再訪の味~東高円寺付近・中華料理店にて~
後で直しますが、主人公はエリザべートさんをエリザ呼びしてないとおかしいです。
いやあ、随分前に出たキャラだとミスがでますね、反省。
――夜の街を俺は滑空する。再び、吸血姫エリザベートの闇の翼に連れられ空を駆ける。母校の富士校を抜け、普門館が見えてくる。普門館は昔は吹奏楽の聖地だったが、それももうずいぶんと過去の話になった。震災に伴う耐震基準やら、補強問題やらで施設丸ごと使用できなくなるなど当時の俺は思いもしなかった。こうなってしまえば――聖地などと言う言葉も空しい。そう、聖地などというものは、目指されて初めて意味を成すのだから。
「どこを目指すのだ?」
「あ、あの大きな病院を抜けてもう少し先です」
新しく建てられ移設された佼成病院の先へ俺達は向かう。
目指すは――高円寺方面の――。
「あ、そこです」
環七沿いの道の途中で降りるように俺は指示する。
「――このような場所に、何がある?」
傍目には街角にある、普通の料理店のようにしか見えない。そういえば、彼女と最初に行った店も路上の一角に居を構えた場所だったな、と思い出す。
「求めているもの――ですかね?」
「本当にあるのか?」
「そこはそれ――信用して頂くしか?」
なにせ、俺の結婚が掛かっているのだ。嘘を言っても何も得られないし意味はない。
「虚言だった場合は――」
「はいはい、覚悟はしてますよ」
絶対の自信はなかった。なかったが、なんとなく大丈夫だと思っていた。彼女の母の産まれ、その特色、そして彼女の持っている欲するイメージ、あり得そうなのはこれしかない。
彼女はゆっくりと俺を店の裏路地へと降ろす。そして店に近づいていく。
その時、不意に彼女の身体が軽く――ほんの僅かだが、震えた。
何かを感じ取ったのか――それとも。
「さ、予約してあるんで入りましょう。空いててよかった」
普段はランチで訪れるところだが、今日はそうではない。ランチメニューはないが、求める食材は一つだ。単品注文でじゅうぶんであろう。
「いらっしゃいませ~」
店内は小綺麗にまとまっていて、白と茶のバランスの良い配色が気持ちよい。こじんまりとしているがシックで落ち着く空間だ。
「予約した藤間ですが……」
「はいどうぞ、そちらの席へ」
俺達は通された席に座る。二人席だ。
「ご注文は?」
若いお兄ちゃんが早速注文を訊ねてくる。俺は間髪入れずに答えた。
「――麻婆豆腐を2つお願いします。あと、白飯も」
◆
「――何だその麻婆豆腐という料理は?」
「中国発祥の料理ですね。ひき肉と豆腐使った料理なんですけど……そっちには似た料理ありませんでしたか?」
「……いや食べたことはないが、母の故郷に似たような食べ物があるということか?」
「あるかな、とは思ってますよ? そっくりなんですよね、お母さまの故郷と、中国四川省」
内陸部で盆地があり米作を行い、湖があるから漁も出来る。一度社員旅行で行ったことがあり、ガイドブックを読んだので覚えていたのだ。
「だからと言って、同じような料理があるとは限らないだろう?」
「そうですけど、エリザさんの求めるイメージがそっくりなんですよ。赤く燃えるような――」
「はい、麻婆豆腐です!」
俺の言葉に重なるように、麻婆豆腐が運ばれてきた。熱く――煮えたぎる土鍋に入れられて。
「――ふあ」
一目――いや、ひと呼吸した瞬間、その湯気を吸った彼女の瞳が赤く染まった。
花椒の香りが立ち上がり、俺の胃を刺激する。煮立った土鍋の中には彼女の瞳と同じような――深い赤が沈んでいる。沈んでいるのは赤だけではない。白い、絹ごし豆腐がその赤を引き立てるように所狭しと埋もれている。まさに、赤と白の饗宴である。その赤と白の饗宴を祝福するかのように大量の花椒が麻婆豆腐の表面に振りかけられている。
「さあ――熱いですけど食べ――」
俺が言うよりも、彼女の手の方が早かった。レンゲを手に取り、素早い動きでもう己の口へとそれを運んで――。
「あ、ふあぁ――」
熱さからか、彼女は一瞬口を大きく開け涎を垂らす。しかしすぐに口を閉ざし咀嚼すると、もう一口、さらに一口、と猛然と食べ始めた。
「――負けてらんねえな」
その猛々しい食べっぷりを見て俺の対抗心にも火が付いた。俺も負けじと一さじ掬った麻婆豆腐を口に入れる。
「あっふぃ」
つるん、と豆腐が口の中を滑る。それに絡みついていた辛味が喉を刺激する。
熱い――そして辛い。当たり前のことだが、四川麻婆豆腐は突き抜けるように辛く、そして――旨い。自家製の辣油の辛味がよく効き、旨味と辛味がバランスよく舌の上で踊る。
一息つくと、もう次が食べたくなっている。ああ、そうだ――もう乗せてしまおう。
俺は一緒に頼んでおいた白飯にそれを乗せる。白い山に赤い染みが、美味そうに広がっていく。雪山にがまるで噴火したマグマに彩られるように――。
俺はレンゲを持つ手を止めない。赤、白、赤、白、交互にそれを堪能し、そしてその境目はどんどんと曖昧になり、一緒に溶けていく。
「――はぁっ……!」
吐く息が赤い。いや、赤く感じるだけだが、吐いた後は旨味だけが舌に残ったような――それでいて、まだ痺れているような、そんな幻想を抱く。気が付けば土鍋の中身も――白米もすべて平らげていた。
「――あふぅ……」
蠱惑的なため息が俺の対面から漏れた。見れば――ああ、もう言うまでもないな。
「これ――よ」
彼女はいやらしい手つきで空になった土鍋の縁に付いた麻婆豆腐の汁を拭い取り、その指をしゃぶる。
「もっと――ああ、もっと!」
「すいませーん! 麻婆豆腐追加で2つ……いや3つ!」
身の危険を感じ俺はさっさと注文を入れる。彼女は飽きるまで――その赤い物体と戯れ続けたのだった。
ちなみにこのお店、結構休みが多いのできちんと調べてから行った方がいいです。ランチはそれなりに並ぶかもしれません。
なお、明日は仕事の都合で更新できません。金曜日にエピローグが追加出来れば……。




