寺
(やばい。帰りたい。)
楓の必死な願いを聞いてしまったのを後悔した。
ずいぶんくっきりと見えるようになった飛燕に導かれ、楓と喜助に付いて山道を歩いている。喜助はたまに当たり障りの無い会話を仕掛けてくるが、楓は殆ど話さない。緊張しているようにも見えるし、漠然と不安を抱えているようにも見える。
「ありがと…飛燕。」
楓が飛燕の案内を解いた。目的地に着くのだろうと悟って前を見据える。
(やばいって…)
気温は高いはずなのに背中に冷たい汗が伝う。
到着した先は、ボロボロの廃寺だった。見るからに廃れている筈の寺の中はぼんやりと明かりが灯り、誰かがずっと呟いているような、呻いているような声も聞こえてくる。どう考えても異常だ。
何度も止まりそうになる足をどうにか動かして廃寺の目の前までやってきた。門には古い提灯がぶら下がり、ぼんやりと照らしている。
「あの…お邪魔します。」
「どうぞぉ。」
(!!?)
誰も居ない筈の場所に楓が声を掛け、誰も居ない筈の場所から返事が返った。
(夢?芝居小屋?)
状況が把握できずに泳ぐ視線。
「…わっ、」
目が合った。くるりと反転した提灯に付いた大きな目。
驚く和磨と同調するように提灯も目を見開き、がくがくと顎を揺らしながら提灯が寺へ顔面を向けた。
「来た!和泉の倅が来たぞ!」
提灯が声を上げたことに驚くまもなく、引き戸や障子、寺の至る場所が開け放たれ、様々な妖が顔を出した。
「来た!息子だ!」
「やっと来た!みんなで呼びに行った甲斐が合ったなぁ!」
「何言ってんだい、私がしっかり家を冷やしたからあの子を表に出せたんじゃないか。」
「バカモン、逆に閉じ籠もってただろ。おーい、火車ー。見ろよ、火傷してなさそうだぞ。良かったな?」
ボオオォォ!
思い思いに話しながら自分の周りに集まってくる様々な妖。
(父さん、こんなのが見えてたんだ…)
もはや現実逃避のような思考に入り始める和磨。
「うまいやつ、こっち。」
「うわっ…」
少し湿気た何かが手に触れ反射的に手を引く。じっとこちらを見る獺の姿があった。どうするべきか楓を見る。
「…藻助、ついて行けば良いの?」
「おー」
平然と獺と会話する楓に、もしかすると彼女も妖の類かとあらぬ疑いすら抱いてしまう。しかし、ここに残ればこの周りでこちらを見ている連中に絡まれるに違いない。獺と廃寺の中に入っていく楓の後を急ぎ足で追った。
廃寺の長い廊下を、なるべく声を掛けられないように俯いて進む和磨。
すれ違う妖達は何故か自分の事を認知していて何度か声を掛けられた。
適当に会釈をして返し、逃げるように先を急ぐ。進んだ先に何が待っているかわからない。すぐ後ろに喜助も居るが、自分と同じように戸惑いを全身から放っている。進む以外の選択肢が見当たらなかった。
外は蒸し返すような暑さだったのに、奥へ進むにつれて涼しくなってきた。身震いする。本当の寒さによるものか、精神的な寒気なのかはわからない。
藻助があるところでピタリと歩みを止め、器用に襖を開くと、廊下に一気に冷気が流れ込んだ。
「あ……」
妖達が布団を囲んでいる。その布団に横たわっていたのは、和泉の遺体だった。




