慌
「ごめん、お客さんにお茶も出してなかったね。ちょっと待ってて〜」
「俺は?俺、結構前から来とるけど?」
喜助の指摘を背に受け、声に出して笑いながら和磨は母屋に入っていった。
「初耳。和磨くん、ここに…住むんだ、ね。」
笑おうとするのに少しぎこちなくなる。
「な。一日何も気にせず刀打てるんやと。」
最もらしい、そして、和磨らしい理由だ。
「ふぅん…」
納得しようとする。だが落ち着かない。
「楓。」
「?」
「俺は何も見てへん。」
ふいと喜助が視線を逸らした。視線の先は壁だ。その壁の先には、あの花がそっと咲く小さな畑がある。
「…私も。」
「あいつはただの刀鍛冶やろ。それ以上でも以下でもない。もし…何かあったら、しっかり手を差し伸べる、それでええと思う。」
「そうだね…。」
いつ戻ってくるかわからない和磨に聞こえないよう、喜助は声を抑えていた。 その言葉に楓は素直に頷く。
「結構、強かなヤツやし、大丈夫やろ。」
(魅染になってたとしても、ってこと?)
その先は、やはり聞けなかった。
三人でお茶を飲みながらしばらく言葉を交わし、楓が姿勢を正した。
「ご馳走様でした。湯呑み、どうしたら良い?」
「そのままでいいよ。もう行くの?」
「うん、お母さんに昼過ぎには戻るって言っちゃったから。」
「楓んトコ、お袋さんむちゃ心配性やもんな。」
あまり里の生活が長くないことは喜助も知る朱音の心配性を少し恥ずかしく思いながら楓は一足先に鍛冶場をあとにした。
「………」
楓の行く先は決まっていた。
里ではない。
“昼過ぎには戻るって言っちゃったから”
それらしい嘘を吐いた。きっとそれを聞いた者殆どが信じるだろう。生活に滲んだ嘘は信じられやすい。身を持ってそれを知っている。
“刀作るにはこっちの方が整ってるからね”
(嘘、だったら…)
普通なら、和磨らしい、そう思うだろう。
魅染に対する村の人間の嫌な面を見、温かい妖の葬式を目の当たりにした。
人との接触を絶ち、妖との距離を縮めようているのだろうとしたら。
“会ってないよ?”
(もし、まだ妖が見えて…和泉さんみたいに交流し始めていたら…)
魅染の息子はやはり魅染。
そう言われてもおかしくない。
そう、なってもおかしくない。
早足だった歩みはいつの間にか駆け足になっていた。
通い慣れた道、見慣れた光景、いつもの古木の元に居る亜麻色の髪が見えた。
「流風…流風!」




