら僕は妖ではないよ。確かに、妖の知り合いは多いけれどね。」

楓を振り返った流風は、今までと何ら変わりない笑顔だった。

そう意識して見ているせいか、真意の読めない仮面のようにも見えてしまう。

「安心したまえ。君に危害を加える気など更々無いよ。」

そう言って流風は手を伸ばしてきた。

小川を越えるのを手助けしてくれようとしているのだと理解する。

一瞬躊躇して、楓は差し出された流風の手を握った。

握り締めた手は楓と同じ温かみを持っていて、楓を安心させるのに充分だった。

「一、二の三で跳ぶのだよ?」

「…うん。」

傘狸にもらった撫子を片手に、流風の手をもう片方で握り締め、楓は少し弾みを付けて小川を飛び越えた。


小川を越えてからしばらく。

周りの雰囲気が少し変わった。

今までごろごろ転がっていた石の塊や祠は少しずつ姿を消し、楓のよく知る山の顔に戻ってきた。

「あ…。」

まだ距離は少しあるものの、木々の間から見覚えのある櫓が見え、楓は思わず声を漏らす。

「近道だと言っただろう?」

詳しくはわからないが、白鴉を追って急ぎ走ったはずの行きに掛かった時間より、今こうしてのんびり歩いて戻った時間の方が明らかに短い。

驚く楓に、さも当然のことだと言わんばかりに、流風は澄ました顔をしている。

「さて、“近道”はここまでだけど、この後の先達は必要かい?」

楓は、考える間もなく首を振った。

この場所からなら一人でも帰れる。

それに万が一、里の人間に彼と一緒にいるところを見られ、知らないことだらけの流風の事を聞かれたとして、上手く答えられる自信もない。

「そうか。ならこの辺りで解散としよう。傘狸もまだ話をしたそうだった。気が向いたらまた会って話でもしてやると良い。きっと喜ぶよ。」

「でも、どこに行ったら会えるか…」

先ほど会ったのも、お互いが偶然あの道を通ったからに過ぎない。

会いに行こうにも、手段がわからない。

「強く望めばすぐ叶うさ。君と僕が再び会えたようにね。」

「私は別に会いたいだなんて…」

心の中を言い当てられたようでドキリとした。

しかし“会いたい”と思っていたなどと素直に口に出来ず、そっぽを向く。

「僕は、会いたいと思っていたよ。もう一度、君と会って話をしてみたいと思っていた。だから会えて嬉しい。」

「……あっそ。」

恥ずかしげもなくさらりとそう言ってのける流風を、少し羨ましく思う。

同時に、どこまでも素直ではない自分が疎ましくも感じられた。

「今回は白鴉の怪我の功名だったけれど、またいずれ会えると更に嬉しい。」

「なら、あなたが会いに来れば良いじゃない。」

売り言葉に買い言葉だ。楓は言ってから後悔した。

「君の生活は壊したくないからね。」

流風の一言に、内心ホッとする。

里長の孫娘を訪ねて、どこの馬の骨か知らない男が来たなどという話は、さして大きくもない里ではあっという間に広まってしまうだろう。

好奇の目に晒されるのは目に見えている。

母や祖父、周りの人間の反応も容易に想像がつき、自然と溜め息が出た。


そんな彼女の様子を見てか、くすくすと笑いながら流風が楓の背中をそっと押す。

「そろそろ戻った方が良い。あまり立ち話していては、折角の近道も意味をなくしてしまうよ?」

流風の言う通りだ。日の高さを見ても、そろそろ里の中が活動的になる時間だ。

誰にも告げず出てきた手前、口うるさい人に見つかる前に戻りたいのは確かである。

「うん。…じゃあ…」

「じゃあ?」

「…じゃあ……また。」

口籠りながらも、どうにか紡ぎ出した楓の言葉に、流風は満足げににこりと笑い、一歩離れて手を振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ