花
約束の三日が経ち、楓は和磨が居るであろう鍛冶場に赴いた。
和泉の刀を見たがっていた喜助にも声をかけようと探したが見当たらず、楓はもうすっかり覚えてしまった鍛冶場までの道のりを一人で歩いていた。
喜助は楓との約束をしっかり守り、あの“葬式”の話はおろか、流風達との繋がりを深掘りもしてこなかった。
何も変わらない。しかしどこか心穏やかではない日々。
こうして里を出ることも、以前に増して変に疑われないように繕っている気がする。
「楓さん、おはようございます。散歩ですか?」
里の出口に向かって歩いていると砂慈が話しかけてきた。
「おはようございます。薬草の残りが少なくなったので散歩ついでに。」
嘘ではない。そして付け加えて散歩とも言っておかないと人の良い砂慈は自分の分を分け与えでもしてきそうだ、そう瞬時に判断して答える。
「良いお天気ですしね、お気を付けて。」
「はい。」
疑われずに別れる。
誤魔化すのがどんどん上手くなっている自分にほんの少しの背徳感を覚えながら里を出て迷わず進み、思い返すのは“葬式”の翌日の事だ。
「ねぇ。あの花、何だったの?」
協力をしてくれた流風と白鴉にお礼を言いに訪れ、気になっていた事を尋ねた。あの花を手に取った和磨は妖がはっきりと見えるようになり、おかげで妖達の催した葬式にも顔を出せた。
萎れて無残な姿になっていたが、見たことがありそうで、ない。不思議な花だった。
「あれは、逢霧草といって香りを嗅いだ者の“境界”を曖昧にするのだよ。」
「“境界”?」
「そう、本来交わっていない世界の境界が揺らげば、妖が見えない人間にもああして見せることができるのさ。」
納得出来るような、意味のわからない話。
「……わかってる人の説明って一番わかんない…。」
「詳しくはまたいずれ話そう。少し、行かなければならないところがあってね。」
不満げに漏らす楓に流風は申し訳無さそうに眉尻を下げ、腰を上げた。どこかに出掛けるらしい。
「あなたも用事とか、あるのね。」
「流風、暇人だと思われているぞ。」
そんな軽い会話を交わして別れた流風ともそれ以来会っていない。
(帰り、寄ってみようかな。)
考えながら歩いていくと和泉の鍛冶場が見える場所までやってきた。
(あれ、鶏とかいたっけ。)
三日の内に増えたのか、元々どこかにいたのか。鍛冶場の表に鶏が餌をついばんでいるのが見えた。
心なしか畑の植物も増えた気がする。
(…!)
ぼんやりと眺めながら歩いていた楓の視線が、一つのところに釘付けになった。
「あの花…」
あの日、和磨に妖を見せる力を与えたであろう不思議な花。
和磨と別れる頃には殆ど萎れてしまっていた花が、畑の植物たちに隠れるように地面に植えられ、背筋を伸ばして生えている。
(どうして…?あの花から種でも落ちて…それにしては成長が早すぎる…)
自分の目を疑い凝視するが、似た別の花などではない。
“俺。こう見えて萎れかけた花生き返らせたり、接ぎ木して育てたりも得意なんだよ。”
この鍛冶場に初めて来た時、和磨がそう言っていたのを思い出した。
(植えたんだ!…何で?ただ花が可哀想だったから?それとも…)
__この花の効果で妖が見えると気付いたから…?
ざわざわと不安が波立つのを感じた。
…、……_
(話し声…?)
鍛冶場から声がする。中に和磨が居るとして、相手は…
魅染の刀鍛冶の鍛冶場に訪れる人間がいるとは思えない。
(妖が…来て、話をしてる…の?)
今まで妖が見えなかった人間を、妖と深い仲に導いてしまったのかもしれない。
そう、考えると自分の心臓の音が聞こえてきそうだった。
「……。」
息を殺して戸に近付く。話し声はまだ聞こえている。
楓は震えそうになる手で戸に手を掛け、一息に開け放った。




