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退

得体の知れない気配の正体を読もうとしたその矢先。

「藍!上!」

声に反応して顔を上げる。二階の窓枠を突き破り、木の枝が槍のように飛び出してきた。藍は身を捻って避け、頬を掠めた枝が背後の地面へ突き刺さる。

「……っ」

間髪入れず、別の枝が横薙ぎに振るわれる。藍は刀で受けた。重い。植物とは思えないほどの膂力に、足裏が土を削る。

(何この馬鹿力!圧し負けちゃう…!)

力の差を感じ、受け身を取ろうかと膝を沈めようとしたその時、急にこちらを押していた力が緩んだ。

「__え…?」

隙をついて枝を弾き、枝の行方を凝視する。

荒れ狂うように力を振るっていた蔦たちが少し退いていく。感情があるのかはわからない。あるとすれば、何かに驚いた。そんな感じだ。

他の仲間に向かっていた植物も家屋の中に引く動きを見せている。

「効いた…のか?藍、何したんだ?」

「何も…」

仲間には藍が何か有効な手段を使ったように見えたらしいが、藍は何もしていない。蔦が退いたきっかけを思い出すように刀を握り直すが、思い当たる節はない。

「奴らこのまま家の中に籠もるのか?」

ざわざわと蠢く葉や蔦。直感で理解した。

「まだ…だよ。まだ狙ってる…!!」

藍の一言に呼応したように再び蔦が飛び出してきた。今度は狙いが決まっているようだった。一直線に仲間の一人へ木の枝や蔦が向かっていく。

「くそ…!!」

咄嗟に火炎符を駆使するも、やはり効果はない。

「伏せて!」

狙いが定まった分、藍や他の仲間が動ける。素早く連携を取り、間合いに入った藍が刀を振りかぶる。

(また…!)

一瞬、怯むような間を見せた蔦に一太刀浴びせると、家屋全体を覆っていた植物がびくりと震えた。

「……!」

悲鳴はなかった。妖が傷付いた時のような声もない。ただ、葉擦れの音だけが一斉に広がる。


ざわざわ、ざわざわと。


風もないのに、周囲の木々まで揺れた。そして次の瞬間、蔦も根も枝も、潮が引くように家屋から離れ始めた。


「藍、下がれ!」


仲間が叫ぶ。伸びていた蔦が地面を這って退いていく。屋根を覆っていた枝が、ずるずると山の方へ引きずられていく。土の中から無数の根が抜け、まるで何かに呼び戻されるように一斉に向きを変えた。


追うべきか、一瞬迷った。何か、引っかかる。

「待て、深追いするな!」

仲間に制されて藍は足を止めた。相手の正体がわからない。蔦女だと思って挑み、根も火も通じなかった。こちらの一太刀に反応して退いたとはいえ、倒したわけではない。

無理に追えば、何が起こるかわからなかった。

やがて、植物の群れは山の茂みの奥へ吸い込まれるように消えていった。残された家屋は、蔦に締め付けられていた名残を残して、沈黙している。

「……。」

藍は刀に残った青臭い汁を見下ろした。勝った感覚は無い。妖を祓った手応えも無い。ただ、相手がこちらを見て、一度身を引いた。そんな気配だけが残っていた。

「…報告しよう。蔦女として処理するには、少し違う。」

満場一致で仲間たちが頷いた。

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