男達の麺麭餐~方南通り・栄町公園横~
俺たちは歩きながら方南通り沿いまで出てきていた。目の前には消防署、こちらの道路側には小さな公園がある。桜の時期ではないが、春になれば公園の桜の樹は満開になり、かなり見ごたえがある。
「なるほど……中々に物知りなのだな伸介殿は」
「いや、単にあっちこっちふらついてるだけだと思いますよ?」
「時に、伸介殿はご結婚は?」
「いや、未婚ですよ? 特に寄って来る女性もいませんし」
「何と。ならば紹介しようか? 私の友だと言えばきっと婚姻したいと申す者もおるだろう」
「え、でもそれってエルフですよね? いやあ、ハードル高いでしょう異世界婚とか」
「エルフだろうが構うものか! 現に我々は種族を超えて友になれたではないか。エルフと結婚しても問題はなかろう? 私が貴殿にピッタリの女性を見つけて差し上げようではないか!」
「ええ……うーん、まあ、そういうことなら、でも、う~ん」
「何だ、歯切れが悪いな。それとも心に決めた女性でもいるのか?」
「え、ああ……別にそういうわけでもないんですけど。ただエルフならちょっとだけ気になった娘がいたので」
「おお! 何だそのようなものがもういたのか。誰だね?」
「えっと、エリアルさんとか言ってましたね。確か巫女だって」
「……ふむ、聞いたことがないな。恐らくうちの一族ではないな。よし、今度捜しておいてやろう。どんな容姿だ?」
「金髪の――」
俺はカミルにエリアルさんの情報を伝える。
「ふむ、何処となくミリアル殿のような感じだな」
「いえいえ、あんなおてんば……じゃない。もっとおしとやかな感じですねえ」
「ミリアム殿も十分におしとやかだと思うのだが……まあよい、男の約束だ。連絡を取ってみよう」
「ああ、ありがとうございます」
むしろ会ったところで口説くというより前回のことをもう一度謝罪したい気持ちの方が強い。一応儀礼的に彼の熱意に負けた形をとって折れただけだ。
すっかり意気投合した俺たちは談笑しながら、気が付けば目的の地に着いていた。
「ここです」
一階部分が一面ガラス窓のようになっている建物、そのまさにガラス窓の先に、求めるべきパンが陳列している。
俺はガラス窓の横に控えめに存在している扉に手を掛け中に入る。
「ほう、これはまた……趣が異なるな」
先ほどの店は入ってすぐに購入するスペースがありほぼ動線がなかったが、こちらは少し広めの店内で商品を物色できるようになっている。真ん中に人気のパンが積まれ、壁際に総菜パンが陳列されている。
「総菜パンは肉が多くつかわれてたり、海産物、主に海老ですけど――が使われているのであまり趣味に合わないかもしれません。だから買うならシンプルにこの『塩パン』がいいかな。でも、挑戦する気があるなら――」
そう言って俺は横に備え付けられていたトングを手に『大きめ衣のカレーパン』をトレイに乗せた。
「カレーという香辛料をたっぷり使った食べ物を中に詰めてます」
「……この、周りの四角いボツボツは何なのだ?」
「ああ、このカレーパン、カレーを包む生地の部分にパンの耳から作ったクルトンという物をつけてオリーブオイルをつけてからオーブンで焼いているんです。これをつけると油で揚げているわけではなくてもザクザクという食感が加わって、食べるとき楽しいですよ」
おそらく揚げてしまう工程を省き、オーブンだけで作るにはどうするか考えたのだろう。油を使い、もう一つ鍋を用意するのは割と面倒だ。この方法なら大分作りやすいし、かつ揚げたような食感も確保できる。一石二鳥だ。
「……ほう、しかし……」
カミルは少し悩んでいたが、意を決したようにそれをトレイに乗せた。
「あ、無理はしなくても……」
「いや、友が選んだ物だ。無下にはできんさ」
あ、これいい変化だな。
「後はこれですかね。卵たっぷり使った『濃厚すぎるクリームパン』あとはこれは外せないですね。持ち帰りでいいので、食パンを買ってください」
「お持ち帰り……土産ということでいいのか?」
「はい、これは店主が粉の配合を大分苦心した代物ですよ? 僕はこの食パンの食感、大好きですから。それこそ――」
つい先日、エリアルさん胸にかぶりついた感触を思い出す。
もっちり、しっとり――。
「あ、いやきっとミリアルさんも気に入ると思いますから、ぜひお土産にどうぞ」
「そうか! そう言われてしまうと買うしかないな。ハハハ」
そうしていくつかの総菜パンと勧めたそれを購入して――。
「そこで食べましょうか。ここイートイン……つまり店内で食えますから。そこに飲み物も売ってます」
「おおそうなのか、それは有難い」
俺たちは窓際のイートインスペースに並んで座りパンを食べることにした。まず取り出したのは濃厚すぎるクリームパンだ。
このパン、クリーム部分に卵かけごはんで有名になった蘭王という卵を使っている。鮮やかなオレンジ色の黄身をたたえるその卵はもうその見た目だけで味の濃さを想像させる。それを使った自家製カスタードクリームがたっぷりと詰まっている。
「どれ……」
もしゃ……もにゅ、ぶにゅ――。
はみ出したカスタードが口の周りにあふれる。まずカスタードの濃密な甘さが、次に、パン自体の甘みが仄かに感じ取れる。うん、甘い。だが嫌な甘さじゃない。濃すぎるように感じられるのが卵の濃密さであり、けっして砂糖の量ではないからだろう。
ふと隣を見れば、カミル君、惚けている。
「はぁぁぁぁぁ……甘い。甘い、これは恐らく精霊シオフィーネがエルフの青年に恋した初恋の味……」
意味が分からん。まあ美味いと思っているのは分かった。
「はっ! もうない! 食べてしまったのか、もう!」
「……気に入ったのならまだそこに売ってますから買えばいいと思いますよ?」
「う、うむ。……しかし、まだこちらがあるからな」
そう言うと彼は次に重たい面持ちで例のカレーパンを取り出した。
「……ううむ」
「まあ、食べきれなかったら僕が貰いますから、気にせずにいけるところまでで……」
「いや! 男が一度決めたらやり遂げねばならぬ! いただくとする!」
カレーパン相手に無用な男気を見せて彼は一気にかぶりついた。やだ、かっこいい。
勢い良すぎてこちらにまで『カリィッ』とした音が聞こえてきた。そして――。
「――――!!」
彼は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。大丈夫かな? 俺も彼に倣って一口カレーパンを齧る。
ふわ、ザク、カリィ……。
パン部分はカリふわと焼け、クルトン部分はザクっと口の中で弾ける。そしてカレーだ。カレーはよくあるタイプの子供でも食べれる辛すぎず、甘すぎない味付けの、家庭の味がする。それがパンの意外性と合わさり食べ飽きない。ああ、美味いな。
俺はまだ黙っている彼の横にお茶を置き、反応を待つと――。
「私は、愚かだ……」
大の大人が大粒の涙を流していた。
「あ、あの~……」
「私は食べる前にはまだ義務感に囚われていたのだ。友情の為、親睦の為、恐らく口に合わない物でも食べることで少しでも友人の上に立とうなどと……ああ、なんと浅ましい!」
彼は向き直り俺の手をしっかりと握りしめてくる。
「美味いものを――ただ紹介してくれただけなのに、私は、ちょっとでもそれを……ああ、すまない!」
ああ、なるほど。若干まだエルフの貴族としてのプライドが勝っていたのか。
「食べて確信した。この世界の食べ物は神が創りたもうたものだと! 疑い、自分の自尊心を満足させたいがために食べるものではないのだと! ああ……恥ずかしい」
まさかカレーパンでそこまで改心するとは思っていなかったが、でもそんなものかもしれない。何でも初めての衝撃は人生観を変えるのだ。それがソウルフードであり、誰の心の中にも必要なものだと俺は思う。
「もういいですよ。頭を上げて下さい」
「いや、しかし……」
「美味いものを食べている時に、泣いてたら駄目です。食べて、笑顔になるのが一番の幸せだと思いますから」
さあ――と俺は塩パンを彼の手に渡す。
「食べましょう。腹がまだ、空いているうちに」
「ああ! 心の友よ!」
俺たちは塩パンで乾杯した。
それはしょっぱい男の涙を、優しく包み込むような味がした。
今回で終わると言ったな、あれは(略
エピローグ入りませんでした。次回食パン、ミリアルとかその辺を書いてちゃんと帰宅して頂きます。
言い訳すると飯のシーンが長くて文章圧迫するんですよ。はい、大体自分のせいです。
なお明日か明後日は所用があるのでどちらかお休みいただきます。




