蔦
立て続けに藍の口から出た言葉に楓は必死に頭の中を整頓した。
「技が効かないって、どういうことですか?」
話し手にも聞き手にもわかりやすくなるのはきっと出てきた順を追うことだ。冷静に尋ねる。
「私達ここ最近、依頼を受けて町に出てるんだけどね?植物が襲いかかってくるから退治してほしいって。」
「植物?」
「そう。蔦が絡んできたり、木の枝が刺さりに来ようとするんだって。…楓ちゃん、何の仕業だと思う?」
多くはないが、藍が話したその内容から楓の知っている存在を導き出す。
「…蔦女、とか?」
蔦女とは、蔦が長い年月を経て妖となり、女の姿を取るようになったものだ。蔦に足を取られて転んだ旅人が気付いた時には蔦に絡み取られて動けなくなる、そんな話を…朱鷺から聞いたことがある。
「そう、私たちもそうかなー?って思って対処しようとしたんだけど…」
ーー依頼されて向かった先。
そこには蔦や木の根に覆われた家屋が何軒も連なっていた。
山を切り開き、新たな街道を通そうと工事を始めてから、たった数日。付近の家々は軒並みこの有様になったのだと、案内役は説明した。
「それにしても奇妙な光景だな。生活感のある家がこうも青々と葉に覆い尽くされてるのは…」
共に退治の命を受けた仲間がしげしげと見上げるその家は、外はもちろん中まで植物に侵食されている。
「自然現象…なわけないものね。」
ざわざわと音を立てて揺れる葉は一朝一夕で育つ多さではない。思い浮かんだ妖は、全員一致で“蔦女”だ。
「根元、探そっか。蔦女なら、本体になる蔦か根があるはず。」
藍の指示に従い、数人で手分けして家屋の周囲を探る。普通の蔦ならば壁を這い、屋根を覆い、ただそこに伸びているだけのはずだ。だが目の前の植物は違った。近付けば、葉がこちらを向く。踏み込めば、枝が僅かに身じろぎする。まるで、こちらの呼吸を聞いているようだった。
「……見られてるみたいで嫌だな。」
仲間の一人が小さく呟いた、その直後だった。
ぞわり、と家屋を覆っていた蔦が一斉に蠢いた。
「!後ろ!」
藍が声を上げるのと同時に、青々とした蔦が地面を這い、蛇のようにこちらへ伸びてくる。足首を狙うもの。腕に絡み付こうとするもの。屋根の上から鞭のようにしなって降ってくるもの。一見すれば植物だ。だがその動きには、明らかに意思があった。
「やっぱり蔦女か……!」
一人が刀を抜き、絡み付こうとした蔦を斬り払う。切断された蔦は地面に落ち、しばらくのたうつように震えた後、動きを止めた。
「根を落とせば止まるはず!」
藍も迫る蔦や枝を避けながら地を這う太い根へと踏み込む。蔦女であれば、表に出ている蔦や枝をいくら切っても意味は薄い。妖として力を持つ核、本体に近い根を断つ必要がある。
「火炎符、使うぞ!」
別の仲間が札を構え、詠唱と共に火を放った。炎は乾いた葉を舐めるように広がり、蔦の一部を焼くが…
「……燃えない?」
火は確かに点いた。葉も焦げた。細い蔦は黒く炭になった。
それなのに、植物の動きは止まらない。焼けたはずの場所の奥から、また新しい芽が押し出されるように伸びてくる。焦げた蔦の隙間を割って、青い葉が開いた。
「嘘でしょ……」
誰かが息を呑む。
「蔦女じゃない……?」
藍も眉を顰めた。
「もう一回だ!根を狙え!」
果敢に立ち向かう仲間を援護する藍の中に、違和感が生まれた。蔦女ならば、もっと妖らしい気配がある。
だが、これは違う。意志はある。だが、今まで幾度となく相手にした妖の気配とは何かが違う。それが余計に気味悪かった。




