吐
「蘇芳、遅いねぇ。いつもならもう帰ってるんじゃが…」
思い出したように朱鷺が部屋を見回した。
柾の叔父、蘇芳は所帯を持っていてこの家には住んでいない。朱鷺は今、楓と同じ時系列に居ないのを痛感する。
「…ばあちゃん_」
「ほんま、どこ行ったんやろな?ちょい一緒にその辺見に行かへん?」
いつの間にか傍に来ていた喜助が朱鷺に声を掛けた。喜助の意図が分からず、楓は目を瞬かせながら見守るしか出来なかった。柾もそれは同じらしい。
「家の周りちょい見て、アカンかったらまた戻りゃええやん。ほら、行こ。」
「そうかい?…なら少し行こうかね。」
喜助の誘いに乗り、朱鷺がゆっくりと腰を上げた。
「おい、喜助…」
「無理させんから、安心し。」
困惑する柾に一言残し、朱鷺に合わせてゆっくりと出て行く喜助。ガラガラと引き戸が閉じられ、部屋の中が静まり返った。
「…喜助なりに、気を遣ってくれたんじゃない…かな?」
複雑な顔で二人が出ていったのを見送ったまま黙っている柾に話し掛ける。
「…だな。」
短い一言と、長い溜息が返ってきた。
「ごめん。柾達が大変だったのに…私、全然気付けなくて。」
「いいよ、むしろ俺は隠してたくらいだし。」
罰が悪そうに頭を掻き、柾が一度大きく天井を仰ぎながら胡座を解いて足を伸ばした。
「あれでも大丈夫な時はあるんだ。俺のことを孫って理解してて、会話もちゃんと出来て、ホント…普通に。安心もするけど、だからこそ……今日みたいな日は…しんどい。」
柾の両親は健在だが、どちらも一線で動いている里の稼ぎ手でもある。必然的に柾が朱鷺と多くの時間を過ごしているのだ。大丈夫な日も、そうでない日も。
「言ってくれたら良かったのに。そしたらこうして愚痴でも何でも話せるし、さっきの喜助みたいに…」
「それも思ったんだけど…何だろな。結構、…こう、来てたんだろうな。精神的に。目の当たりにしてんのに、誰かに話したらばあちゃんがこんな状態っての、認める気がして。」
里の同年代の仲間の中でも柾はいつも平然としている印象だったが、その彼が眉を寄せ、弱音を吐くのを珍しく思うと共に、事態の重さを察した。
「あの物知りのばあちゃんが…ってのもあるけどさ。俺、ガキの頃から親が留守な時多くて、ばあちゃんが面倒見てくれてたから、一緒な時間が多い自覚はあるんだ。けど、ばあちゃん…一番最初に俺のことわかんなくなって。それをずっと引きずってんだ。…ダセェよな。」
「そんな事ない…!それだけ一緒にいたんだもん、気持ちが落ち込むのなんて当然じゃない!だから溜め込まないで、もっと…__」
自分に何が出来るわけではない。けれど、柾一人で抱えて悶々としているのは…そう伝えようとした楓だったが、再び聞こえた扉の開閉音に言葉を切って入口へ視線を投げた。
「ただいまー…あれ、楓ちゃん?いらっしゃい。」
そこに居たのは柾の母であり、朱鷺の娘である藍だった。




