寄
里へ戻った楓の足の向く先は、自分の家ではなかった。
「あれ、帰らんの?」
「うん、ちょっと…」
流風の言葉が頭から離れなかったのだ。
知識と理解があれば見えるものが変わる。
それならば、流風が言っていた“自分たちでは対抗できない存在”についても、昔の話を知る者なら何か知っているかもしれない。
思い浮かんだのは柾の祖母、朱鷺だった。
里長である楓の祖父、鵠達と共に里を作り上げた人間の一人でもある。里の昔話も妖の逸話も、何でも知っている生き字引のような老人だ。
「まぁ…和磨も飛燕のこと、ちゃんと見えてへんかったみたいやしな。」
「うん、だからもしかしたらと思って。」
「そんなん、自分トコのじいちゃんに聞いたらええんちゃうん?」
「………。」
喜助が指摘する通り、祖父の鵠も朱鷺と同じような知識の深さだろう。
(聞いたって、どうせ人側に偏ってるよ…)
鵠は妖を忌み嫌っている。息子であり、次期里長だった浅葱を殺されたしまっているし、そうなるのも仕方がないとは理解している。しかし、口を開けば退治、あわよくば妖の殲滅の必要性を唱える祖父に話を聞くきにはなれなかった。
その点、朱鷺は、妖に対してあまり嫌悪感や敵意を持っていない。きっと平等な視点で語ってくれるという信頼がある。
「あー、でも…そっか合わんな。」
楓の沈黙に何かを察した喜助が頷いた。妖に好感を持っていなかった喜助から見ても、鵠の妖への容赦のなさは感じ取れるのだろう。加えて説明するつもりもなく、楓は柾の家へと向かった。
「あれ?楓?何だよいきなり。しかも喜助まで。」
玄関先で声を掛けると、出てきたのは柾だった。
「ごめん。ちょっと、朱鷺さんと話がしたくて…」
楓と喜助のの訪問に少し驚いた様子だった柾は朱鷺という名前にスッと表情を曇らせた。
「朱鷺ばあちゃんに何か用なのか?」
「うん。」
「ちょい聞きたいことがあるんや。」
「……。」
柾は一度だけ家の奥を振り返った。
「今、ちょっと調子悪くてさ。」
「わかった。なら…」
取り次げない事情があるのだと引こうとした楓の目の前で障子が開いた。
(え?)
朱鷺だった。
目が合って、笑いかけられる。
「こんにちは。あの…」
朱鷺は楓の顔をじっと見つめた。
「こんにちは、蘇芳の友達かい?」
「え??」
知っているはずの朱鷺の顔が、何だか別の人に思えた。




