再訪の味~続・幡ヶ谷の赤い夜~
「……もう、お婿に行けない」
「別に初めてでもなかろうに」
ひとしきり吸い尽くされた後に俺はぼろ雑巾のように横たわり乙女のようにシクシク泣いている。無理やりは嫌ああああ!
「いいですか! 俺には心に決めた人がいるんですから! 吸血鬼の求愛行動をされても困るんですよ!?」
「なら心変えるといい。私の方がよい女であるぞ?」
艶めかしく彼女は赤い舌を動かし己の牙を舐める。
なんと、NTRを心配していたら俺がNTRれるほうだった!?
「とはいえ、あのエルフ殿は認めていたぞ? 『助力のためには対価を差し出す』とな」
「た、対価?」
「そう、対価だ。私の『婿取り』のためのな」
「む、婿!? ええと、その……ご相手は?」
「お主以外、いるのか?」
いや、その理論はおかしい。
「いやいやいや、俺の結婚の為に助力するんですよね? 俺が貴方に嫁いだら本末転倒もいいところじゃないですか?!」
「何がおかしい? お互いくっつけば一石二鳥ではないか?」
おい糞エルフ、連れてくる人材間違ってるぞ!?
「お、お帰り下さい! それなら別に助力なんて要りませんから!」
「――そうはいかん」
彼女は――先ほどまでの一見ふざけた様子と違い真剣な瞳で俺を射抜いてきた。
「いま私はとても重要な問題に直面している」
「――は、はあ」
「そう、吸血鬼、特に人間の血の混じったバンピールにとって、どうしようもないことだ」
「へ、へぇ――」
「生殖器官が整い、月に一度のどうしようもない吸血衝動を抑えきれなくなり、パートナーを求めるようになり、子を育むまでそれは続き、また産み落とせばそれは復活するという――」
「生理じゃねえか」
「み、身も蓋もない言い方をするな!」
顔を真っ赤にしてエリザベートさんがこちらを睨む。
「私も年頃になった。これは真正な吸血鬼にはない衝動で困っているのだ。抑えるためには誰かの血を吸うか、それを抑えるための何かを探すしかないのだが――」
「じゃ、その何かでいきましょう!」
俺の血を提供していたらミリアルになんて言われるか分かったものではない。最悪愛想を尽かされても文句は言えない。
「簡単に言うな? それが見つかっていたら苦労はしない」
「でも、不可能ではないんでしょう?」
「ああ、人の血に代わる何かが分かればな。ただ、バンピール各々でその代用物は様々で固定されていない。それさえあれば、この衝動は抑えられる、らしい」
「それ、どう考えても経口摂取系――ですよねえ」
「それ以外、どこから摂取するというのだ?」
一応座薬的な摂取もあるかな? と思ったが、口にしたらたぶんぶっ飛ばされ俺の骨が折れるに違いないのでやめた。
とどのつまり、飯か。トマトジュースとかで済んでくれたら話は早いんだけどなあ。
「じゃあもう数うちゃ当たる作戦で行きますかねえ。手始めにとんかつでも?」
最も血に近い――となったら肉である。しかし今回彼女の適合食材が肉だとは限らない。その辺、どうなんだろう?
「それはもう試した。というか、手近な食材はすべて試してから来ているに決まっているだろう?」
「調理の仕方は関係ないので? あと試した食材のリストとかあったら教えてください」
「するかもしれんがよくわからないな。リストはこれだ」
俺は彼女の手から羊紙皮のスクロールを受け取る。
「――むう」
俺はそれを見て唸った。そう、読めないからだ。
「これは――ちょっと……ええ、と、翻訳してください」
「仕方ない奴だな。映像に切り替えてやろう」
そういうと中空に食材が絵になりスライドされる。
「――いやあ、これはもう大体試したのでは?」
膨大な量の食材だった。ちなみにまだ、見終えていない。
「だろう? 吸血姫たる私に手に入れられない食材などない。さあ、というわけで私の物になるがいい。歓迎する」
「ちょ、ちょっと待って! ええと、これがあって、これが無くて……」
俺は考えた。大抵の食材は試してしまった。しかし、どこかに適合食材はあるのだ。と、いうことは、残った選択肢は『方向性』が違うとしか思えない。飲料か、もしくは――。
「つかぬことをお伺いしますが――エリザベートさんて、人とのハーフ何ですよね?」
「そうだが?」
「お母さまの御出身は? というかどういう風土にお住まいだったんですか?」
「母は――そうだな。内陸部の出だ。山岳地帯に囲まれ、盆地が広がり、内陸にもかかわらず温かく――そうだな、こちらでいう米――のようなものを作っていたところらしい」
なるほど、日本の内陸部にも似たようなところはあるかな?
「後は大きな湖がある。なので内陸部だが漁も盛んだ。特産品は、これだな」
そう言って彼女が空中に魔法なのか、幻影のような映像を見せる。
「――海老ですね」
「そちらではそう呼ぶのか。しかしそれも先ほどの映像にあっただろう?」
確かにあった。海老も、米も既に試した後だ。
「あの、お母さまはどういったご料理を作られるのですか?」
「しない」
「しない?」
「ああ、下手だからな。どんな料理を作っても爆発させる、稀代の下手くそだったそうだ。だから吸血大帝たるわが父の誘いにホイホイ乗って『もう花嫁修業はいらないし、お手伝いさんに任せるわ』と言って嫁いだのだ」
ちなみに俺は料理の上手い女性のほうが好きだ。俺自身も料理はするし、相手も相応に出来て貰った方が嬉しい。ただ、すごく上手である必要はない。人並みに出来ることはやって欲しい、という感じである。
「母の情報からの食材はとっくに試した。しかし、特に何もなかったぞ?」
「う~ん、でも絶対に何か見落としている気がするんですよねえ……」
これは単なる勘だ。しかし飯に関する勘だけはあまり外したことが無い。人由来の何かであることは間違いなさそうな気がするのだ。
「私も己の根源に根差したもの――そう、最も惹かれる何かを探した。しかし結局手掛かりになるものといったら――『色』しかなかったな」
「色――ですか?」
「ああ色だ。そう、赤い――マグマのような、赤。そういった食材ほど心が躍り、そして――実食し、失望するのだ。ああ、これは血ではない、と」
彼女の瞳に再び赤い光が灯る。いかんな、これは――。
「激しい魂の煌きを宿す根源の赤、迸る生命の源流を宿す赤い雫、私の求めるものはやはり、血しかない、と私は思う」
彼女が俺との間合いを詰める。俺は一歩、二歩と後ずさる。
「さあ、やはり私と――」
「――分かりました」
「おお、では!」
俺は今にも飛び掛からんばかりの彼女の顔の前に手を置く。
「分かったのは――食材です」
「……何?」
「今からそれを、食べに行きましょう。ちょっと、遠いですけど」
俺は彼女にそう宣言した。
昨日の将棋大会は息子は一回戦を抜けた後シードの選手に負けました。次、頑張ろうね~。




