母
「久し振りだね。どした?やっとウチのお嫁さんになる気になった?」
「違います。今日は朱鷺さんと話がしたくて。」
漂っていた重い雰囲気を押し流すように軽い調子で藍がかける言葉をつい真っ直ぐ打ち返す楓に藍が悲壮な顔で息子を見る。
「やだ!マサ、あんた何かしたの?秒でフラれてるじゃん。」
「うるせぇな、するわけねぇだろ。」
「なに、可愛くない言い方しちゃって。…楓ちゃん。マサっていつもこんな感じ?」
普段とそう違わないようにも思えるが、ここまで刺々しくはない。何より変に角を立てるよりはと首を振ると藍はにやにやしながら息子に視線を送った。
「むしろ母さんに当たり強くしてんだよ。妙な勘繰りすんなっつの。」
「え?何それ?今更反抗期?ダサいからやめな?」
冷めた様子の柾にも藍は気にする様子も無い。
「あんた達、昔は可愛かったのになぁ。里長の娘だから貰い手いないってからかわれて膨れてた楓ちゃんに、ボクのお嫁さんにもらうー、とか言っちゃったりなんかしてさ?」
「いつの話だよ?覚えてねぇよ。なぁ?」
「うん。」
(…本当に記憶に無い…)
照れ隠しなどではなく二人が全く覚えていないことに藍が「うそ?!」と大袈裟に哀しむ素振りをする。
「あんなにキュンキュンさせられたのに当人達は覚えてないの?!やだぁ本当に?あのときめき返してよ!」
静かだった部屋が藍が一人加わっただけで途端に騒がしさが増した心地だ。
「子供の頃の話だろ?覚えてるわけねぇじゃん。ったく…」
柾が藍から逃げるように立ち上がり、玄関へと向かう。
「どこ行くの?」
「喜助んトコ。今、ばあちゃん連れてその辺歩いてる。」
言い切ると同時くらいに戸がピシャリと閉じた。
「からかい甲斐のある息子が居ると気が紛れるわ。」
クスクスと笑いを漏らしながら藍が部屋の奥で荷物を解く。
「楓ちゃん、ごめんね。びっくりしたでしょ?お母さんがあんなで。」
「…はい。」
「マサから聞いたかもだけど、結構いきなり崩れちゃったんだ。歳っちゃ歳なんだけど…ちょい早いよね。」
笑顔はある。だが柾と同じく、努めて明るくしているように見える。
「あの子、何か言ってた?」
「はい、色々…やっぱ、辛いみたいで。」
「だよねぇ。あの子、ばあちゃんっ子だから。相当参ってると思うんだ。傍にいることで自分を繋ぎ止められるんじゃないかって…思ってるんじゃないかなぁ。ダメな日があるからまた辛いって連鎖?ま、言ってくれないから本当のところはわからないけどね。」
楓と祖父、鵠はお世辞にも仲が良いとは言えない。祖父母の中から自分が居なくなる哀しさは柾の持つものとは大きさが違うだろう。
「……おばさんは、寂しくないんですか?」
「ん?そりゃ寂しいよ。何で?って思うし、苛ついたりもするよ。でも多分、お母さんが一番不安なはずだし、少しでも嫌な思いしないようにしなきゃね。」
自分の気持ちを再確認するように語る藍の目元はうっすらと隈がある。少なからず痛みを持ちながら、それを隠して立ち振舞う姿が柾と重なって見えた。
(親子なんだなぁ…)
妙なところに感心してしまった。
「で?楓ちゃんは朱鷺と何の話をしに来たの?お母さんを言い訳にマサに会いに来た?」
「その…人でも妖でもない、私たちが知らない存在について…何かわからないかなって。」
再び望む反応が得られずに頬をふくらませる藍だったが、少し考えて口を開いた。
「んー?知らない存在かはわかんないんだけど、私たちの技が効かなかった妖?なら会った、かな?もしかすると妖じゃないかもーってみんなと話してて…」
「え?」
「そんなような事、マサが昔言ってたっけーって思い出してたトコ。」
「…え!?」




