新法、新宿を巡る。 後編
残念なお知らせがあります。幡ヶ谷にあった美味しいラーメン屋が新宿御苑前に移転しました。
行きたい人はそっちにお願いします。ああ、とほほぎす。
「ほう、これがこちらの機構人形か……」
興味深そうにドワーフの技師ダイヤは眼前に広がる煌びやかなショーを眺めている。赤い短髪に水色の瞳、黒いタンクトップにぺったんな胸のそれはどうみても幼女のそれなのだが、どうやらこれで俺とタメ、らしい。
「むう、しかしこれ、女子が肌を出して躍る意味はあるのかのう?」
「ショーですからねえ、そちらにもあるでしょう?」
「あるが……ううむ、わからん」
彼女は電飾華やかなロボやら派手な衣装の女性ダンサーを見てぶつくさ何事かつぶやいている。
「しかし、絡繰りとしては普通だな。見た目は派手だが、人力による部分も多い。魔法で代用可能な、ゴーレムと同じでは、あまりそそられんな。それで『これに連れていくつもり』なのか?」
「いや、まあ後学のためくらいに、ですよ」
そう言って俺はノートPCをパタンと閉じた。
新宿歌舞伎町にある有名なロボットレストランの動画を屋敷の居間で再生して彼女に見せていた。
「外国人には人気があるんですよ。来場の9割がたが外国人の、一見さん向けの娯楽施設です。ショーとしては華やかかもしれませんが、こういったところに案内を期待されていると嫌なので、一応先に見せとこうかと」
「ふむ、しかし興味はあるぞ? 実際に見たら臨場感もあるじゃろう?」
「俺は嫌ですよ。ショーの出来自体をどうこうは言いませんけど、俺は『飯』が食いたいんですから」
この施設、飯はおまけだ。ショー自体が本体で樋口一葉が一枚軽く飛んでいく。そのうえでおまけのような飯を別料金で頼まなければならない。ショーだけなら物見遊山で金も払うが、腹ペコの俺は絶対に行きたくない。そのお金で俺は御苑のビストロを3回予約できると考えると尚更だ。
「それで、どこにするのじゃ?」
期待を込めた煌く水面の様な瞳で彼女は俺を見てくる。正直今回、自信がない。
「――もう少々お待ちください。まだ飯屋の開く時間じゃないので」
時刻はまだ11時前だ、今移動しても飯屋は開いてない。
「む、そうか。じゃあ我はちょっと作業でもしてようかの」
そう言うと彼女は履いているカーキ色のダボついたズボンから幾つかの銀色のドライバーのようなものを取り出し自身の脱いだ白騎士の鎧に張り付いた。
「ふむ、調子が悪い箇所がここか、それで、うむ……」
「どうしたんですか?」
「いや、機構が上手く動作しない箇所があってな、ずっと悩んでおる」
「どこが悪いんですか?」
「説明してわかるものか?」
「ああいや、興味ありますよ? 俺、そういうの好きですし。出来れば欲しいくらいです」
ちなみに俺の一番好きな装着系はテッカマンブレードだ。最後にヒロインに別れを告げて飛び立つシーンが好きすぎるので今でもたまに繰り返し見ている。
「ほう、では説明しようか」
彼女の話をかいつまんで言うと、つまりは機構同士の連結不具合、らしい。
「動作環境ごとにうまく繋がらぬのじゃ。腕と足、胴体と頭、お互いに微妙なラグがある。そのわずかな遅れがどうしても許せん」
「へえ、因みに素材は?」
「白銀鋼とミスリルを各所に使っておるな。あとは魔鋼と――」
うん、よくわからん。ここら辺から俺は聞き流した。
「素材同士の組み合わせなのか、ううむ、なんじゃろうなあ」
彼女はボヤキ手を止めて天を仰いだ。
「素材って沢山使うんですね。やっぱり」
「そりゃあそうじゃな。沢山の素材を扱えるようになって初めて一流じゃ。しかし、師匠に言わせれば、それでは『本物の一流』には成れぬ、らしい」
「――へぇ?」
「我はすべての素材を工作できる。『万の鋼』と呼ばれる二つ名はそこから戴いたものじゃ。それでも、今は亡きわが師は最後まで我を認めて下さらんかった。なぜじゃろうな」
寂しそうに彼女は、届かない相手に語りかける。なんとなく、その気持ちはわかる。俺だって、もう一度――。
「――行きましょうか」
「ん?」
「飯、食って元気出しに」
◆
「なんじゃここは?」
彼女は目を白黒させながら目の前の回転するレーンを眺めている。
「回転寿司屋ですが、何か?」
「いやそれ説明になっておらんじゃろうが! ……これは、食べ物が回っておる、のか?」
「ええ、酢飯と言って酢で締めた白米に生の魚を乗せて食べるものです」
「生!? 生って食えるのじゃ!?」
「食えますよ。食品衛生管理はそちらより厳しいですからこっちは。いやなら店を変えますが――でも、そちらのご要望に沿う場所となると他に思いつかなかったんですよね」
「いや、機構自体はさほど派手ではなかろう。これでどう我の要望に応えると――」
「まあその答えは、食ってからということで」
いい加減腹が減った俺はサーモン皿を一つ取り、目の前に置く。
「ああ、お金は全部一皿150円均一です。わかりやすいでしょう?」
この店、飲み物以外は全品150円である。場所は西武新宿線に行く途中にある大ガードの手前の十字路にある。
新宿にある回転寿司の中で俺はここを一番利用している。ちなみに開店前から並ぶ中国人が多いので、多分あっちで評判になっているのではなかろうか。
新宿で俺が利用している回転寿司は主に2つ、たまにもう一つを使うこともある。
西口だと夏の風物詩の花の名前を冠した店名の寿司屋によく入る。こちらも外国人は多い。値段も味もそこそこ、利用はしやすいだろう。
東南口になると一軒美味い回転寿司があるのだが、そっちは若干高いため俺の利用から外れている。味は良い。素材もいい。しかしお高めの値段設定だ。その値段出せばそりゃこんだけ美味いよな、という味だ。
そして俺が最も利用しているのがここ、江戸の名を冠した寿司屋である。
この店、飯時はいつも並びが途切れない。理由は恐らくその分かりやすい値段設定と、味だ。
150円の皿でどうやって値段の高いネタを出すのかと言えば、通常二貫乗せのところを一貫にしているだけである。量より質、というわけでこちらも気軽に取りやすい。300円皿で回されるよりも確かにそのほうがこちらも気分が違うし、何より高いネタを回転させ続けて廃棄することになった場合のロスも少ないだろう。うまく考えた物である。
「あんむ」
俺はサッと手づかみで小皿に入れたしょうゆをつけ、サーモンを一貫口に入れる。
しっとりとしたサーモンが舌に一瞬張り付き、すぐに飯と共に喉を抜ける。
俺はサッパリと一瞬でそれを味わう。
「さ、どうぞ」
俺は怖くて固まっている彼女に余ったもう一つを差し出す。
「う、うむむ」
「食わないと次にいけないんですよ。とりあえず、ね?」
「ええい、わかったわ!」
そういうと彼女はえいや、っと掴んでサーモンを口に放り込んだ。
「――うまい」
「でしょ? はい、次」
「え、いや、ちょっと早くないか?」
「寿司は鮮度が勝負ですよ? 食えることが分かったら手なんか抜きませんよ」
次に俺が取ったのは、ネギサーモンだ。
「な、なんじゃこれ?」
サーモンの上に玉ねぎのスライスがのり、マヨネーズが振りかけられている。
もしゃ。
ああ、やっぱサーモンと玉ねぎとマヨネーズは『合う』。
お前ら生まれる前から結婚してただろうと思われるほどの相性、これぞ運命の競演だろう。淡白なサーモンにマヨがコクを与え、玉ねぎのシャキ、がアクセントとなり口の中を飽きさせない。とはいえ、量は少ないのだから一瞬でそれも終わるのだが。
「ほうぞ」
口にまだそれを含んだまま俺はそれも彼女に差し出す。
「え、ええい!」
やっ――とばかりに彼女はそれも口に入れた。
「――!!」
彼女は水色の瞳をキラキラさせて瞳で語った。『美味い』と。
「はい、つぎ!」
俺はもう次を取る。焼きサーモンだ。
表面を軽くバーナーで炙ったそれは香ばしく、表面に脂が浮きだっている。それをパクっと口に入れると香ばしいサーモンの香りが口内に溢れ、野趣が際立つ。
「――ふまあああああ」
今度は俺が差し出す前に彼女がもうそれを奪っていた。
「う、うまいぞ! しかもこれは――すべて同じ素材ではないか!」
そう、その通りだ。すべて同じ魚だ。それなのに飽きさせない。すべて味わいが違うし、趣も異なる。
「じゃあサーモンはこのぐらいで、次はこれで」
俺はマグロの赤身を取り、次に『漬け』を取った。
「どうぞ、こっちの濃い色をしているほうは何もつけないで食べて下さい」
「ふむ?」
俺は赤身を一貫口に放り込む。サッパリとした味わいにマグロ独特の血の匂い、旨味よりも水っぽい風味のほうを強く感じる。しかし、そのあとに漬けを食えば――。
「うっ……」
ダイヤは漬けを一口食べ、言葉に詰まっていた。
「あっま……うま」
俺も今それを口に入れている。ねっとりとした食感に、旨味、しょうゆに漬け込んだことによる熟成。肉として美味くなっているそれを口に入れ、口内でしょうゆとマグロの旨味を解きほぐしていく。
「……同じものなのか、これも」
「そうですよ、それが『江戸前』の精神ですよ」
「江戸前――?」
「はい、江戸時代――昔の保存状態が良くなかった時代に生み出された技法です。魚介が新鮮なうちにそれを閉じ込め、美味いまま提供する。それはしょうゆに漬け込む『漬け』、ほかにも煮たり、焼いたり、旨味の質を保持したり、増やすことを目的とした技法。それが江戸前寿司、と呼ばれるものです」
俺は先ほどのネギサーモンももう一回取る。
「厳密にはこういうのは江戸前じゃないかもしれませんが、精神的なものは一緒じゃないかと思うんです。この店は外国人が多い。当然味覚も我々日本人とは違う。より美味く、万人に向け提供するために生み出されたメニュー。保存状態がよくなった今でも、これは変わりません。常に、誰かに向けて、美味しく提供したい。それがこの技法の骨子だと思っています」
そう言ってから俺はもう一度それを口に入れた。
次を勧めようとしたが、彼女は俯いて、何か神妙な顔つきになっていた。
『――何か、掴めそう』
そんな心の声が彼女から漏れ聞こえてきそうな……。
「これ、どうぞ」
「え?」
「どうぞ、食べて下さい」
俺は一貫しか乗ってない皿を彼女に渡す。
「これは?」
「食べて見て下さい」
白い、プリっとした断面に、そこから見えるきめ細かいキラキラの脂。そう、これは『高い』やつである証拠だ。
「う、うむ」
そう言って彼女はそれを口に入れる、と――。
「――!?!!!!」
水色の目ん玉をひん剥いてこちらを見た。
「何じゃこの旨味!?」
「それがトロってやつですよ。蕩けそうなほど甘い、でしょう?」
「う、うむ。美味い、しかも、甘い。トロとは、どんな魚なのじゃ?」
「トロは――魚じゃありませんよ。部位、です」
「部、部位?」
「そうです、取れる場所から食べ方、味わい方が変わるんです。トロは脂の多い腹身のことです。そしてこのトロは、前に食べた魚と同じ、サーモンのものですね」
俺が取った皿はトロサーモンだ。蕩ける甘い脂が適度な歯ごたえと共に口内を愉しませる、俺の好きな皿でもある。
「ま、まさかこれが、サーモン……」
彼女は驚きと共に食べかけのそれを見つめている。
「同じ魚、同じ素材でも場所が違えば性質が変わります。ちなみにこれ、魚が同じでも、取れる産地で味が変わることも普通です。ね、面白いでしょう?」
彼女に何か参考になったろうか? 俺が彼女の顔を覗き込むと――。
つう――。
一筋の涙が彼女の瞳から零れ落ちていく。
「あ、あの……」
「我は、愚か者じゃ……」
彼女はぽつりとそう零した。
「何が『万の鋼』じゃ。ただ良い鋼を使こうて使いこなしていた気になっていただけの、二線ものじゃ。本物には程遠かった。……師匠は、正しかったのじゃな」
彼女はテーブルの下で、拳を握りしめていた。
「鋼にも色々ある。取れる産地も違えば、微妙な質も違う。同じミスリルでも生まれた環境で変わることもある。ああ、そんなこと基本中の基本じゃったというのに……。しかも、その加工もまた甘い。加工するのにお互いをすり合わせるための素材にも気を遣わんかった。酢と飯、マグロとしょうゆのようにベストな組み合わせはどこかにある。それを我は……ミスリルと魔鋼を合わせるときにそれを伝えるためには――ああ、恥ずかしい!」
彼女はバン、と己の顔を両手で叩いた。
「帰るぞ、伸介」
「え?」
「受けよう、お主のリフォーム。我のすべてを使って、必ず最良のもの――いやそれ以上を作り上げて見せよう」
彼女はもう、前を向いていた。
この小説、ストックがないんですよ。しかも土日更新しないのって書くためじゃなくて子供の相手をするためなので実質何もできてないわけで、常に毎日書いての更新スタイルになってます。
多分自分は描きために向いていないですね。飽きやすいから思いついたことを書いているほうが気が楽なのかもしれません。
何が言いたいかというと、木曜日は会社の仕事が忙しいので更新できないってことです。(長い前振り)




