父
「阿蘭よ聞いてくれるか。私は魅染だと数年前、村中から叩かれて追い出されたのは話したな。そんな人間の汚れを見せたくなさに、お前は魅染にはなるなと言いたくて“こちら側に来るな”と息子に伝えたわけだが…私の鍛冶場に来るなと勘違いして必要最低限しか来なくなってしまってな!いや、もう、私と同じで早とちりがすごいのだ。どうにか訂正したいのだが格好を付けて言ってしまった以上、ほいほいと撤回してもならんと思うのだ。一体どうしたらよいものか…」
社に勝手に上がり込み、一息に阿蘭に話し掛ける和泉。全てを聞き取って反応していては頭の中が飽和する。大体の内容は理解しつつ深追いはしない。
「無駄話には口が回るのにな。」
「勘違いしてもらっては困る。私がこうも話すのは妖か息子か…あとは亡き妻くらいだ。息子はこの駄弁りを鬱陶しがっているが…」
「奇遇だな、俺もだ。」
「やはりいざこうして息子ごと疎遠になってしまうのは退屈というか、虚しい気持ちは無くはないのだ。刀鍛冶という共通点のおかげで絶縁とまでなっていないのは救いだな。気まぐれに教えを請いに来る。この間も村の愚痴を零していたから内密にもっと来れば良いと言ってはみたのだが…私がこちら側に来るなと言った事をどうも根に持っていてな。拗ねてしまうのだ。まだ可愛いところもあるだろう。」
「息子自慢なら他所でやれ。」
「否、ここで話すことに意味がある。」
時折隙を見て和泉の話を絶とうとする阿蘭だが、和泉は全く気にすることなく話し続ける。和泉の気配を感じた瞬間から吽蓮は姿を消している。切り抜ける術は見当たらない。
「私は魅染と言われることに後悔は無い。実際、お前たち妖に魅入られている。だが唯一の後悔といえば結果的に息子とこうして距離を置いてしまったことだ。そろそろ刀鍛冶として独り立ちして良い頃合いだから更に疎遠になるかもしれん。」
そうして和泉がやって来ると彼の息子の話は必ず出てくる。
和泉と知り合ったこの数年で顔も知らない和泉の息子が成長し、刀鍛冶になりたいと決起し、腕を上げていく様子を話に聞いていた。
息子の成長を喜び、愛おしみ、時に距離ができていくことを寂しがっていた。
やがて、和泉が阿蘭の元を訪ねてくるのが減り、いつしか無くなった。
単に他の妖に興味が湧いたのか、病気の進行で社へ赴くのが困難になったのか。それとも、いつ訪ねてくるかわからない和磨を待つためなのか、理由が何なのかはわからない。
最後に会話をしたのはいつだったか。
時間の経過に鈍感な妖である阿蘭からすれば曖昧だ。
「父さん、だいぶ迷惑掛けてたね…」
断片的に和泉の話を聞き、謝る和磨も和泉に聞いた通りの人物だ。
「子供を持つ感覚は俺たち妖にはわからないからな。それでも話したくて堪らなかったんだろうな。」
「………。」
「阿蘭!阿蘭!!聞いてくれ。息子が刀鍛冶になりたいと言ってきたんだ!私の背中を見ているなら嫌だと言いそうなものだったが…いやぁ…わからないものだ!実に驚いた!お前に渡した私のあの最高傑作を息子が超える日がいつか来るのかもしれん!素晴らしい!そんな日が来るまで生きていられたら良いが…否、そんなに早く私の最高傑作を超えられてしまっては私の名折れか…いや、複雑だが晴れやかな心地だ!」
まだ魅染として村を追い出されていない頃、満面の笑みでそう語った和泉。
好奇心にギラギラ光る瞳ではなく、目尻にくしゃりと皺ができる、優しい父親の顔だった。
「愛されていたんだな。」
「………。」
和磨が無言でまた少し顔を歪めた。
じっとその様子を見て、阿蘭が和磨の頰を引っ張った。
「い゛っ…」
「和泉が言ってた通りだな。」
“息子はな、昔から泣くのを堪える時に頰の内側を噛んで堪えるのだ。幼い頃なんて知らない内に流血していて妻と大層驚いたものだ。”
「ここは葬送の場だ。泣いたところで何の恥も無い。」
阿蘭の一言に堰を切ったように和磨の目から涙が零れ落ちた。




