訳
和磨と別れ、喜助と共に楓は里への家路を歩いている。
あの花が無ければ和磨に妖が見えなくなるはずだ。そうすれば今後和磨が余計に妖と関わったりはしない。そのことにわずかな安心感はある。
「……。」
隣を歩く喜助は、何を思っただろう。
「き…」
「楓。」
同時に口を開き、お互いが黙る。気まずい沈黙が流れ、喜助が徐ろに口を開いた。
「何で、和磨を葬式連れてこうと思ったん?わざわざ見えるようにしてまで。」
「え?」
思わぬ問いに、阿蘭の元で和泉の話を聞いた時の事を思い出す。
「最悪、和泉が駄目なら息子を当たれ。」
長い間顔を見ていない和泉はもう亡くなっているかもしれない。その可能性を示唆したあと、阿蘭はそう付け加えた。
「息子さんの名前は?」
「知るか。」
「はぁ?!」
またいつものように面倒臭がられたか、意地悪をされたか。そう思い眉を吊り上げる楓だったが、そうではなかった。
「知らないんだ。和泉は息子の話はするが名前は一回も口に出さなかった。“息子”か“跡継ぎ”としか俺は聞いていない。」
「何でよ。」
「もしまかり間違ってその息子の名前を知っている妖がお前達破魔の里の人間や穂高村の人間と接触して、息子の名前を漏らしたら。どう思われる?」
「息子さんとも仲良いのかもって、…思うかな。」
親が和泉というだけで、息子にそんな素振りが無くとも“息子も魅染だ”と、容易に納得されてしまうだろう。
「破天荒な奴だったが、息子の事は人一倍想っていた。自分と似た面も、違う面も、丸ごと息子として愛していた。自分は魅染と言われても平気で生きていけるが息子は…そう思ったんだろう。」
まだ顔も見ぬ親子の絆を阿蘭の口から聞き、楓は和泉が生きていること、親子仲が安寧であることを祈りながら穂高村に向かったのだった。
「だから…、あのまま和磨くんが何も知らないままなのは嫌だなって思ったの。」
粗方事情を話した楓に喜助は一言、「ふぅん」とだけ返した。
「さっき、俺に何と言おうとしたん?」
「あの…大丈夫だとは思ってるんだけど、里の人達には今日の事とか…私が妖の知り合い多いとか、言わないで欲しいなって…」
__これからある事、全部忘れて
確かに喜助と約束した。確認せずにはいられなかった。
(私…人が怖いと思ってる…)
喜助の居ない側の拳をぎゅっと握り、喜助の返事を待つ。
「友達の“一生のお願い”聞かんようなカスちゃうわ。」
「喜助くん…!」
「ちょ、待ち!一回俺のこと呼び捨てで呼んだんが何でまた戻っとるん?」
「へ?」
頭の回転数を上げて記憶を遡る。
確かに、藻助に向けて刀を向けた喜助を止めるために大声で呼んだ。
「あとあと呼び捨てされたやん!て思ってちょい嬉しかったのに元通りはしんどいわ。」
「だって、喜助くんが私を楓ちゃんって呼ぶから…」
喜助の思わぬ引っ掛かりに困惑した。
喜助も距離感が近いと思っている相手は呼び捨てで呼ぶのを知っている。一線引かれているのだと思っていた。
「アホ!柾も棗も桂も男やろ!女の子の名前いきなり呼び捨てで呼べんからや!その内慣れてそっちから呼んでくれるんかと思っとったのに呼ばんし、呼んだと思ったら戻すし。」
ブツクサと愚痴を零す喜助に思わず笑いが漏れた。
「何で笑っとるん。」
「ごめん。あ、でも初めてアホって言われたかも。」
「何度でも言うたるわ、アホ。」
里に戻るまでの重くなりそうだった空気は思わぬところから綻び、少しの疲労感と笑顔を連れて二人は里の門を潜った。




